532 次元石

 無事に将たちのいるフロアから脱出した私たちは、石畳の廊下を走っていた。

 本当は飛んで移動したいところだけど、万が一にも透明化の効果が切れてしまったら大変。

 先生がいないからかけ直すことはできないので、侵入した時と同じように慎重に行動することにした。


「ウォスゲートを発生させてるっていう装置の場所はわかってるの?」


 前を走るカーディに問いかける。

 ヴォルさんを背負っているのに息切れ一つしていない。


「グレイから聞いた」


 それ、先生の本名なんだよね。

 そんな呼び方するのはカーディだけ。

 なんだかちょっと違和感ある。


「先生、一人で大丈夫かな……」

「大丈夫なわけないだろ」


 カーディは冷たい声で言った。


「第九階層の術だって? あんな無茶な術を使って、身体が持つわけがない。おまえだってアレが普通じゃないことくらいわかるだろう」

「まあ、なんとなくは……」


 エビルロードは五人がかりでも倒すのに相当に苦労した。

 それと同じくらい強い相手を四人同時に足止めするなんて、よく考えなくても無茶なことだ。


「グレイはもう後の事なんて考えていない。自分を犠牲にして、将たちを足止めしようとしたんだ」

「そんな!」

「あいつは覚悟を決めてる。その上でわたしとおまえに後を託したんだ。迷って立ち止まるのは背信と思え」


 ううっ……

 行くしか、ないんだね。


「わたしたちにできることをやる。それだけさ」


 視線を前に向けたまま、ぶっきらぼうに言うカーディ。

 その態度を見て、私はなんとなくあることを思いついた。


「カーディは、グレイロード先生の事が好きなんだね」

「は?」

「カーディと先生は、ずっと昔から友だちだったんだよね。なんか特別な関係っていうか、お互いに他の人とは違う……ような……」


 はっ。

 し、しまった。

 つい思ったことを口にしちゃった。


 マズイ怒られる。

 というか、ころされる。

 ほ、ほら、カーディってば、口元を拳で隠してあんなに怒って――


「ば、バカ言うなよ。わたしは別に……あいつのことなんて好きじゃないし」


 ない!

 何その乙女な反応!?


 待って、これはヤバいよ。

 大変な状況なのに、カーディが可愛すぎて抱きしめたい。


「とにかく、グレイは十分な時間を稼いでくれるだろう。その間にわたしたちで装置を破壊するんだからな」

「……うん」


 ごめん、ふざけている場合じゃないね。

 カーディも必死なんだ。


 私達の失敗は、魔動乱の再来に直結する。

 そんな状況にならないよう、今はとにかく頑張るしかない。


「……っ!」


 ふいの衝撃。

 私は思わず足を止めた。


「どうした!?」

「う、ううん。なんでもない……」

「なんでもない事はないだろ。気になったことがあるなら何でも言え」


 カーディが足を止めて私を振り返る。

 マズイ、時間がないのに。


「本当に何でもないよ。もう治まった」

「どこか痛いのか?」

「いや、痛みとかじゃなくて、頭の奥で何か変な感じがしただけ。はやく装置のところに急ごう」

「……ヤバかったらすぐに言うんだぞ」


 違和感は一瞬だけ。

 もう、何の異常もない。

 何だったんだろう、今の……


 っていうか、カーディが妙に優しい。

 やっぱり先生のことを想ってるせいなのかな?


 いろんな疑問を抱えつつ、私たちはウォスゲート制御装置を目指して走った。




   ※


 回廊をぐるりと巡り、エヴィルたちが集まる中庭の向こう側へ辿り着く。

 そこは大きな窓があって外の景色がよく見えるところだった。


 グニャリと歪んだ空間がある。

 ウォスゲート発生予定地点はすぐ目の前だ。


「大丈夫か?」

「だいじょぶ、だよ……」


 息を切らして膝に手をつく私。

 カーディが心配そうに顔をのぞき込む。

 はぁ、はぁ……さすがに走りっぱなしで、疲れた。


 だからってへばっていられない。

 先生はもっと頑張ってるんだから。


「発生装置の、場所は、ここなの?」


 私が問いかけるとカーディは頷いた。


「ああ。これだけの規模の歪みを人為的に作り出しているんだ。まず間違いなく、あの真下に発生装置がある」


 なるほどね。

 考えてみれば当たり前だった。

 装置は開きかけてるゲートの近くにあるに決まってる。


「でも、階段とかないよね。一旦外に出る?」

「必要ない。落ちればいいだけだ」


 えっ。


「気をつけなよ、タイミングを間違えたら一生地面の中だからね。それじゃ先に行くよ」


 カーディは視線を足下に向けると、ヴォルさんを背負ったまま床下にめり込んだ。

 まるでいきなり底が抜けたみたいに目の前から消えてしまう。


 えっと……

 壁抜けの応用だね。

 確かに、それが一番早いかも。


 さっき先生が言ってた、すり抜け中は絶対に下を見るなって言ってたアレですね。


 カーディはもう完全に地面の下。

 私ひとりが取り残された。


 うう、怖いけど、覚悟を決めなきゃ。

 大丈夫、ちょっと埋まったくらいなら、カーディが助けてくれるよ。


 うん、私信じてる。


 床を凝視。

 壁抜けの応用。

 自分が透明だってことを自覚。


 すると、ふいに足下の感覚が消失した。


 きゃうぅ!

 もう大丈夫、いるから!

 私はここに存在してるから!


 ……あれまだ落ちてる!?

 うわーっ!




   ※


 どんっ。


 あぎゃ。

 お、お尻うった……

 痛みはないけど、すっごく嫌な感じ。


「これが、ウォスゲートを発生させている装置か……」


 カーディの声に、私はハッとして顔を上げる。

 そこには巨大な黒い石があった。


 ミドワルトの輝工都市アジールにある輝鋼石に似てる。

 けど、その大きさはあまりにも桁違い。

 縦に十メートルはありそう。


 その周囲には鏡みたいな銀色の板がたくさん浮かんでいる。

 長々と落下してきたように感じたのは、単に天井の高いフロアだったからみたい。


「こんな石がウォスゲートを作っているの? なんなのこれ?」

「超高濃度の輝力SHINEを圧縮した輝鋼石だな。存在していだけで時空を歪ませる、いわば『次元石』とでも呼ぶべき物体だ。周囲の鏡は歪みに指向性を持たせ、特定の箇所へと集中してゲートを開かせるためのオプションだろう」

「圧縮したって……この石、人工的に作られたものなの?」


 私は立ち上がって、埃を払いながらカーディに質問した。


「これが完成した時期はおそらくミドワルトで残存エヴィルの活性化が始まった頃と一致する。このまま放っておけば魔動乱期と同様にふとしたきっかけで世界中でゲートが開くようになってしまうはずだ」

「逆に言えばこの石さえ破壊すれば、ウォスゲートは開かないってことだね」

「しばらくはね。グレイたちが前の次元石を破壊してから十五年、それが長いか短いかはわからないけど、新たに精製するにはかなりの時間が必要なのは間違いない」


 魔王が生きている以上、根本的な解決にはならない。

 けど、これを破壊すれば、少なくとも問題を先延ばしにすることはできる。


「よおし、それじゃ早いとこ壊しちゃいましょう」


 爆華炸裂弾フラゴル・アルティフィでいいかな。

 今ならすごい威力が出せそうな気がするよ。


「……あれ?」


 私は右手に輝力を集中しようとして、途中で止めた。


「どうした?」

「あのさ、これだけ重要なものなら、普通は見張りのひとりでもいるもんじゃない?」


 この石は魔王にとってはミドワルト侵略の要。

 それこそ五人の将の誰かに守らせていてもおかしくない。


 あまりにも無防備すぎる。

 何かの罠?

 それとも、偽物?


「……確かに、罠の可能性はある。だが警戒して時間を浪費するよりもチャンスがあれば破壊すべきだ。もしかしたら、ここまで辿り着けるはずがないと高をくくっていたのかもしれない」


 周りを見渡して気付いたけど、この部屋には入口が存在していない。

 天井の高さを考えれば、かなりの地下に潜っているはず。


 次元石を設置した後で、外から埋め立てたのかな?

 ズルしなきゃ絶対に入れないような場所なんだ。


 う、うん。

 敵が油断してたって可能性もあるよね。

 この真上にはたくさんのエヴィルが待機していたし。

 透明化の術がなければ、簡単には潜入できなかったのも間違いない。


「何があろうとモタモタして手遅れになるよりマシだ。神都の上空にウォスゲートが開けば未曾有の大災害になる。エヴィルは瞬く間に新代エインシャント神国全土を破壊し尽くし、ミドワルト中に拡散するだろう……かつての魔動乱を遙かに超える災厄が起こる。そうなる前に止めるんだ」


 ん?

 なんかいま、さらりと大変なことを言わなかった?


「え、ちょ、神都の上空って……?」

「グレイから聞いてないのか? このウォスゲートは神都の上空に繋がる予定なんだよ」


 聞いてない! そんなの聞いてない!

 だって、輝工都市アジールの上空にウォスゲートが開くなんて、私の知る限り魔動乱でもなかったことだよ。


 そんなことになったら、どれだけ多くの人が犠牲になるか……想像もつかない。


 よし、壊そう。

 爆華炸裂弾フラゴル・アルティフィで次元石を壊す。

 念のため、周りの装置にも爆炎黒火蝶弾フラゴル・ネロファルハで破壊しておこう。


「いくよ……!」

「待って待って。ちょっと待って」


 どこからか女の人の声が聞こえてきた。


 カーディの声じゃない。

 ヴォルさんはまだ気絶したままだ。

 部屋の中に、私たち以外の姿は身あたらない。


 でもこの声、さっき……


「こっちよ」


 次元石の上に、そいつはいた。


 足を組んで手を振る夜将リリティシア。

 五将のひとりが、私たちを見下ろしていた。

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