570 ▽罪滅ぼしのため

 ここに至るまで、シルクはかなり壮絶な体験をしてきたようだ。


 魔王軍が神都を襲撃したとき、彼女は偶然にも城にいなかった。

 いつものように退屈な城を抜け出して周辺の町へ遊びに行っていたのだ。


 その間にエヴィルが溢れて街を襲った。

 運良く彼女は連れ戻しに来ていた二人の護衛に匿われる。

 それから半年間、シルクたちは身を隠しながらプロスパー島の各地を巡ってきた。


 やがて、彼女たちは島内にはもう占領されていない地域はないと悟る。

 三人は今にも沈みそうな小舟を使い、命からがら大陸までやって来たのだった。


「あの町のような光景はプロスパー島の至る所で見てきました」


 魔王軍に占領された町には、数体から数十体のビシャスワルト人が常駐している。

 そして、そこに住む人々は奴隷として、強制労働を強いられるのだ。


 どんなにまじめに働いても、ビシャスワルト人の気分次第で容赦なく殺される。

 先ほどの町もすでに一〇〇人以上の住人が殺されていたらしい。

 少女が怯えていたのは以前に虐殺を見たせいだろう。


 シルクはそんな凄惨な光景を何度も目にしてきた。

 護衛のうちの一人は、残念ながら旅の途中で殺されてしまった。

 もう一人の護衛はシルクと一緒にこの国まで辿り着き、エヴィルに殺されるのを覚悟で単身町を抜け出して、ルティアまで助けを呼びに行った。


 彼の決死の行動のおかげで、ジュストはこうしてシルクの救出に成功したわけだ。


「明日にはルティアに到着します。もう大丈夫ですから、安心してください」

「ありがとう」


 家族や、友人もたくさん失ったことだろう。

 それでも彼女は気丈に微笑んで見せた。


 新代エインシャント神国は全土が魔王軍に占領されてしまった。

 しかし、そこで暮らしていた人たちはまだ生きている。

 シルクの存在は必ずみんなの希望になる。

 

 語り終えると、シルクはいつの間にか横になって眠ってしまった。


 張り詰めていた気が緩んだのだろう。

 瞳を閉じる彼女の目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「魔王軍め……」


 彼女の寝顔を眺めながら、ジュストが思い出すのは、魔王軍に占領された町のこと。


 異界の侵略者に支配される人間たち。

 奴隷として生き、虫けらように殺される者。

 あの光景が人類敗北後のミドワルトの縮図なのだ。


 自分たちが負けたから。

 あの時、強制的に脱出させられなければ……


 いや、やめよう。

 そこまで自惚れてはいない。

 自分が残ったところで、犠牲者が一人増えただけだ。


 それでも、もしかしたら。

 彼女くらいは助けられたかもしれない。

 そう考えるだけで、ジュストの胸は張り裂けそうになった


 一人になると夜はいつもこうだ。

 気付けばまた痛いくらい拳を握り締めている。

 助けられなかった人のことを思い出し、悔恨の念に押し潰される。


 眠るのが怖い。

 夢を見るのが怖い。


 夢の中で仲間たちに恨みを告げられたことは何度もある。

 いっそ、この手で自分を殺してしまいたいと思った日もあった。


 そんな逃げは許されない。

 自分は生きて罪滅ぼしをせねばならない。

 戦場に、最前線に立って、死ぬまで魔王軍と戦わなければいけないんだ。


 たとえ誰に憎まれ、責められ、罵られようとも――


「んん……」


 ふと、目の前の少女が寝息を漏らす。

 その声をにジュストはフッと表情を和らげた。


 ともかく、シルクを助けられて良かった。

 穏やかな彼女の寝顔を眺めていると、心からそう思う。

 シルクのピーチブロンド桃色の髪は聖少女に憧れて染めたもので地毛ではない。

 生え際数センチは綺麗な金色である。


 亡国の王女シルク。

 彼女は人々の希望でもある。

 今度こそ、命に代えても守り抜かなくては。

 この決意も後悔を誤魔化すための方便だとわかっているけど。


 そんなことを考えながら、ジュストもいつの間にか眠りに落ちていた。




   ※


 翌日、明るくなった所で、動かなくなった輝動二輪の様子を確認する。

 マシントラブルの原因は点火プラグが外れていただけだった。

 これなら道具がなくても簡単に直りそうだ。


 機動二輪を直し、シルクを乗せてルティアまで戻ってきた。

 さっそく連合輝士団宿舎の司令官室に向かい、アルジェンティオに任務完了の報告を行う。


「ご苦労。よくぞ無事に戻ってきてくれた」


 うわべだけのねぎらいの言葉。

 死んだ四人の輝士に関しては一切の言及もなかった。

 そのことにまた苛立ちを覚えたが、見捨てた自分も同じだと気付く。


 ジュストは何も言わずに敬礼だけをした。

 ここ最近、本当に人の死に対する感覚が鈍っている。


「はじめまして、ファーゼブル王国の英雄王様。シルフィードと申します」


 シルクが恭しくアルジェンティオに礼をする。

 よく考えれば、王族二人の対面である。

 ジュストは場違いな気分になった。


「よく生き延びてくれた。君の生存の報は民を大いに勇気づけることだろう」


 アルジェンティオは他国の王女様に対しても上から目線である。


「さて。早々で悪いが、ちょっと付き合ってもらうぞ」

「待ってください、シルフィード様は長旅を終えられたばかりなのですよ」

「良いんですジュストさん。私にできることがあるのなら、ぜひ協力をさせてください」


 さすがにシルクは強い。

 本人が良いというのなら、自分が文句を言っても仕方ないだろう。

 代わりに精一杯の皮肉を込めて言ってやる。


「ようやく落ち着いたばかりの彼女を、一体どこへ連れていこうと言うんですか?」

「中央議会だ」


 英雄王は答えた。




   ※


 ジュストが同行を申し出ると、意外にもすんなり許可が出た。

 清潔にしてから来いと言われたので、特別に朝から風呂に入らせてもらう。


 衣服と体の汚れはシルクの洗風ウォシュルで落としてもらったが、ほぼ丸二日輝動二輪を運転しっぱなしだったので、疲れた体に温かいお湯が染みた。


 連合宿舎の前でアルジェンティオが待っていた。

 相変わらず外出時でもあの悪趣味な仮面を被っている。

 もう顔を隠す必要もないだろうに、気に入ってるのだろうか?


 ジュストは英雄王と並んでシルクを待った。

 彼らの間に親子の会話なんてものはない。


 時折、寄宿舎を出入りするファーゼブル輝士たちが通り過ぎる。

 彼らは姿勢を正して英雄王に挨拶し、同時にジュストへ冷たい視線を投げかける。


 同じビシャスワルトへ乗り込んだ者同士でも、行動の成否でこの差だ。

 別にジュストは何とも思わないし、アルジェンティオも彼らの態度を咎めない。


「お待たせして申し訳ありませんでした」


 シルクがやってきた。

 その格好は昨日の冒険者然とした格好とは異なる。

 豪奢ではないが、気品のある綺麗な赤いドレスを身に纏っていた。


 髪は根元まで綺麗なピーチブロンドに染め上げ、傍らには護衛の老輝術師を伴っている。


 これから向かうルティア中央議会で、彼女の無事が発表されるのだ。

 王族があまりみすぼらしい格好では求心力を失ってしまう。

 着飾るのに時間が掛かるのは当然であろう。


「本当に、言葉もない……」


 老輝術師がうっすらと涙を浮かべている。

 ジュストと目が合うと、深々と頭を下げてきた。


 よく見れば、左足に包帯を巻いている。

 きっとこの老輝術師がシルクの護衛なんだろう。

 プロスパー島からずっと彼女を守り続けてきた勇敢な人物だ。


 さて、中央議会といえば、この国の行政機関である。

 発展の時代に起きた革命によって、セアンスの王家は打倒された。

 今は市民の代表が議会に集まって話し合いで政治の方針を決めるシステムである。


 形式は違うが他国で言えば王宮に相当する重要施設だ。

 ジュストは以前にも別の輝工都市アジールの議会を見たことがある。

 首都の中央議会ともなれば、より荘厳な雰囲気に包まれているのだろう。


 そう考えていたのだが……

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