526 大決戦
「ぐぁっ……」
初めて聞くエビルロードの焦りの声。
その腕の先、手首のあたりまでが消失していた。
倒せなかった……けど、ダメージは与えた!
前衛の二人がすぐ元の位置に戻る。
私は黒蝶を補充しつつ、大きく飛んで後方へ移動。
それぞれ決められたポジションで、また激しい戦闘が再開される。
「ジュスト、今のは何倍だった」
「十五倍くらいでしょうか」
「やはりその程度では倒せんか……ルーチェ」
「は、はいっ!」
エビルロードの動きに気をつけながら、私は先生の声に耳を傾けた。
「次はもっと大きな隙を作る。全力で叩き込むためにジュストを支えてやれ」
「わかりました!」
※
前衛二人の攻撃は途切れなく続いている。
「オラオラどうしたァ! 動きが鈍ってんぞ!」
「む……」
エビルロードは明らかにジュストくんを警戒している。
さっきみたいな思い切った行動は、もう取れなくなっているようだ。
「交代だ!」
ヴォルさんの攻撃が止まり、カーディに交代。
カーディの連続攻撃が途切れると、またヴォルさんに戻る。
暴風のような猛攻を繰り返し反撃の機会を与えないヴォルさん。
雷化からの超速連続攻撃で一切の隙を見せないカーディ。
二人の連携は完璧にエビルロードを封殺していた。
そしてヴォルさんが分身と一緒に、何度目かの攻撃に入ろうとした瞬間。
エビルロードの動きが止まった。
「おっ?」
「カァッ!」
攻撃を食らいつつ、エビルロードは全身から青い光を放つ。
突風がフロア中を吹き抜けた。
「きゃっ!」
……?
身体の動きが鈍い。
あの青い風を浴びた途端、まるで重りを背負ったみたいになった。
ううん、違う。
「輝術無効化か!?」
先生がかけてくれた強化の効果が消えたんだ。
エビルロードの側にあった黒蝶も一つ残らず消滅してる。
ヴォルさんとカーディの動きも、目に見えて鈍くなっていた。
「ちょっと、冗談じゃないわよっ!」
「ちっ」
前衛二人は後方に跳んで距離を取る。
「なら、僕が!」
代わって
「やめろ、遅い!」
しかし彼は先生に制止されて足を止めた。
先生は即座に液体の入った小瓶を地面に投げつけ、輝言を唱え始める。
「おおおおおお!」
エビルロードが六本の腕を振り回す。
ただそれだけの攻撃が、周囲のすべてをなぎ払う暴力の結界になる。
ヴォルさんは分身を盾にしてなんとか本体への直撃を防ぎ、カーディは雷化して全速力で後方に逃げた。
「――
先生の補助術が完成。
溢れるような力が戻ってくる。
「ナイス、グレイロード!」
前衛二人の攻撃が再開される。
※
戦いは長引いた。
全体としては、私たちが一方的に攻撃している。
前衛の二人による怒濤の攻撃……ヴォルさんによる分身と共に繰り出す連撃と、カーディの目にも止まらない連続技が、エビルロードに反撃の暇すら与えないほど絶え間なく繰り返されている。
先生はひたすら輝術で戦闘補助。
前衛二人を強化したり、輝力を回復させたり。
敵の妨害をしたりと、常に輝言を唱え続けている状態だ。
私はエビルロードの動きを見ながら、後方の安全な場所から
無理にダメージを与えようとするんじゃなく、ヴォルさんやカーディの連携がズレたりしてエビルロードが反撃しようした時に、それを阻止するのが目的だ。
そしてジュストくんは……さっきからまったく動かない。
エビルロードが隙を見せないせいだ。
ヴォルさんたちの猛攻は凄まじいけれど、たいしたダメージは与えていない。
それに比べるとスペル・ノーヴァで削られた腕はまだ回復していない。
敵も一番気をつけるべきはジュストくんだってわかっているみたい。
さっきみたいな大きな隙を見せる反撃は一切して来なくなった。
「臆病者が……」
先生が悪態を吐く。
現在のパターン化された戦闘。
一番激しく消耗しているのは先生の輝力だ。
触媒になる液体が入った小瓶も、すでに三十本近く消費してる。
服の中にどれだけ隠し持っているかわからないけど、無限ってことはないはず。
さっきみたく輝術無効化の青い風が来た時、術のかけ直しができなくなれば、前衛二人はあっという間にやられてしまう。
っていうか、ヴォルさんとカーディの攻撃をあれだけ受けて、ぜんぜん堪えてないエビルロードって一体なんなの!?
「大賢者様、こうなったらイチかバチか僕も前衛に加わろうと思います」
同じような不安を抱いているらしいジュストくんが先生に提案をする。
彼はさっきから黙って見ているだけなので焦燥感は私以上かもしれない。
「ダメだ。万が一にもお前が殺されたら、やつを倒す手段はなくなってしまう」
先生は輝言の詠唱の合間に強く反対した。
「でも、このままじゃ前衛二人が持ちません。それに戦いが長引いたらゲートが――」
ジュストくんが諦めずに抗議を続けようとした時。
攻撃を仕掛けていたカーディが大きく吹き飛ばされた。
「がっ!?」
「いけない!」
床が抉れるほどの勢いで地面に叩きつけられたカーディに、先生が駆け寄る。
「ぐ、はっ……」
カーディが大量に血を吐いた。
お腹からも大きく出血し、全身が痙攣している。
エビルロードが振り回した腕にちょっと当たっただけなのに。
先生は倒れているカーディの周囲に小瓶を叩きつけた。
「
高速詠唱からの治癒輝術。
強く耀く水色の光が、カーディの身体を包む。
なんて安らかな輝き。
光を浴びたカーディが目を見開く。
彼女は即座に雷光を纏って起き上がった。
「……ごめん、しくじった」
「仕方ありません。むしろ良く耐えてくれていますよ」
すごい、一瞬であの怪我が治った。
でも、いきなり戦闘を再開できるほどの回復はしていないみたい。
彼女の表情は歪んでいて、明らかに痛みを堪えているような険しさが残っている。
「うおおおっ! 無理無理ぃ!」
一人になって前戦を支えきれなくなったヴォルさんが慌てて下がってくる。
先生も連続での高階層輝術の使用で息が上がっていた。
心なしか声もかすれているように聞こえる。
前衛の二人と、絶え間のない援護を続ける先生。
この三人はすでにかなりの消耗をしてる。
特にひたすら輝力を消耗する一方の先生は、直接エビルロードとぶつかり合っているわけでもないのに、一番辛そうだった。
「せ、先生、少し休んだ方が」
「注意を怠るな!」
びくっ。
先生の身体を心配して言ったのに、怒鳴られたよ。
「ヴォル、カーディナル、戦えるならすぐに足止めに戻ってくれ!」
「いや、ルーちゃんの言うとおり、ちょっとくらい休んだ方がいいわよ。オマエもう顔色が――」
「わからないか!? 気を抜けば次の瞬間には全滅するんだぞ!」
明確な怒りを込めた先生の言葉にヴォルさんは反論の口を閉じた。
先生の援護がなければ、エビルロードの攻撃は受けきれない。
もし、サポートが切れたタイミングでさっきみたいな奇襲をされたら。
適切な方法で相手の攻撃を防ぐことができなければ……私たちは、みんな死ぬ。
勘違いしちゃいけない。
私たちが戦ってるのはエヴィルの王さま。
これは人類の存亡を賭けた、最大最後の戦いなんだ。
「よ、よしっ」
ヴォルさんが頬を叩いて気合いを入れる。
カーディが無言で雷を纏う。
二人は再び飛び込もうとし――動きを止めた。
なぜか突っ立ったまま動かないエビルロード。
敵は顎が外れるほどに口を大きく開いていた。
「……な」
怖ろしいほどのエネルギーが、口内に溜まっていく。
まさか、二人の攻撃が途切れた隙に、これだけの力を……?
私たちが隙を見せたこのタイミングで攻撃をしてこなかったのは、このため――
「全員、俺の後ろに下がれっ!」
今までに聞いたこともないような大声で先生が叫ぶ。
慌てて取り出したビンが地面に落ちて割れる。
先生は気にせず高速詠唱で輝言を唱える。
「――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。