531 大賢者の秘技
「ええいっ!」
気合いを入れて、体中から輝術を放出する。
触れれば爆発する黒蝶を……
全部で十七つ!
「おっ?」
うわ、すっごい!
先生の強化術の力を借りても、三つまでしか出せなかったのに!
やっぱり、なぜか力が湧き出てる。
これならいける!
黒い火蝶の群れを、獣将バリトスめがけて一斉にぶつける!
一つ目が着弾。
続いて二発目、三発目。
間髪を入れずに十七連の大爆発!
もうもうと煙が立ちこめる。
煙が張れた時、獣将バリトスは……
「こいつは驚いた。やるじゃねーかお姫様」
普通に立っていた。
多少、身体は煤で汚れてるけど……
ほとんど怪我もなく普通に歩いてるんだよ。
「えっ、いまの効いてないんですか?」
「いやあ結構痛かったぜ。だが、あの程度で倒されるようなヤワな身体はしてねえよ」
うわーっ、全然ダメだ!
っていうか、暢気に敵と話してる場合じゃない!
やっぱりコイツもエビルロードと同じくらい防御力があるみたい……
「魔王様の血を取り込んだせいかしら。今のお嬢様、私たちに匹敵するくらいの魔力量があるんじゃないかしら? ただ『魔力がある』だけだけどね」
くすくすとからかうように笑う夜将リリティシア。
「えっと、何か良い方法ある……?」
私はカーディに問いかける。
彼女は夜将を睨みながら答えた。
「無理だね。あいつらは一見バカだが実力は確かだ。正面から戦って勝てる相手じゃないよ」
「おいコラ黒衣の妖将。てめーいい加減にしないとふんじばって実験体にするわよ」
「ただし見ての通り挑発には乗りやすい。油断させれば突破は可能かもしれない」
「ふっふっふ。私を油断させたところで、ここからは出られないわよん」
「むかつくけどあのバカの言うとおりだ。少なくとも後ろのやつは、あいつと違ってバカじゃない」
「まだバカと言うかこのガキ……」
軽口の応酬が続いてる。
だけどカーディは少しも笑っていない。
むしろリリティシアの方が、冗談に付き合うだけの余裕があるように見える。
うう、八方ふさがりだよ。
「ルーチェ、下がっていろ」
先生が私の肩に手を置いた。
「え、先生……」
「そいつら相手は俺がする。お前はカーディナルと一緒に逃げることだけを考えろ」
「でも、先生はほとんど力が残ってないんじゃ――」
ごち!
な、殴られた!?
「俺を誰だと思ってる。弟子に心配されるほど落ちぶれちゃいないぞ」
だからってぶつことないのに!
こういう人だってわかってるけどさ!
「おーし、いい度胸だヒトの英雄。お前は俺が遊んでやる。簡単に壊れるんじゃねえぞ!」
「カーディナル。こちらに」
先生は腕を鳴らしている獣将を無視してカーディを呼ぶ。
顔を近づけ、私にも聞こえないように小声でなにやら耳打ちした。
「……本気か?」
「貴女ならやってくれると信じています。頼みますよ」
信頼の笑顔を浮かべる先生。
対するカーディは苦い表情だ。
いったい、何を頼まれたんだろう?
「おまえの方は足止めできるんだろうね。輝力は本当に残ってないんだろ」
「不本意ですが、最後の手段を使いますよ。いい触媒を得られましたから」
先生の手には一本のナイフが握られていた。
そのナイフには深い闇が奇妙にまとわりついている。
さっき足下を突き刺した時に付着した、黒将の身体の一部だ。
「お前、まさか……っ!」
驚愕するカーディ。
目の前で先生はナイフの刃を思いっきり握り締めた!
先生の血と闇が混じり合って、赤黒い血液が足下にぽたぽたと垂れる。
「お、なんだなんだ。なにかやんのか?」
警戒するそぶりすら見せず、先生に近づいてくる獣将バリトス。
その足が止まる。
顔を俯かせた先生の身体から一切の輝力が消失する。
私の耳に届くのは輝言の高速詠唱の声だけ。
先生の身体は震えていた。
まるで、何かが身体の内側で暴れ回っているよう。
何を……しようとしているの?
「やめろグレイ! そんな術を使えば、お前の身体は――」
「――
カーディの声は先生の言葉と溢れる光にかき消された。
思わず目を覆った私は怖ろしいエネルギーに気付く。
魔王が現れた時にも匹敵するとてつもない威圧感。
さっきまでの凪が嘘のよう。
台風のように荒れ狂う、爆発的な輝力。
まるで世界を終わらせられるほどの大輝術が、発動する直前で止まっているみたい。
先生が顔を上げる。
髪、瞳が、そして周囲の空気が。
すべてが翡翠色に淡く光り輝いていた。
先生は変わっていた。
人の姿形をしているけれど、人じゃない、何かに。
※
先生の姿がフッと消える。
「ぐおっ!?」
次に聞こえたのは、小さな悲鳴と轟音。
一瞬前まで獣将が立っていた所に、拳を突き出した格好で先生が立っていた。
獣将は遙か十数メートル向こうにまで吹き飛ばされていた。
二人の間には抉れた床が。
そして、淡く残る翡翠色の光の軌跡が残っている。
黒蝶の十七連撃にもビクともしなかった獣将を、ただのパンチで吹き飛ばした……?
なにこれ、すごいパワーアップ!
輝攻戦士に似てるけれど、まったく桁違いだ!
「す、すごいです! 先生!」
「
驚く私に構わず先生は輝術を使う。
それを受けた私たちの身体が半透明になった。
私も、カーディも、その背中におぶさったヴォルさんも。
「ん? あいつら、どこに消えた?」
すぐ側にいる夜将リリティシアには、私たちの存在が見えていないみたい。
さっきは聖水の触媒と高速詠唱でも数分かかった八階層の大輝術を、単詠唱で……
「
さらに先生はヴォルさんをあっという間に治療した。
青ざめていた彼女の頬に血の気が戻ってくる。
意識は戻らないけれど怪我は治ってる。
「すごいすごい! なんなんですか、その超パワーアップは!」
「ただのドーピングだよ。それより――」
先生の言葉を遮るように、青い風が吹いた。
「
先生は私たちの前に風の防御壁を張り、青い風を自分だけに流す。
透明化の効果が切れ、先生の姿がくっきりとした。
「なるほど。ここまで気づかれずに侵入できたのは、透明化の魔法を使っていたからだったのね」
青い風の発生源は夜将リリティシアだった。
エビルロードと同じ輝術無効化の風だ。
「お嬢様や黒衣の妖将はどこに行ったのかしら」
「とっくに逃げたよ。そこの無能の脇を通ってな」
先生は獣将を指差した。
その向こうには魔王が去っていた扉がある。
夜将リリティシアは明らかに不快そうに顔を歪めていた。
「おい、ヒトの英雄。いい気になるのも大概にしておかないと――」
「
「っ!?」
またも第八階層の単詠唱。
突き出した右手から淡い翡翠色の光の矢を放つ。
夜将は驚くべき反応でそれを避けた。
狙いが逸れた光の矢は、扉の前に立っている竜将ドンリィェンへと向かっていく。
「フッ」
竜将は腰を落とし、右手で光の矢を弾いた。
翡翠色の光は軌道を直角に曲げ、テラスの方へ飛んでいく。
「おぎょっ!?」
外の様子を眺めていた黒い塊――
黒将ゼロテクスの背中(?)にぶつかった。
とんでもない勢いでテラスから飛び出していく。
「ぎゃー!」
しばらくの後、マーブル色の空の下にものすごい大爆発が巻き起こった。
「ゼロテクスっ!」
「よそ見をしている暇があるのか?」
夜将が視線を逸らした。
その隙に、先生は一瞬で真横にまで移動する。
横腹を思いっきりぶん殴ると、夜将は光の軌跡を残して吹き飛んだ。
「こ、このっ!」
けどさすがにその程度じゃ倒せないみたい。
夜将は空中で体勢を立て直して着地する。
「やってくれんじゃねえか、ヒトごときがよ……」
「ぶっ殺してやるわ!」
「……フン」
先生は怒りに燃える獣将と夜将、そして相変わらず無表情で観戦モードになっている竜将を見比べ、
「二人とも、後ろの壁を抜けて脱出しろ」
武闘家のように拳を構えつつ、小声で私たちにささやいた。
「将たちは俺が意地でも食い止める。その間にウォスゲート発生装置を破壊してくれ」
「そんな……」
こんな化け物たちの中に、先生ひとりだけを残して逃げるなんて。
……ううん、わかってる。
悔しいけど、ここにいても手伝えることはない。
先生は私の師匠なんだから、任せろって言った以上は信じなきゃ。
「わかりました」
これは先生が必死で作ってくれたチャンス。
絶対に無駄にするわけにはいかない。
と、カーディが立ち止まったまま、先生をじっと見ていることに気付く。
「グレイ、お前……」
「大丈夫ですよ。心配しないでください」
「……ちっ」
カーディはくるりと踵を返す。
「あとは頼みましたよ、カーディナル」
「ああ」
壁を抜ける直前、先生が肩越しに手を振ってくれる姿が見えた。
二人の将が先生に迫るのを尻目に、私たちは背後の壁からこの部屋を抜ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。