564 ▽連合輝士団

 ビシャスワルトでの敗北から、すでに半年が過ぎていた。


 大賢者率いる侵攻チームは作戦に失敗。

 苦労の甲斐なくウォスゲートは神都の上空で開いてしまう。

 必死の抵抗が行われたが、魔王軍の猛攻を受けて、神都はわずか二日で壊滅した。


 混乱を避けるため、事前まで情報が隠蔽されていたせいもあり、多くの人が避難していなかったのも被害を拡大させた原因である。


 神都とその近隣は無数のビシャスワルト人と異界の獣エヴィルに蹂躙され、この世の地獄となった。

 そんな中、ミドワルト各国の王に魔王の名の下で宣戦布告が成された。


 ミドワルトの人々は何も知らなかった。

 エヴィルの住む異世界に国家があったことも。

 異形ながら、人類と同じような知性を持つ生物が暮らしていたことも。

 ケイオスと呼ばれた知恵を持つ上位エヴィルが、ただの先兵に過ぎなかったことも。


 かくして、ビシャスワルトによるミドワルト侵略が始まった。

 魔動乱は決して原因不明の生物災害ではなかったのだ。


 あれは魔王軍の先兵ケイオス異界の獣エヴィルを使って行った侵攻の第一段階であり、本番に備えたミドワルトの調査が目的だった。


 時を経て、満を持して異界の民は攻めてきた。

 人類の希望を背負った者たちは敗れ、うち三人が帰還せず。

 誰もが絶望に陥る中、ビシャスワルト人の軍勢である『魔王軍』との戦端が開かれた。




   ※


 侵攻チームの生き残り、ジュスト。

 彼は現在セアンス共和国の『連合輝士団』に所属している。

 連合輝士団とは、ファーゼブル王国とシュタール帝国の両輝士団が一時的に連合し、急造で設立された軍事同盟組織である。


 新代エインシャント神国各地の輝工都市アジールは散発的な抵抗を続けていたが、およそ四ヶ月ほどで魔王軍はプロスパー島全土を完全に占領し終え、海を越えて大陸への侵攻を開始した。


 真っ先に狙われたのは対岸のセアンス共和国。

 そして南方のマール海洋王国である。


 セアンス共和国が陥落した後は、その先のシュタール・ファーゼブル両国に攻めてくるだろう。

 ならば座して待つよりも、セアンス国衛軍が健在のうちに三国が協力した方が良い。

 本土に侵攻される前にここで魔王軍の侵攻を食い止めるべきだ。


 そういった理由で、後方の二国は力を結集した。

 総合司令官はかつての英雄王アルジェンティオである。


 流通都市カミオンから帰還した後、ジュストはセアンス中央議事堂の隣にある、連合輝士団の本部へと向かった。


「ちっ」


 途中ですれ違った輝士から舌打ちをされた。

 ジュストは目を合わせず通り過ぎる。


 失敗した侵攻チームの生き残り。

 そんな彼に対して世間の目は冷たかった。

 使命を果たせず、未曾有の混乱を引き起こした張本人だと陰口を叩く人もいた。

 面と向かって批判されることはないが、輝士たちの間ではそんな認識が蔓延しているのを知っている。


 言いたいことは無数にある。

 だが、ジュストはそれらをすべて飲み込んだ。

 どんなに取り繕おうとも、自分が逃げ帰ったことは確かなのだから。


「何の用だ。司令官は忙しく……あ、ちょっと待て!」


 司令官室の前にたどり着くと、見張りの兵士の制止を振り払って、ジュストは目の前の扉を蹴破った。


 顔の上半分を隠す大きな仮面を被ったアルジェンティオ。

 司令官たる彼は、椅子にもたれ掛かってコーヒーを飲んでいた。


「よお、作戦ご苦労だったな。連合輝士団のエース」

「黙れ」


 ジュストはずかずかとアルジェンティオの元へ歩み寄る。

 主君に使える輝士の忠節などそこにはない。

 彼の瞳には敵を見る憎悪しかなかった。


「おいこら、貴様! いくらなんでも無礼であろう!」

「あー、いいんだよ。問題ないから下がってろ」


 部屋の中に入ってきてジュストを咎める兵士。

 アルジェンティオは手を振って彼を追い払った。


「しかし……」

「おい。同じ事を二度言わせる気か?」

「もっ、申し訳ございません! 了解いたしました!」


 兵士は不満を口にしかけたが、アルジェンティオが不快そうに睨み付けると、途端に姿勢を正して退出していった。


「改めて、任務達成ご苦労。おかげで作戦は大成功だ」

「何が成功だ。カミオンは魔王軍に陥落させられたし、民の避難も完璧ではなかった」

「中輝鋼石を無事に保護できた。それ以上の戦果があるか?」


 ジュストは怒りを堪えて拳を握り締める。

 わかっている、こいつはこういうやつなのだと。


 あの街で暮らしていた民の安否とか、戦闘の過程で兵士が何人命を失ったとか。

 そういう数字の上での細かい犠牲はどうでもいいと思っているのだ。


 セアンス共和国には五つの輝工都市アジールがある。

 そのうち北西部にある都市は魔王軍の侵攻後、間もなく陥落した。


 魔王軍――ビシャスワルト人の軍勢は、魔動乱期のエヴィルのように、人間と見れば無差別に殺すような意思なき怪物ではない。


 やつらは確かな目的を持って組織的に行動している。

 その目的はおそらく、輝鋼石の奪取である。


 人類にとって重要なエネルギー源である大・中の輝鋼石。

 それを奪うことを第一の目的として、魔王軍は輝工都市アジールを襲撃していた。

 都市には滅多に近づこうとしなかった魔動乱期のエヴィルとは全く逆の行動方針である。


 敵の狙いがわかったのは、二つ目の輝工都市アジールが陥落した後だった。

 アルジェンティオは即座に連合輝士に以下の命令を出した。


 セアンス共和国第三の輝工都市アジールである流通都市カミオンへ赴き、魔王軍より先に中輝鋼石を奪取せよ。


 セアンス中央議会を通さない独断行動であった。

 しかし、後に議会もこれに追従する形で現地の国衛軍に協力を要請する。


 折り悪く魔王軍の襲撃が重なり、かなりの混戦になったが、なんとかカミオンの中輝鋼石をセアンス共和国首都ルティアに輸送することに成功した。


 この作戦にジュストも参加していたのである。

 カミオン防衛戦では戦場が市街地だったことと、ある程度拮抗した戦力同士による激戦になったことで、今までで最も多くの死者が出る戦いとなった。


 犠牲者の大部分はカミオンに暮らしていた無辜の市民たちである。

 脱出できた人間の数から推測して、死者数はおよそ三〇〇〇人にも上ると考えられる。


 逃げる途中でエヴィルに襲われた者も多い。

 少数の中輝鋼石輸送隊を護衛しながら、ジュストは己の無力さに歯がみした。

 そうして、気分的には敗退も同然のまま、つい先ほどルティアに戻って来たところであった。


「……もう、いいです」


 やり場のない怒りを、アルジェンティオにぶつけただけだ。

 輝士としてはあるまじき恥ずかしい行いである。


 自覚はしていても、少しでも気分を発散させたかった。

 さもなくば、この男を本気で殺してしまいそうだったから。


「愚痴なら聞いてやる。だが、剣を置くことだけは許さんぞ。お前はせっかく生きて帰ってきた、この世界に残された数少ない希望のひとりなのだからな」

「っ!」


 誰のせいで、との言葉を必死で飲み込んだ。

 ジュストは背を向けて何も言わず司令官室を後にした。




   ※


 ビシャスワルトでの決戦。

 挑んだのは、ジュストたち侵攻チームの五人。

 彼らはかつての五英雄が勝てなかった邪将エビルロードを倒すことに成功した。


 しかし、その後に現れた本物の魔王と、配下の四将軍に圧倒され……

 全員が絶体絶命のピンチの時、ジュストは突如として世界を超えた転移をした。


 気がつけば、彼はファーゼブル王国の王都エテルノにいた。

 聖剣メテオラに仕掛けられていた条件式の転移輝術が発動したのである。

 持ち主が命の危機に陥った時に、空間を跳躍してここに戻るようになっていたのだ。


 侵攻作戦が失敗した時、アルジェンティオのメインプランの要であるジュストと、重要な道具である聖剣メテオラを失わないための仕掛けであった。


 ジュストは決戦の地から遠く離れたファーゼブル王国で仲間たちが敗北したとの知らせを受けた。


 ウォスゲートを通ってビシャスワルトから無事に生還できたのは、星帝十三輝士シュテルンリッター一番星のヴォルモーントただ一人だけ。


 他の三人は行方不明……

 すなわち、死亡はほぼ確定的だと聞いた。

 ジュストは仲間を見捨てて逃げた形になったのである。


 彼は憤った。

 母を捨て、今も自分を利用しようとしたアルジェンティオに。

 伝説の英雄王だろうがなんだろうが関係ない、ぶん殴ってやろうと思った。


 しかし、状況はそれを許さない。


 新代エインシャント神国の各輝工都市アジールが抵抗をしている間に、シュタール帝国との同盟が締結され、新たに発足した連合輝士団にあれよあれよと言う間に組み込まれてしまった。


 気がつけば、彼は最前線で剣を振るうことを強いられていた。


 望むところだと思った。

 仲間たちの仇を討ってやる。

 魔王軍を片っ端から斬り伏せて。


 そうして、ジュストは再び戦場に立った。

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