554 ▽erased record
ノイですら自分以外の
ましてやこんな短時間で、息も切らせずにやれるかと問われたら、可能とは言い切れまい。
「あなた、名前は?」
「……プリマヴェーラ」
ファーゼブル地方の名前だ。
アルジェンティオと同様、ファーゼブル王国の人間だろう。
「あなたは一体何者なのかしら」
この少女が他の三人と比べて規格外なのは間違いない。
王家の聖剣よりも強力なとっておきの輝術師。
その正体は想像すらつかない。
「わからないの」
「わからない?」
意味不明な答えを返すプリマヴェーラ。
ノイは眉をひそめた。
どういうことだ?
「自分が何者かもわからないやつが、何を目的に旅をしてるのかしら」
「行かなくちゃいけないの」
「どこに」
「エヴィルの王のところへ」
エヴィルの……王!?
そんなものが存在するなんて、聞いたこともない。
人間並みの知性を持っているケイオスですら、最近ようやく存在が明らかになったばかりなのだ。
そもそもエヴィルを生み出すウォスゲートが一体どこに繋がって、どんな理屈でエヴィルがやってくるのかすら、まだ人類にはわかっていないのに。
「それは――」
どういうことだ、と聞こうとしてノイは思い止まった。
今はゆっくりとお喋りをするような時間ではない。
誤解を解くのも今さらだ。
それに、彼女はやる気になっている。
ノイの中の戦士の血が、鍛えに鍛えた力を試す場所を奪うなと叫んでいる。
「仲間を連れてここから出たいなら、私を倒すしかないわよ」
「もちろん、そのつもりだよ」
「ははっ、いいわね!」
仲間の三人が倒されてもこの態度。
こいつは久しぶりに楽しくなりそうだ。
この女となら最高の
ノイは全身から炎の輝粒子を立ち上がらせた。
それに対抗するように、プリマヴェーラの両手が光った。
※
「しっかし、今回はプリマヴェーラに助けられちゃったな」
馬車の中にて。
両手を頭の後ろに組んで幌にもたれ掛かりながら、アルジェンティオ王子ことアルディが言った。
「今回も、の間違いだろ」
グレイロードがすかさず茶化すが、悪態にもいつものキレがない。
彼もまたアルディと同じ無力感を覚えているからだろう。
「我らもまだまだ修行が足りぬということだな」
中年剣士ダイスが目を閉じたまま自省する。
相手はシュタール帝国最強の輝攻戦士という化け物だった。
とは言え、三人がかりで負けたのは、やはりショックが大きかったようだ。
そんな沈んだ雰囲気の三人に、彼女は笑いながら話しかける。
「別に恥じることはないわ。だって私が強すぎるだけなんだもの」
「……で、なんでお前がここにいるんだよ」
アルディは馬車を牽引する輝動二輪に跨がったノイの背中にジト目を向けた。
「さっきも言ったでしょ。これしか方法がないからさ」
「まあ、詫び代わりにこんな立派な馬車をもらえたのは助かるけどよ……」
「私は役に立つわよ? 戦闘はもちろん、一番星の名もね」
お互いだけが最後に残った後、ノイはプリマヴェーラに一騎打ちを挑み、そして……破れた。
思い出すだけでゾクゾクする。
ギリギリの敗北ならば悔しくも感じよう。
だがあれは、そんな感情すら許されないほどの完敗だった。
三人を相手にして満身創痍だったことを差し引いても、勝ち目があったとは思えない。
ともかく、あそこでノイが負けたということは、
直後に開かれた円卓会議では、自己主張が激しいはずの
こうなっては国策で自前の英雄一行を作るという話はお流れになるしかない。
それどころか、下手な噂が流れたら、帝国の威信が地に落ちる恐れもある。
取り得る方針は一つだけ。
英雄御一行様に、シュタール帝国も一枚噛ませてもらう。
ついでに、先日の闘技場での一件を彼らが漏らさないための監視も兼ねる。
こうしてノイは彼らの旅に同行することになった。
帝国を守護する
ノイはちらりと馬車の奥に目を向けた。
最強の輝攻戦士を負かした少女が、カバンを枕に寝息を立てている。
寝顔は起きているときよりさらに幼く見え、下手をしたら十二、三歳くらいにも思える。
当人は自分の年齢すらわからないみたいだが……
「天然輝術師なんてものは、おとぎ話の中の登場人物かと思っていたけどね」
あの強さはほとんど反則と言っていい。
けれど、あれを見た後なら彼女の話も納得できる。
彼女は本気でこの動乱を終わらせようとしている。
その一助になれるのなら、輝士としてこれ以上の名誉はない。
ありがたく、英雄御一行様に同行させてもらうとしようじゃないか。
剣舞士ダイス。
大賢者グレイロード。
聖少女プリマヴェーラ。
英雄王アルジェンティオ。
そして、
これは後に魔動乱を終わらせ、五英雄と呼ばれる者たちが集った日の話である。
ただし、
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