549 ▽魔動乱期の一番星

 そこは薄青い光に満たされた部屋。

 中央には泉があり、円柱形の透明な筒が立っている。

 泉の縁からその中身を見つめるのは、真っ赤なウェーブヘアの女性。


「ごめんね、ヴォル……」


 女性の名はノイモーント。

 輝士の国シュタール帝国の最強輝士集団、星帝十三輝士シュテルンリッターの一番星である。


 彼女が見上げる透明な筒の中には少女が浮いていた。

 自分と同じ赤い髪をした、二歳に見たない幼子。

 それは彼女の子であり分身でもある存在。


 娘は『模倣転生』という外法によって生み出された。

 産まれた時からすでに常人の五倍に及ぶ輝力を身に宿している。

 言葉はまだ満足に喋れないが、大人にも負けないほどの知性も持っている。


 しかし幼いゆえ莫大な輝力に耐えられる体力は持っていない。

 代償としてたまに、こうして凄まじい高熱を出してしまう。


 自然治療を待つのはリスクが大きく、下手をしたら命に関わる。

 具合が悪くなった時は専門の部屋で治療をする必要があるのだ。


 ここは病院ではなく、研究所。


「ノイ様。そろそろ……」

「わかってるわ」


 施設の管理者が声をかける。

 エヴィルの侵攻は日に日に激化する一方だ。

 星帝十三輝士シュテルンリッターである彼女にプライベートな時間はほとんど無い。


 隔離施設に閉じ込めた娘に会いに来られる時間も満足に取れない。

 こうして姿を見るのも一週間ぶりだが、今回も会えたのは五分に満たなかった。


 生まれた時から過酷な使命を背負わされた子。

 血塗られた修羅として生きることを強いられた我が娘。


 とはいえ、それを悲しいと思う資格は自分にはない。

 彼女はノイが自らの力のバックアップのために作ったのだから。


 愛情がわくとは思っていなかった。

 種馬となった男の名前も覚えていないのに。


 他者への興味が薄いノイであるが、腹を痛めて生んだ我が子だけは別だった。


 娘が……ヴォルモーントがその血塗られた宿命から逃れられるとすれば、この果てしなき動乱の時代を、自分の代で終わらせるしかない。


 だが時代はまだ、その解決方法すらわからない混迷の中にあった。




   ※


 輝士の国。

 あるいは鋼の国、シュタール帝国。

 その星帝十三輝士シュテルンリッターと言えば、まさに輝士の中の輝士だ。


 建国時に王に付き従った十三人の輝士に端を発するその称号は、単なる国内における名誉称号に留まらず、ミドワルト全土にその名を轟かせている。


 中でも一番星ともなれば、最強の代名詞と言っても過言ではない。


「ハアアアアアッ!」


 ノイが拳を一降りすれば、炎のような輝粒子がエヴィルの集団を薙ぎ払う。

 並の輝攻戦士のおよそ四倍の輝力は、余人が並び立つことすら許さない。


 彼女の前に現れた六体の凶暴化した獣イーバレブモンスターピテーコスは、瞬く間にその身体を灰に変えた。


「おお、一瞬で……」


 同行していた輝士が驚嘆の声を上げる。

 ノイにとっては蠅を払うよりも容易いことである。

 いちいち驚いて欲しくないが、文句を言っても仕方ない。


「見事ですノイモーント様。しかしこの程度の敵、我らに任せていただいても……」

「それじゃ時間が掛かりすぎるからやってるんでしょうが」


 ノイの後ろには輝動二輪に乗った二〇人ほどの輝士が付き従っている。

 いずれも輝鋼精錬された武器を持ったシュタール輝士団の精鋭だ。


 とはいえ、陣形を整えた上での適切な対応など待っていたら、この程度の敵を倒すのもかなりの時間が掛かってしまう。


 相手は動きが早いが耐久力のないピテーコス。

 戦術など練らずとも、ノイなら問答無用で正面から蹴散らせる。

 もっとも、この程度の敵が相手なら、並の輝攻戦士でも同じことができるが。


「一刻を争うのでしょう。速く先に進むわよ」

「はっ」


 現在、ノイと二〇名の輝士たちは、輝士団としての作戦行動中である。

 流読みを使える輝術師が近隣に敵がいないことを確認した上で、行軍を再開する。




   ※


 ウォスゲートが開いたことで、突如として始まった魔動乱。

 最初こそ人類は無限に現れるエヴィルを相手に防戦一方であった。


 しかし、長い年月を経るにつれて、人類はとある事実に気づいた。

 エヴィルには司令塔となる個体が存在しているのである。


 そいつは人間のように高度な知能を持ち、エヴィルたちの行動を統括している。

 この個体さえ倒せば近隣のエヴィルの動きは目に見えて鈍化する。

 ただし、戦闘力は並のエヴィルの比ではない。


 彼らは人語を解し、人の言葉を操る。

 だが残念ながら対話が成立した試しはない。


 そいつらとの会話の中で判明したことは、ただひとつ。

 自らのことを混沌を意味する『ケイオス』と名乗っていることだ。


 多くの場合、ケイオスは自然の洞窟や古代の遺跡を根城にし、周囲を無数のエヴィルに守らせている。

 中には根拠地を持たずに放浪している個体もいるが、彼らに共通するのは、恐ろしく用心深いということだ。


 ケイオスの根城を発見し、輝士団総出で討伐に向かっても、まず出会えない。

 大規模な攻勢の気配に気付くと、彼らはたちまち姿を眩ませてしまうのだ。


 ケイオスと出会うのはもっぱら少数で行動している冒険者たちである。

 その中で運良く生き残った者だけが、ケイオスの情報を断片的に伝えられる。

 今回ノイたちが向かっているのも、そんなケイオスの目撃情報があった場所である。


 連れてきた輝士たちは根城を囲んで逃がさないためであって、実際に戦うのはノイひとり。

 相手がどれだけ強いとしても、ノイは負けるつもりなど微塵もない。


 若い頃から人里離れた山に籠もっていた。

 青春を犠牲にし、ひたすらに技と身体を鍛えること幾星霜。

 祖先から連綿と受け継がれてきたこの力も、ようやく使いこなせるようになった。


 ノイは己が人類最強であると自負している。


 自分が勝てない相手なら、世界の誰も敵わないだろう。

 念のためにバックアップも取ったし、いつどこでくたばっても構わない。


 シュタール帝国はこれまで、新代エインシャント神国に比べてケイオスへの対策が遅れていた。

 そろそろ我らも攻勢に出る時期だ。


「ところで、ケイオスには逃げられちゃいないだろうね? せっかく気合いを入れて足を運んだのに、辿り着いたらもぬけの殻とか嫌だよ」


 心配事があるとすれば、標的のケイオスを発見できない可能性である。

 目撃情報からまだ二日しか経っていない中、少数の機動部隊による電撃作戦。

 とはいえ、これまでに国内で打倒された前例がないことからも、やつらはいかなる手段を用いてか高度な情報網を構築していることがわかる。


「その点は心配ありません。最初の目撃情報から継続して近隣の冒険者たちが波状攻撃を仕掛けているので、それが一段落するまで逃亡はないでしょう」

「冒険者ね……」


 ノイは不機嫌そうに顔をしかめた。

 冒険者という存在を、彼女はひどく嫌っている。


 国家に対する責任も持たずに己の利益のために戦う烏合の衆。

 金で動く便利屋であり、魔動乱という世界の危機を飯の種程度に思っている不逞の輩。

 それがノイの冒険者に対する認識であった。


「まあ、やつらも露払いくらいの役には立ちますから……」


 すかさず輝士団長がフォローする。

 彼も冒険者に対しては微塵も敬意を持っていない。

 輝士団に所属する者ならば、このような認識は当然なのだ。


 やがて、一団はケイオスが潜んでいるという古城に辿り着いた。

 帝国の時代に建設され、しばらく地方領主の居城となっていた古びた城。

 戦乱の時代の末期、この辺りの土地がシュタール帝国に併合された頃に放棄されたと聞く。


 錆色にくすんだ城壁全体に、黒っぽい植物の蔓が巻き付いている。

 いかにも魔物の住処という雰囲気を醸し出しているじゃないか。

 かつて人が住んでいたとはとても信じられない有様である。

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