574 ▽大規模敵襲

 輝攻戦士化したジュストは建物の屋根の上を走って北門を目指す。


「家の中に隠れて! 絶対に外に出ないでください!」

「北側地区には絶対に立ち寄らないで! 自宅のある方は南側に避難してください!」


 街のあちこちで市民たちに避難を呼びかける国衛軍兵士の声が響いていた。

 やはり、北側からの敵襲で間違いないようだ。


 数分で北門に到着した。

 集まっている輝士はまだほんの数名である。


 連合輝士団にも輝攻戦士はいるが、聖剣メテオラのようなほぼ無限の輝力リソースを持っている者は、ジュスト以外に存在しない。

 都市内の移動で輝攻戦士化するなどという輝力の無駄使いができるのは彼くらいなのだ。


 いまここにいるのは、偶然にも近くにいた休暇中の輝士だけであろう。

 だが、どうやって駆けつけたのか、すでに英雄王の姿があった。

 無駄かもしれないが一応尋ねてみる。


「状況はどうなっているんです?」

「見ての通り、敵襲だ」


 集合し終わったら説明するとでも言われるかと思ったが、意外にも素直に答えてくれた。

 仮面の下の表情は想像する他ないが、いつものような芝居がかった態度はない。

 アルジェンティオはジッと北門の方を睨んでいた。


「敵の規模は?」

「斥候の話では狼頭族と鉱石人族が約三〇〇体ずつと、蒼翼魔族が約一〇〇体らしい」

「なっ……」


 ビシャスワルト人のは一体あたり一般の輝士の一〇人に相当する戦力と考えてほぼ間違い無い。

 もちろん個々によって戦力は大きく異なるが、中には輝攻戦士並の強さを持つ相手もいる。


 これまでの輝工都市アジール襲撃では、それが本格的なものであっても、一〇〇体弱程度で攻めてくるのが基本だった。


 それも必ず単体の種族による襲撃である。

 複数の種族では統制が取りづらいなどの理由があるのだろう。

 あるいは各種族ごとに手柄を争わせるといった魔王軍の思惑もあるのだと推測していた。


 それでも都市を守る国衛軍では全く歯が立たなかった。

 多少は数で勝っていても、為す術がなく蹂躙されるだけだ。


 本気で攻勢を仕掛けた魔王軍相手に、防衛が成功した例は存在しない。

 先日のカミオン陥落時の輝鋼石奪取成功ですら数少ないだったのだ。


「どうやって立ち向かうおつもりですか」


 この質問にアルジェンティオは無言で返した。

 会話は打ち切り、これ以上は聞いても無駄だろう。

 何をするにもすべては連合輝士団が集合してからだ。


 ジュストは一礼して英雄王から離れた。


 策はあるのだろうか。

 今までの七倍規模の侵攻に対して。

 ……有効な防衛戦術があるとは思えない。


 連合輝士団の総数は、両国併せておよそ七〇〇人。

 ファーゼブル王国から来た輸送隊の未帰還戦力を加えるとしても八〇〇は超えないだろう。


 セアンス国衛軍は都市内に二〇〇〇ほどはいると聞いている。

 ただ、市民の避難や街壁防衛に割く人員を差し引けば、それほどの戦力は見込めない。

 魔王軍を相手にするのなら、約十倍の兵数差がなければまともな戦いにならないとは先述の通りだ。


 集合命令が出てから十分強。

 連合輝士団員の集合が完了した。

 指揮に従って、各隊ごとに整列する。


 正面には英雄王アルジェンティオ。

 その両脇を両国の最年長輝士と特殊な役職を持つ輝士が挟む。

 ゾンネやベラもそちら側にいた。


 ちなみにジュストは一般輝士枠である。

 他の兵に混じって列の中程に紛れた。


「敵襲である。これまでにない規模のビシャスワルト人による侵攻だ」


 仮面の英雄王が重々しい口を開く。

 連合輝士団員たちは背筋を正して聞き入った。


「戦力差は如何ともし難い。が、我々が引くわけには行かない。諸君らの背後には何がある? 国籍は異なれど七万人が暮らす都市がある。我らが戦わねば無辜の民は無残に虐殺され、異界人の奴隷と化す。そして次に狙われるのは我らが祖国である」


 アルジェンティオは士気を上げるための楽観論を語らない。

 退路を断って兵たちの使命感を刺激する。


 元より覚悟して志願した者がほとんどである。

 逃げようと考える輝士はいないと見越しての発破であった。


「勝機がないわけではない。今回の大軍勢による攻勢はおそらく――」

『おおおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉーいっ!』


 獣の遠吠えのような声が、英雄王の訓示の言葉をかき消した。

 大気が震え、街壁が揺らいでしまうほどの大音量。

 その声は街壁の向こうから聞こえていた。


『この国のヒトの王よおおおぉぉぉぉ! 聞ぃぃいいこえてるかああああぁぁぁぁ!』


 野生の猛獣は猛り吠えることで己の強さを相手に示すと言う。

 耳にするだけで思わず足が竦むほどの威圧感を持った大音声だ。


「何事だ!? 街壁の向こうに何がいる!」


 アルジェンティオは城門の内側にいる国衛軍の兵士に向かって怒鳴った。

 兵士は手元の通信用機械マキナで誰かと連絡をとった。

 やがて青ざめた顔で報告する。


「か、監視塔の兵によると、門の向こうでビシャスワルト人が叫んでいるそうです!」

「そんな事はわかっている! 何がいるのかと聞いているのだ! 敵の軍勢はまだ数キロ先ではなかったのか!?」

「は、はい。敵軍は現在も地平線の近くに布陣していると……街壁の向こうにいるのは、一体だけのようです」

「そいつの特徴は!?」

「待ってください……真っ白な半獣人? かなりの巨体で、狼というよりは虎のような顔だと……」

「な……!」


 報告を受けたアルジェンティオが絶句する。

 この中ではおそらく、ジュストとアルジェンティオの二人だけが声の主の顔を見知っている。


 まとまりがないと言われるビシャスワルト人。

 それが今回に限っては、これまでにない規模で攻めてきた。

 つまり、大軍を指揮するに相応しい者が、兵を率いているということだ。


「敵の将がやってきたのか……?」


 誰かが口にした言葉がきっかけだった。

 連合輝士団員たちの中へ恐慌が拡がっていく。


 門の向こうにいる者は、白き虎人族――獣将バリトス。


 魔王軍のセアンス共和国方面攻撃隊。

 それを指揮する二体の将のうち片割れである。

 ジュストはかつてビシャスワルトでその姿を見ていた。


 そいつがどれほどの強さを持っているかまでは確認をしていない。

 しかし、彼らが必死の思いで倒したエビルロードと同等か、それ以上の力を持っているとしたら。


 恐るべき怪物であることは間違いないだろう。


「マジかよ……」

「数百体のエヴィルを率いてる将とか、一体どれだけの化け物なんだ?」


 連合輝士団員たちは口々に不安を声に出す。

 アルジェンティオは咳払いをして全員の顔を見渡した。


 そして、努めて平静な声色で、こう告げる。


「諸君、聞いての通りだ。幸いなことに敵の将がのこのことやって来てくれた。これは好機である。愚かなる獣の頭領を打倒し、此度の戦いを人類による反撃の狼煙とする!」

「おお……!」


 かつて魔動乱を終わらせた英雄王。

 言葉は短いが、輝士たちに勇気を取り戻させるに十分な力を持っていた。


 この人が言うのなら、まず間違いはないはずだ。

 きっと此度の困難も乗り切れる。

 皆がそう思っている。


 ジュストは知っていた。

 一見すると冷静に見える英雄王。

 その仮面の下には冷や汗を浮かべていることを。


 今回の襲撃は全く予想外のものである。

 十分な反撃準備が整っているとは思えない。


 他の輝工都市アジールと同様に、ルティアにも強固な街壁が存在する。

 だが、巨人の一撃は街壁を容易く破壊し、空飛ぶ種族は翼で軽々と飛び越えてくる。


 幸いにも都市ゆえ、武器や補給は大量にある。

 だが、戦力の頭数が決定的に足りない。


 戦うためにはビシャスワルト人一体につき、最低で同時に四、五人。

 交代要員や援護要因も含めれば一〇人の戦力が必要となる。


 根本的な問題として、将が相手となれば、一般の輝士では全く役に立たない。

 かつて邪将エビルロードを倒したのは、世界最強の五人であった。

 それすら大賢者の補助がなければ数秒と持たなかった。


『おおぉぉおおおぉい! ヒトの王よおおぉぉぉ! さっさと出てこいよぉおおおぉぉぉ!』


 遠雷のような獣将バリトスの声が再び空気を振るわせる。


『降伏するなら悪いようにはしねえからよぉおおぉぉぉ! それとも一戦交えなきゃわかんねえかあああぁぁぁぁ!?』

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