571 ▽英雄王の目論見

「貴様ァ、もういっぺん言ってみろ!」

「なんどでも言うわこのうすらトンカチが! 与党議員共は日和見主義の臆病者だ!」

「低俗な罵り合いはよそでやれ! 議長、早急に決議を求める!」

「強行採決反対! まだ話し合いは終わってないぞ!」

「これ以上何を続けるというのだ!? 話し合いがしたいならまずは対案を出せ!」

「他国の君主に諂う売国奴が! 貴様のような日和見主義者が共和国をが亡国へと導くのだ!」

「何だと!? 貴様、発言を訂正しろ!」

「何度でも言うわ! 愛国心を失った亡八者の何が市民の代表か!」

「状況を見てものを言え! 明日にも魔王軍がなだれ込んでくるかもしれない時に、どんな綺麗事を述べようとこれが共和国の現状だ! 連合輝士団が撤退すれば明日にでもルティアは滅ぶのだぞ!」


 階段状になった議事堂内に入った瞬間、聞こえてきたのは議員たちの怒声だった。

 そこではまるで、大声を出せば意見が通るとばかりに、見苦しい罵り合いが続いている。


「静粛に! 発言は挙手をしてからにしてください!」


 正面の壇上では議長が必死に叫んでいるが、聞く耳を持つ議員は誰もいない。

 これでは先日、街中で独りよがりの演説をしていた議員と変わらない。


「なんだこの有様は、これが共和制国家というものなのか……?」


 シルクの護衛の老輝術師が眉をしかめる。

 言葉には出さないがジュストも唖然としていた。


「一応言っておくが、平時はもっと整然としている」


 アルジェンティオがフォローする。

 議員たちも切羽詰まっているということだろう。

 すでにいくつもの輝工都市アジールや町村が陥落し、明日にも魔王軍が責めてくるかもしれない。

 そんな状況では心が荒んでも当然だろう。


「……が、有事にこそ正しい判断が出来ない者たちに、民を導く資格はない」


 外側から迂回して議長席に近づくアルジェンティオ。

 怒声を上げる議員たちはそれに気付かない。

 議長を退けた英雄王は机を叩いた。


「静粛にせよ」


 議事堂内が水を打ったように静まりかえる。


「え、英雄王! 先日の一件は――」


 議員の一人が議長席を指さして何かを言おうとした。

 しかし、アルジェンティオが首を傾けると、彼は気後れしたように口を閉じる。


 別に睨みつけたわけでもない。

 そもそも仮面で遮られて表情は窺えないのだ。

 彼が発言を中断したのは、英雄王という権威を恐れたからだ。


「先日の続きを行う前に、貴公らに紹介したい人物がいる」


 アルジェンティオがこちらを見る。

 正確にはジュストの隣に立つ少女を。

 それにつられて議員たちの注目が集まる。


「皆様方にはお初にお目に掛かります。新代エインシャント神国第二王女、シルフィード=カ-ナ=エインシャントと申します。アルジェンティオ様のご恩情を受け、こうしてこの場に立てたこと、心より嬉しく思っています」


 シルクはドレスの裾をつまんで丁寧に挨拶をした。

 突然の状況に、議員たちの間にざわめきの声が拡がった。

 中には彼女が本物かどうか疑い、訝しむ視線を向ける者もいる。


「王女殿下は神都の陥落後、プロスパー島の某所で身を隠しておられた。魔王軍に支配された町で危険に晒されている所を連合輝士団の偵察隊が発見して保護したのだ」


 ん?

 ジュストは英雄王の言葉に違和感を持った。

 この言い方では、連合輝士団がプロスパー島に渡り、偶然彼女を見つけて保護したように聞こえる。


 そもそもジュストが受けた任務は偵察ではない。

 最初からあの町にいた彼女を保護せよという命令だったはずだ。

 たぶん、英雄王は町が魔王軍に支配されていたことも知っていただろう。


 ジュストはシルクの護衛の老輝術師を見る。

 彼は神妙な顔で歯を食いしばっていた。


 なるほど、彼らの間では何らかの取引があったのだろう。

 シルクを保護する代わりに、事実を歪めて連合輝士団の手柄にせよ……と言ったところか。


「さすが英雄王。亡国の姫君を救出してみせるとは」

「これは嬉しいニュースですな」


 議員の大半はアルジェンティオの功績を讃えた。

 しかし、何人かは悔しそうに歯を食いしばっている。


 アルジェンティオがオブザーバーとして、たびたび中央議会で発言をしていたのは知っている。

 英雄王の名と権威は議員たちの信頼を得ており、議会の方針すら左右するという。

 この上、さらに信頼を高めて何をするつもりなのだ?


 いや、どうでもいいことか。

 政治のことに口出す権利はジュストにはない。

 シルクを悪用するわけでないとわかっただけでも十分だ。

 輝士である自分はこんな所に長居は無用である。


「シルフィード殿下、それでは自分は先に」

「ジュストさん。以前にも言いましたが、私のことはシルクと呼んでください。できれば堅苦しい言葉遣いも改めていただけると嬉しいです」

「いえ、私にも立場というものが……」

「お願いです。あなたは数少ない私の友人なんですから」


 そうは言っても、冒険者として出会った時とは違う。

 本当の身分が明らかになった今、気安く言葉を交わすのは抵抗がある。

 けれど、彼女が自分に友人であることを望むのなら、それに答えるべきだろうか?


「……わかりました、シルクさん」


 ジュストは迷った末、彼女を愛称で呼ぶことにした。

 せめて敬語を使うことだけは許してもらおう。


「ありがとうございますっ。また、会いましょうね」


 シルクは嬉しそうに表情を輝かせた。

 先ほど議員たちに向けた挨拶の時とは違う。

 年相応の少女の、屈託のない笑顔がそこにあった。




   ※


 シルクを救出してから三日後。

 ようやくルティアに食糧補給部隊がやってきた。


 おかげで街の広場はちょっとしたお祭り騒ぎになっている。

 満足に食事を得ることができて、人々にも明るさが戻ったような気がした。


 この大量の食糧を運んで来たのは、我らがファーゼブル王国の輝士団である。

 ファーゼブル王国はまだ本格的な魔王軍の攻勢を受けていない。

 他国に分け与えるだけの量は十分にあるようだ。


 問題はエヴィルやビシャスワルト人に襲撃されず、どうやってここまで運んで来るかであった。


 補給部隊はそのまま会戦にも向かえるような大規模な護衛部隊をつけていた。

 輝士団の五分の一もの兵を率いて、見事辿り着いてみせたのである。


 ところで、アルジェンティオは英雄王などと呼ばれているが、別に国王というわけではない。

 彼は魔動乱期に王位継承権を放棄しており、現王は第二継承者であったビオンド三世。

 現王陛下は地位を譲るつもりだと言っていたが未だ公式にその発表はない。

 つまり公的には単なる王兄なのである。


 それにも関わらずアルジェンティオは、連合輝士団への参加や、今回の大規模輸送部隊派遣など、国の防衛に関わる重要な決定を行っている。


 おかげで現在ファーゼブル王国には、ほとんど国土防衛に裂ける人員が残っていないはずだ。

 その事実は彼がすでに国王以上の権力を持っていることを示している。


 先日のシルクの亡命。

 そして今回の食料輸送の成功。

 これらの功績によって、英雄王の評判はうなぎ登りである。

 中央議会における彼の影響力も、かなりのものになっているらしい。


 人づてに聞いた話だが、どうやらアルジェンティオはセアンス共和国の輝鋼石を、ファーゼブル王国に退避させるという計画を練っているらしい。


 それも各輝工都市アジールから輸送した中輝鋼石だけではない。

 ここルティアに安置されている大輝鋼石までもだ。


 普通ならあり得ないことである。

 大輝鋼石は第一期・再生の時代よりこの地に鎮座し続けている。

 それは国家の象徴であるばかりか、輝術や機械マキナのエネルギー源でもある。

 一時的とは言え他国に移すなど、この国に住む者なら絶対に納得できるわけがない。


 とは言え、魔王軍がここまで侵攻して来れば、輝鋼石を砕かれてしまう恐れもある。

 事実、壊滅した新代エインシャント神国の大輝鋼石はすでに失われていた。


 輝鋼石さえ残っていれば、街が滅んでも復興はできるだろう。

 破壊されるくらいなら一時でも安全な場所に待避させるべきだろうか。


 その件を巡って、先日の議会では大いに紛糾したようだ。


 それがここに来て、


「英雄王の言う通りにしよう。彼の言葉に従えば間違いはないはずだ」


 とする勢力がにわかに勢いを増している。

 だが、最終決定となる三分の二以上の賛成はまだ得られていない。

 そんな議会の混乱とは裏腹に、広場に集まる民衆たちは強く英雄王を支持していた。


 輝動馬車五〇〇台という超大規模輸送部隊が運んで来た食料は、ルティアの人々があと一ヶ月は食いっぱぐれることなく過ごせるだけの配給を可能にしたのだから。

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