550 ▽ケイオスを倒した冒険者たち

「ん?」


 朽ち果てた城門の前で、なにやら揉めている集団がいる。


 集団は二つに分かれて言い争いをしている。

 片方は統一された鎧を纏った数名のシュタール輝士。

 もう片方はバラバラの軽鎧や術師服を着た十数名の冒険者たちだ。


「何事だ!」


 部隊の副長が輝動二輪を走らせ、一同の元へ駆けつける。

 シュタール輝士たちは踵を揃えて敬礼、簡潔に事情を説明した。


「この者たちが作戦の邪魔なので、排除しようとしていました」

「なんだぁ、邪魔してんのはてめえらだろうが!」


 その発言にくってかかる冒険者たち。

 いずれも強面だが、たいした実力者ではないだろう。


「こっちは正式な手続きをとって探索してんだ。ギルドに依頼を出したのは、お前らシュタール輝士団だろうが。必要なくなったから帰れってのはどういうことだよ」

「予定が変わったのだ。依頼料は半額で支払うよう行っておくから、さっさと帰れ」

「ってことは何か、俺たちゃ最初から時間稼ぎのために雇われたってのかよ!」


 五大国の中でも、シュタール帝国は特に冒険者を冷遇していると言っていい。


 帝都アイゼンではギルドにある程度の支援をしているものの、依頼という形で集めた冒険者を正式な輝士団の下っ端として作戦行動に組み込んだり、こちらの都合で活動中の冒険者を退去させたりと、かなり杜撰に扱っていた。


 今回も最初からその予定で、ギルドを通して冒険者を集めただけの話だ。

 しかし、馬鹿正直に輝士団の露払いだと伝えても集まりは良くない。

 現地収入という冒険者にとっての大きな収益が見込めないからだ。


 募集要項と実在の仕事内容に対する乖離から、このような問題が発生することも珍しくない。


「お、おい、あれ星帝十三輝士シュテルンリッターだぜ……」


 冒険者の一人がノイの存在に気付いたようだ。


「マジかよ、初めて見たぜ」

「星輝士に逆らうのは流石にマズいだろ……」


 冒険者たちの中にざわめきが拡がる。

 輝士団と揉めたところで、最終的には実力で排除されるだけだ。


 だがメンツにこだわる冒険者たちは、ある程度までは食い下がる傾向がある。

 それでも星帝十三輝士シュテルンリッターまで出てきては、さすがに意地を張り続けることもできないだろう。

 不満の色を残しつつも、彼らが撤収する相談をしていると。


「斥候が戻ってきました」


 朽ち果てた城門が軋みを立てて開く。

 中から軽装の輝士がぞろぞろと姿を現した。


「どうだった、中に冒険者は残っていないか?」


 古城の中から現れたのは五名の輝士たち。

 輝士団の斥候部隊だが、みな一様に浮かない顔をしている。


「そ、それが……」

「報告はハッキリとせんか!」


 歯切れの悪い斥候兵たちをノイたちの副長がどやしつける。

 その直後、背後の扉から別の冒険者一行が出てきた。


「いやあ、やっぱ太陽の光はいいなあ!」

「同感だな。こんな所に長く暮らし続けるケイオスの精神が理解できん」

「あー、眠みい。さっさと町に帰って休もうぜ」

「ギルドで報酬も受け取らないとね」


 四人組の冒険者である。


 茶髪の青年剣士。

 緑色の術師服を着た少年。

 背中に大剣を担いだ中年の剣士。

 そして白いワンピース姿のピーチブロンド桃色の髪の少女。


「お、シュタール輝士団のみなさん、お疲れーっす」


 青年剣士がニヤニヤしながら輝士団に軽い挨拶をする。

 斥候兵たちは苦々しげな表情を浮かべたが、他の者はそれでは済まない。

 冒険者ごときに無礼な態度をされた輝士団の猛者たちは目に見えて不快感を露わにした。


 特に副長は顔を真っ赤にして輝動二輪から飛び降り、怒りのままに青年をどやしつける。


「さっさと帰れクソガキ! 作戦の邪魔だ!」

「作戦? 輝士さんたちが揃って古城の掃除っすか?」

「ケイオス退治に決まってるだろうが!」

「それは残念」


 青年は懐から宝石を取り出して副長の目の前に突きつけた。


 エヴィルストーンである。

 それはノイですら見たことのない青色をしていた。

 エヴィルが死んだ時に姿を変えるこの宝石は、敵の強さに応じて色を変える。


 現在確認されているのは赤、オレンジ、黄色、緑の四色だけ。

 この青いエヴィルストーンが本物なら、その持ち主はこれまで確認されていないほどに強力なエヴィルであった可能性が高い。


「そ、それは……?」

「ここのボスは俺らがやっつけたから」

「うおおーっ、マジか!?」


 彼の言葉に輝士たちは強い衝撃を受けた。

 残っていた冒険者たちは逆に大きな歓声を上げる。

 その声に応えるように、青年剣士は元気よく彼らに手を振って見せた。


 ノイは一行の姿をまじまじと眺めた。

 剣士らしき二人はただの冒険者にしては軽装すぎる。

 術師服を着た少年はあまりにもく、少女に至ってはどこぞの村娘のようだ。


「で、でたらめを言うな!」


 だから副長が疑いの声を上げたのも当然だろう。

 副長は青年剣士の肩を掴むと、彼はそれを鬱陶しそうに振り払う。


「うるせえなあ。おい、グレイ」

「わかってるよ――跳躍風飛翔ウェン・ウォラーレ


 四人の冒険者の周囲が緑色の薄い膜で覆われた。

 次の瞬間、彼らの体は瞬く間に空の彼方へと飛んでいってしまった。


「おい、待てっ!」


 副長が空を見上げながら叫ぶ。

 すでに四人組の姿はどこにも見えない。

 四人を運んであの速度で飛び立つとは、凄まじく高度な飛翔術である。


 シュタール輝士団を前にしても、まったく物怖じしないあの態度といい、並の冒険者でないことは確かだった。


「全員で古城の調査をなさい。ケイオスの姿が見られないようなら、作戦終了と見なして撤収する」

「は、はっ」


 呆然としている副長に変わってノイが命令を下すと、輝士たちは即座に行動を開始した。

 少し遅れて、ようやく我に返った副長も城の中へ走って行く。


「冒険者にも変わったやつがいるもんだな」


 独りごちながらノイは空を見上げる。

 はたして十数分後、戻ってきた輝士たちは口を揃えてこう報告した。


「ケイオスの姿はどこにも確認できませんでした!」




   ※


 調査の結果、古城に居座っていたケイオスは確かに例の四人組冒険者たちに倒されたようだ。

 帝都アイゼンに戻ったノイと輝士団一行は、直ちに皇帝陛下にありのままを報告した。


 それから数日が経ち、周辺地域のエヴィルが以前と比べて大人しくなったという事実を受けて、例の冒険者に対する本格的な調査が開始された。


 そして二週間後。

 帝都にて円卓会議が開かれる。


 円卓会議とは、星帝十三輝士シュテルンリッターと皇帝陛下、そして筆記のための文官二名のみが出席できる、シュタール帝国の最高会議である。


 今回の会議では星帝十三輝士シュテルンリッターのうち実に十一人が参加していた。

 二名欠けているとは言え、これだけの顔ぶれが集まる事は円卓会議の他にはない。

 会議期間中は各地の防衛戦力が大幅に低下することを覚悟した上での緊急招集であった。


「これより円卓会議を開始する」


 皇帝陛下の宣言で会議が始まった。

 遠方から帰還したばかりの者には、どのような意図で収集されたのかわからない者も多い。


 まずは皇帝陛下の口からその理由が説明された。


「すでに聞いている者もいるだろうが、十一番星のチタンが戦死した」


 室内にどよめきが拡がる。

 ざっと見渡した所、初めて聞いたのは全体の半数ほどか。

 ノイはすでに知っていたが、改めて告げられた仲間の死に強い苛立ちを覚えた。


「チタンほどの男が、何故……」


 驚きに目を見開いて呟くのは九番星の男。


「相手はケイオスですか」


 その対角線上に座る六番星が尋ねると、皇帝陛下は首を縦に振った。


「その件に関して詳しくは……ザトゥル」

「はっ」


 皇帝に名を呼ばれ、十番星が立ち上がる。

 彼はノイとほぼ同年代の壮年の男である。

 確か死んだチタンとは同期だったはずだ。


 どうやらザトゥルは骨折をしているらしい。

 右腕を石膏で固定し、三角巾で釣っている。

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