569 ▽逃げ延びて
シルクは三日前にプロスパー島を出て大陸へと逃げ延びてきたばかりであった。
しかし、不運なことに辿り着いた地もすでに魔王軍に占領されていたのだ。
なんとか隠れられる場所を見つけたが、町中は鉱石人が彷徨いていて下手に動けない。
やむなく、輝術師である彼女のお供のチェアーは単身町を抜け出した。
セアンス首都のルティアに助けを求めるために。
アルジェンティオはチェアー氏から話を聞き、こうしてジュストを助けに遣わしたのだ。
「助けが来るまでは隠れているよう言われていたのですが……」
だが、シルクは鉱石人のねぐらに連れて行かれる少女の悲痛な叫びを聞いてしまう。
ジッとしているべきだとはわかっていたが、たまらずに飛び出してしまったらしい。
ジュストが辿り着くのがもう少し遅かったら、彼女もおそらく殺されていただろう。
「連れて行かれた人はどうなるんですか?」
「わかりませんが、無事に戻ってきた人はいません。たぶん、もう……」
悲しそうに瞳を伏せるシルクを見て、ジュストは怒りに震える拳を握り締めた。
「鉱石人さえ倒せばこの町は開放されるのでしょうか」
「無駄でしょう。定期連絡もあるようですし、すぐに別の援軍がやって来るだけです」
敵の根城が近くにある限り、いくら見張り役を倒してもキリがない。
近隣の
「せめて町の人たちを外に連れ出すのは……」
「それも難しそうですね。彼らは行動を起こすことに怯えてしまっています。言うことさえ聞いていれば、魔王軍は少なくとも命までは取らないのですから」
先日、ルティアで聞いた議員の演説を思い出す。
魔王軍に降伏すれば殺されることはない。
確かにそれはその通りだが、異界の侵略者に奴隷として扱われることの、どこがそれなりの生活というのか。
「……わかりました。とりあえず、僕の任務はあなたをルティアに連れ帰ることです。一緒に来て下さいますか?」
「願ってもいないことです。あなたの勇敢な行動に感謝します」
彼女は恭しく頭を下げた。
奔放でも王女様としての気品は失っていないようだ。
むしろこんな時だからこそ、気高さを保とうと必死なのかもしれない。
※
町中の鉱石人たちがにわかにざわめき始めた。
さすがに仲間が二体もやられたことで、侵入者の存在に気付いたらしい。
異形の姿をしていても、ビシャスワルト人は共通語を話す。
ミドワルトだけでなく異界でも同じ言語を使っているのは不思議だ。
最初に言葉が生まれた頃には、両世界に何らかの交流があったのだろうか?
無駄な戦闘を避けるため、路地裏を駆け抜けて、町の入り口を目指す。
幸運にも敵に発見されることなく町から出ることに成功した。
しかし二人の目の前には恐ろしい光景が広がっていた。
「アア? 中ニモ入リ込ンデイタノカ」
「た、助けて……」
外には鉱石人族たちが集まっていた。
どうやら多くの者は町の外に出ていたらしい。
そのうちの一体が、待機していた輝士の頭を掴んでいる。
「やめ――」
「あびっ」
ジュストの制止の声は届かない。
鉱石人族は輝士の頭を卵のように握り潰した。
もう一人はすでに壁面に叩きつけられ、真っ赤な肉の塊になっている。
「シルクさん、すいません!」
「きゃっ!」
ジュストは
そのままシルクを抱きかかえて走る。
彼が目指すのは、停めてある輝動二輪の所。
巨人の拳をかわしながら、何とか輝動二輪の所に辿り着いた。
まずはシルクを後部座席に跨がらせる。
「逃スカ、人類戦士!」
前方から別の鉱石人族が接近する。
ジュストは素早く輝動二輪のキーを回した。
砂をふるいにかけるような音を立て、エンジンが起動する。
それと同時に、左手で持っていた聖剣メテオラが、白い闇を形成した。
ヘタな操縦をして剣が輝動二輪に振れたら目も当てられない。
ジュストはゆっくりと機体を前進させ、近づいて来た鉱石人族の腕を切り落とした。
「す、すごい……!」
シルクは目を丸くして感嘆の声を上げた。
鉱石人族の腕の一部が轟音を立て、彼らの後方に落ちる。
ジュストは剣を鞘に収めて運転に集中し、巨体群の群れを抜けた。
後部座席にシルクが乗っている事もあって、さっきと操縦感覚が変わっている。
鉱石人族の動きは非常に鈍いため、正面に回り込まれなければ逃げ切るのは容易だ。
すべての巨人たちを後方に置き去りにしてやった。
アクセルを全開にして、魔王軍に占領された町から離れる。
死んだ二人の輝士を弔ってやることができないのが残念だった。
※
帰りも丸一日かけて輝動二輪を走らせた。
幸いにもエヴィルに遭遇することなくルティア近郊までやって来た。
ところが、そこで輝動二輪が停止してしまう。
マシントラブルである。
前方を照らす輝光灯も消え、辺りはほぼ真っ暗。
残念なことに、ジュストには壊れた機体を修理できる知識はない。
「まいったな……」
近郊とは言え、徒歩ではかなり遠い。
輝攻戦士化してシルクを背負って走るか?
いや、王女相手にそれはさすがに失礼が過ぎるか。
「あ」
街道から逸れた道の先に、行きには気づかなかった小さな町が見えた。
ルティアの保護圏内なので魔王軍の占領は受けていないだろう。
「今晩はあの町で休もうと思いますが、いいでしょうか」
「私は構いません。なんなら野宿でもいいですよ」
なんともアグレッシブなお姫様だ。
余計な手間がかからないのは大助かりである。
そういうことで、今晩はあの町に泊まることになった。
※
宿泊施設はすぐに見つかった。
旅人もなく、宿も普段は営業していないらしい。
連合輝士団の徽章を見せると急いで部屋を片付けてくれた。
「先に言っておくけど、食事は出せませんよ」
どこも食糧不足で苦労しているらしい。
ルティアほどではないが、よそ者に振る舞う余裕はないのだそうだ。
「代金はこれでいいでしょうか」
先ほど入手した緑色のエヴィルストーンを宿屋の主人に渡す。
以前ならこれ一つで半年は遊んで暮らせるほどの資産価値があったものだ。
今はエヴィルの急増に加え、流通が破壊されているため、食料品の値段の方が高騰しているが。
加工して輝工精錬などに使えるから売れないことはない。
素泊まり一泊分の料金としては不足はないだろう。
宝石を渡して宿屋の主人から二階奥の部屋の鍵を受け取る。
用意された部屋の前に行くと、ジュストはその鍵をシルクに預けた。
「どうぞ。何かあったら声をかけてくださいね」
そう言って廊下に座り込む。
用意された部屋はひとつだけである。
さすがに王女様と同部屋で寝るわけにはいかない。
「何を言ってるんですか。ジュストさんも疲れてるでしょう、どうぞベッドで休んでください」
「し、しかし……」
「寝ている間に窓から怪しい人物が侵入するかもしれませんよ? 私を保護するのが任務なら、ちゃんと夜も側で見張っていてください」
そう言われては従うしかない。
ジュストは腰を上げ、シルクと一緒に部屋へ入った。
腰の剣を外して壁に立てかけると、シルクはなにやら短い輝言を唱えた。
「こっちに来てください」
彼女の手がジュストの体に触れる。
心地の良い風が体と服の汚れを落としてくれる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、助けてくださって本当にありがとうございました。ジュストさんがいなければ今ごろあの町で殺されていたでしょう」
シルクは丁寧に頭を下げ改めて礼を言う。
こんな時でも気丈な人だ、とジュストは思った。
「本当に、よくぞご無事でいてくださいました。プロスパー島からの脱出行ではさぞ苦労されたでしょう」
「ええ、聞いてくださいますか?」
彼女はベッドに腰掛け、これまでの話を詳しく語り始めた。
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