565 ▽七光り様

「どうした、ご機嫌斜めだな」


 連合輝士団本部から出て、そことは別にルティアの一角に立てられた仮宿舎に向かおうとしたところで、ジュストに話しかけてくる者がいた。


 紫色の長い髪に、トレードマークの黒い軽鎧。

 腰に下げるのは地面に当たるスレスレの長剣。


 星帝十三輝士シュテルンリッター二番星、ゾンネである。

 シュタール帝国側の現場トップにして、ジュストと並んで連合輝士団の二大輝士と称される男だ。


 ジュストは連合輝士団に所属する前に、一度だけ彼と会っている。

 あれは新代エインシャント神国へ向かう旅の途中のこと。

 多くの犠牲者を出した悲しい事件の直後であった。


 ゾンネは当時ジュストたちと共に行動していた星帝十三輝士シュテルンリッター十三番星からその地位を剥奪した上、肉親を失ってショックを受けていた友人に心ない言葉を浴びせるという、非常に悪い印象のみを残して去っていた人物だった。


 だが、それは彼が任務に忠実であり、自他共に厳しい人間であったからだ。


 ゾンネは他の輝士たちのようにジュストを責めたりはしない。

 一回り年上だが、頼れる同僚としてこの一ヶ月ほど肩を並べて戦場に出ている。


「まさかとは思うが、まだビシャスワルト人を斬ることを躊躇っているのではあるまいな?」

「いえ……」


 ジュストは連合輝士団の一員として剣を振った時のことを思い出した。


 セアンス共和国内のとある戦場で見た。

 それは姿形は違えど、自分たちと同じように考え喋る敵兵。

 初めてそいつらを斬った時は、もの凄く嫌な感じを覚えたものだった。


 異界の獣エヴィルを倒すのとは明らかに違う。

 耳に残る断末魔と、崩れ落ちる人に似た身体。

 それは怒りや恨みで誤魔化せる感覚ではなかった。


 新代エインシャント神国へ向かう旅の途中も、ケイオスを何体か倒した。

 あの頃はいくら敵を倒しても、何とも思わなかったのに。


 やつらは普通のエヴィルよりも多少知恵が回るだけ。

 倒すべき人類の敵であることに違いはない。

 そう思っていた、なのに。


 思えば旅の終盤、はエヴィルを倒すのを躊躇っていた節があった。

 ケイオスと出会った時にも、まずは説得を試みていた。


 あの時は怪物相手にも情を見せる、彼女なりの優しさだと思っていた。

 が、今にして思えば、彼女はたぶん気付いていたのだろう。

 姿形は違っても彼らは同じ生き物に違いないと。


 そんなビシャスワルト人だが、今はこうしてミドワルトを侵略している。


 これはただの生存競争ではない。

 異文化同士の戦争なのだ。


「それはありません。迷いはとっくに吹っ切りました」


 ならばいつまでも甘えた気分ではいられない。

 三度目に戦場に出た頃には、もうジュストに躊躇いはなかった。


 それでも可能な限り苦しませないよう、一撃で首を落とすよう心がけている。

 その方が早く戦闘が終わるという理由もあるが。


「ならばいい。お前ほどの輝士が、くだらん迷いで命を落とすんじゃないぞ。それは連合輝士団にとって大きな損失だからな」


 口は悪いが、彼が自分を心配してくれているのはわかる。

 ジュストは苦笑いを浮かべて軽く頭を下げた。

 一人で頭を冷やすべく宿舎へと戻る。




   ※


 翌日、カミオンが完全に陥落したという情報が入ってきた。

 セアンス共和国方面の戦略指揮を任されている魔王軍の『獣将』がカミオン入りしたらしい。


 これでまた、前線は大きく押し下げられた。

 次の標的はこのルティアになるだろう。


「はあ、また干し肉か……」


 食堂では連合輝士団の面々が配給された食事に不満を漏らしていた。


「文句言うなって、食えるだけありがたいと思わなきゃ。セアンス国衛軍のやつらに比べたら俺たちはずっとマシな方さ」

「つっても、シュタール帝国のやつらはもっといいモン食ってるって聞くぜ。寝所も一人に一つずつベッドが与えられてるって言うしよ」

「マジか。あいつらいっつも偉そうにしてるくせに、ムカつくわあ」

「こんな事なら連合に志願なんかしなきゃよかったなぁ……」

「何言ってんだ。この国が落ちたら次はファーゼブル王国が攻められるんだぞ」


 急造の連合輝士団である。

 やはりというか、横の連携はあまり上手くいっていない。

 宿舎は国ごとに分けられているため直接の諍いこそ少ないが、互いにあまり良い感情を持っていないのは確かだった。


「しっ。七光り様だぞ」


 ジュストが食堂に入ると、愚痴を言い合っていた輝士たちは一斉に口を噤んだ。


 彼がアルジェンティオの隠し子であることは既に周知の事実である。

 王都から遠く離れた地で、王族であることを知らずに育った少年。

 冒険者から輝士になり、やがて英雄として人類の先頭に立つ。

 いかにも民衆が好みそうなストーリーである。


 だが、そんな小綺麗な物語は、肩を並べて戦う輝士たちにとって全くの逆効果であった。

 実際は単なる見習い輝士なのに英雄王である父のコネで侵攻チーム入りした若造。

 親の七光りでいい目を見ているだけのいけ好かないやつ。


 王家に伝わる伝説の聖剣を与えられているため、そこそこの力は持っている。

 そのくせ人類の命運をかけた任務には失敗しやがった。


 任務を果たせず、世の中をメチャクチャにしておきながら、仲間を見捨てて自分だけおめおめと逃げ帰ってきた卑怯者。


 それが彼らファーゼブル輝士たちのジュストに対する評価であった。


 もちろん、逃げ帰ったのはジュストの意思ではない。

 言い返したい気持ちはあるが、批判を受けている当の本人のジュストが何を言ったところで、彼らの耳には届かないだろう。


 ジュストは黙ってカウンターに向かい、配給の食事を受け取った。


「あらあら王子様、先日は防衛戦ごくろうさまでした」

「ありがとうございます。でも、王子と呼ぶのは止めてください」


 とはいえ、すべての人から悪意を向けられているわけではない。

 食堂で働くおばちゃんはジュストの顔を見るなり好意的に話しかけてくれた。

 連合輝士団関係者では彼女とゾンネだけが、ジュストにとって気兼ねなく話せる人物である。


「こんなモンしか出せなくて悪いけど、ライスは大盛りにしておくよ。たんと食べて頑張っておくんな」

「い、いえ。そういうわけには……」


 ジュストはちらりとテーブルの輝士たちに目を向けた。

 どうやら聞こえていたらしく、あからさまな舌打ちをする者がいた。


 おばちゃんは小声で付け加える。


「言いたいやつらには好き勝手に言わせとけばいいんだよ。王子様が誰よりも戦果を上げているって、街の人間はしっかりわかってるからね。まあ、あたしとしても輝士様たちに満足に食わしてやれないのは心苦しいんだけど……」


 ライスを山盛りにしてくれたおばさんに礼を言って、食事を受け取る。

 おかずは干し肉が二切れと、野菜くずの入ったスープのみ。

 朝食とはいえ輝士の食事としては確かに物足りない。


「配給が滞っているんですか?」

「農業都市が陥落しちまったからね」


 輝工都市アジールに住むのは何万人という人々である。

 彼らが口にする食料は、当然ながら防壁の中だけでまかなえるものではない。

 多くは周辺地域、特に食料生産に重点を置いた別の輝工都市アジールからの輸入を行っている。


 セアンス共和国の場合、その食料生産の要である農業都市リュッシュが真っ先に魔王軍の手に落ちてしまったので、国内のあらゆる場所で食料が不足しているようだ。


「市井の方はもう酷いもんだよ。一日にパンを二切れ食えればいい方さ」

「はやく何とかしなきゃいけませんね……」

「シュタール帝国から大量に輸送してくれるって話だけど、もう予定を三日も過ぎてるのに音沙汰なし。おかげでこんな備蓄食料しか残ってないんだよ」


 魔王軍の策略として、国内には凄まじい数のエヴィルが放たれている。

 その数は到底、輝士団だけで対処できるものではない。


 幸い知性を持たない異界の獣エヴィルたちは、輝工都市アジールや周辺町村の張る結界の内側には入って来ない。

 しかし、物流は大いに阻害され、都市間の繋がりはほぼ絶えてしまっている。


 人口規模の少ない集落なら自給自足もできるだろう。

 だが、ここルティアの食糧自給率は一〇%を割っている。

 このままでは民が飢え、やがては暴動にも繋がるかもしれない。


 願わくば、守るべき民衆に剣を向けるような事態にはなって欲しくない。


 食料輸送隊の護衛に戦力を裂けないか、アルジェンティオに提案してみよう。

 防衛も大事だが、補給が滞れば戦わずして全滅する可能性もある。

 連合輝士団司令官としてもそれは看過できないはずだ。

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