522 スペル・ノーヴァ
ジュストくんの周囲に輝粒子が舞う。
最初は光の粒から、次第に液体状へと変わっていく。
本当に力を貸さなくても
この状態のジュストくんは、並のケイオスなら一人でやっつけられるくらい強い。
輝力量はヴォルさんの方が多いけど、力任せに暴れる戦法を得意とするヴォルさんに対して、輝力のコントロールが上手いジュストくんは二倍のエネルギーを無駄なく操れるから。
「……いきます」
聖剣メテオラを構え、目の前の扉を睨み付けるジュストくん。
その手に持った武器が次第に白みを帯び始めた。
柄から切っ先へ。
時間をかけてゆっくりと染まっていく。
光り輝いている、って感じとは違う。
それは例えて言うなら、底の見えない深い空間の穴。
周囲と比べてその剣だけが遠くにあるような錯覚すら引き起こす。
まるで、白い闇。
とんでもない密度の輝力が凝縮されている。
圧縮された力が、爆発の時を待ちわびている。
「くっ……」
ジュストくんは苦しそうな顔をしていた。
額には脂汗も浮かべている。
「無理はするなよ」
「大丈夫……です」
先生の言葉に応えるジュストくん。
どうみても大丈夫じゃなさそう。
「おい、ルーチェ」
「わかってます」
言われるまでもない。
支えてあげなきゃ、そう思った。
私は引き込まれるように彼の隣に並んで、震える腕に手を伸ばす。
「ルー、危ないから――っ!?」
「んっ」
二の腕に触れた瞬間、私とジュストくんの輝力が混ざり合う。
彼が今、どれだけの重さを支えているのかを、肌で感じられる。
「これは……」
「私も一緒に支えるよ」
ジュストくんの辛そうな表情が和らいだ。
大丈夫、二人で持てば重くない。
「四十……五十倍……まだまだいける!」
「いや、もう十分だ。ぶつけてみろ」
「はい! ルー、離れて」
「うん」
私はジュストくんから手を離し、少し後ろに下がって見守る。
彼が動いたのはほんの少しだけ。
切っ先をわずかに下げ、ドアに触れさせた。
しゅわっ!
小気味のいい音がして、ドアがなくなった。
割れたとか、吹き飛んだとかじゃなくて、なくなった。
ドアがあった場所とその周囲の岩の一部が丸々と抜かれ、部屋の中が丸見えになっている。
「ジュストくん、大丈夫?」
「うん、おかげでまったく辛くなかったよ。ありがとう」
ジュストくんは緊張が解けたのか、大きく息を吐いた。
すでに剣は元の銀色に戻っている。
さっきまでの怖ろしい量の輝力は完全に消失していた。
「と、とんでもないね。使いどころは気をつけなよ」
「……っ」
カーディが珍しくうわずった声を出した。
あのヴォルさんですら目を見開いて絶句している。
これなら……本当にエヴィルの王さまだってやっつけられるかもしれない!
「物質を粒子レベルで破壊するほどの圧倒的な輝力。そいつを直接、相手に叩き込む。アルジェンティオはこれをスペル・ノーヴァと名付けていた」
「
おおっ、必殺技の名前があるんだ。
かっこいいね!
「次からはジュストくんもちゃんと言わないとね!」
「いや、戦闘中に技の名を叫ぶのはちょっと……」
「王への対策はわかった。けど、もう一つの問題が解決していない。どれほどの威力があっても、あの攻撃じゃかなり近づかなきゃ意味がない。届かなければどんな強力な攻撃も意味がないだろ」
冷たい視線を送りつつ、カーディが難しい表情で言った。
「その点に関してもご心配なく。答えはこの部屋の中にありますから」
先生はジュストくんが開けた穴から部屋の中に入っていく。
そう、そこは『部屋』だった。
※
レースのカーテン。
たくさんのぬいぐるみ。
ハート型のかわいいクッション。
ふわっふわの布団が敷かれた四つ足のベッド。
本棚にはいくつもの本が並んでいるけど、どれも背表紙には可愛らしい文字が並んでいる。
他にも小物入れやら洋服棚、ピンクのお化粧台とか……
どう見ても女の子の部屋だよね。
とてもファンシーな。
「なんなんですか、ここは」
ここはエヴィルの世界。
エヴィルの王さまが住んでいる居城へと続く洞窟。
そんなおどろおどろしい所に、これほど似つかわしくない場所もないと思う。
私の疑問に先生が答えた。
「王妃の寝室……というか、別邸だな」
「王妃?」
「エヴィルの王の妻だよ」
うええっ?
エヴィルの王さまって、奥さんがいるの?
い、いや、偉いひとなんだから、いてもおかしくないだろうけど……
なんか変な感じだなあ。
普通にビックリした。
「そうか、ここがあいつの……」
カーディはなぜか、懐かしそうな顔でしみじみと部屋の中を見回した。
「王妃さまのこと知ってるの?」
「さあね」
私が尋ねると、カーディは表情を引き締め、そっぽを向いてしらばっくれた。
むう、なんなのよもう。
それにしても、本当に不思議な部屋。
王妃さまっていうより小さな女の子の部屋? って感じ。
子どもっぽいと言うか……あ、ほら、あれなんかすごい。
先っぽにハートがくっついたステッキがあるよ。
どう見てもただのオモチャだよね、あれ。
「で、ここに何があるんだ? 王の寝室へと繋がる転移門でもあるの?」
「さすがにそんな都合のいい物はありませんが、俺が探しているのは……これですよ」
先生は戸棚の上に置かれているものに手を伸ばした。
小さな座布団みたいなクッションの上にある、銀色に輝く水晶玉。
エヴィルストーンより二回りくらい大きく、ぱっと見だけでもかなり価値がありそうだ。
「なんだそれは?」
「シャイン結晶体。ミドワルトで言うところの輝鋼石ですよ」
へー、輝鋼石。
こっちの世界にもあるんだね。
「十五年前、
「で、それをどうするの?」
「触媒にします」
先生は身に纏っている術師服の中から小瓶を取り出し、中の液体を周囲にぶちまけた。
それで部屋の中が水浸しになることはなく、液体は床に溶け込んでいく。
近くのぬいぐるみや小物を集め、円形になるよう並べ始めた。
「簡易輝法陣? 何をする気なんだ?」
「もちろん、輝術を使うんですよ」
先生は目を瞑り、口から奇妙な音を発し始めた。
輝言の高速詠唱。
一秒に数百単語の密度で古代語を唱えている。
輝術を限りなく無詠唱に近づけるためのテクニックだ。
先生が現在唱えているのは、どうやら怖ろしく詠唱が長い術みたいだ。
前に第八階層の術に必要な輝言の書を見せてもらったことがある。
それは辞書数冊分もあるとんでもない量の言葉だった。
今回はそれよりもさらに長い。
先生の高速詠唱は一分ほど続いた。
やがて、私たちにも聞こえる音で術名を唱える。
「
ふっ、と。
先生の姿が消えた。
え、なに、どこ行ったの?
今の術は瞬間移動?
どこかへワープしたの?
「これ、は……」
カーディが驚きの表情で先生が立っていた場所を見ている。
「ねえ、どうし――」
たの?
って聞こうとした時。
私の目の前で、カーディがいなくなった。
あれ、あれ?
どこ行った?
「ん?」
ジュストくんが首をかしげている。
「ヴォルさんもいない」
あ、本当だ。
ずっと大人しかったから気付かなかったけど、ヴォルさんまでいなくなってる。
「いったい何が起こってるんだろう……ね……」
不安になりながらジュストくんの側に近寄り、彼の腕を掴もうとした瞬間。
消えた。
私の目の前でいなくなった。
ええ、なんでなんで、なんでっ!?
どうしていきなり私だけが取り残されちゃったの!?
えっ、もしかしてまた敵の幻覚にハマってる?
突然の状況にパニック状態。
さらに、
「うおおおおっ! 舐めたマネをしてくれおって、侵入者共めぇ!」
「ひっ」
部屋の外から怒りの怒声が聞こえてくる。
これは……グラスディルの声だ!
カーディの幻覚術が解けたんだ。
騙されていたことに気付いて、私たちを探している。
ドスドスと足音が響く。
こっちに近づいて来てるよ!
私一人であんなのに勝てるわけない!
みんな、どこにいっちゃったのよぉっ!?
絶望的な状況に泣きそうになる。
そんな私の指先に、温かな手が触れた。
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