514 合流

 しばらく歩くと、ひらけた場所に出た。

 誰が作ったのか柱と三角屋根だけの簡素な建物がある。

 屋根の下には休んで良いよとばかりに木のテーブルと丸太椅子が置いてあった。


「ここで待つぞ」


 先生は荷物を置いて丸太椅子に腰掛けた。

 私もテーブルを挟んで向かいに座る。


 ……会話がない、気まずい。

 さっきのことを怒ってるわけじゃないだろうけど……

 先生はどうやら難しい顔で、なにかを考えているみたいだった。


 これから人類の運命を賭けた戦いが始まるんだ。

 さすがの先生も緊張してるのかも知れない。

 私も冗談はやめてマジメにやろう。


 時計がないから正確な時間はわからない。

 私たちがここに着いてから、たぶん二十分くらい経った頃。

 森の向こうから、よく知った人達が近づいてきている気配を感じた。


「あ、来たみたいですね」


 先生は無言で頷いた。

 それからさらにもう十分ほど待つ。

 気配があった方の茂みが揺れ、三人が姿を表した。


「お、いたぞ」


 茂みを掻き分けながらそう言ったのはカーディ。

 後ろにはジュストくんヴォルさんもいる。

 ちゃんと全員揃ってる。


「みんな!」


 私は椅子から立ち上がって駆け寄った。

 そのまま先頭のカーディに抱きつこうとして……

 彼女は私の腕を避けつつ、そのまま先生の所に歩いて行く。

 そして。


 おもむろに自分の身長を超える大剣でもって先生に斬りかかった。


「ちょ……」


 止める間もなく剣は振り下ろされる。

 先生の座っていた丸太椅子は真っ二つに斬り裂かれた。


 もちろん、先生は直前で避けている。

 さらにカーディは二回ほど連続で剣を振り抜いた。


「ちっ!」


 それもかわされると、怒りをぶつけるように刃を地面に突き刺した。


「なにをするんですか、カーディナル。いきなり無言で攻撃するなんて非常識ですよ」


 えっ、先生がそれを言う?


「うるさい! わたしたちを放りだしてこんな遠くまで逃げやがって! しかも、なんでこっちが歩かなきゃいけないんだよ!? こっちはドラゴンの集団に囲まれるわ、野宿中に妖魔軍団に襲撃されるわ、むちゃくちゃ大変だったんだからな!」

「それはご愁傷様です」


 カーディはどうやらトリから放り出された上に歩かされたことを怒っているみたい。

 私たちが着陸するまでの時間を考えると、結構な距離があったよね。

 っていうかドラゴンの集団と戦ってよく無事だったな。


「ルー、無事で良かった!」


 自分もかなり疲れてる様子なのに、真っ先に私の事を心配してくれるジュストくん。


「ジュストくん。いっぱい歩いて大変だったでしょ」

「いや……まあ、できればちょっと休憩したいかな」

「ちょうどいいから四人ともここで休んでいろ」


 どつき合いをしていたはずの先生が、いつのまにか私たちの傍に来ていた。

 カーディはすでに大剣を消して丸太椅子に腰掛けている。


「四人ともって、先生は?」

「少し周囲の様子を探ってくる。絶対に勝手な行動はするなよ」

「はい」


 よくわかんないけど、先生がそう言うなら大人しく休んでよう。

 ちゃんとしたベッドで寝た私と違って、三人ともけっこう疲れてるみたいだし。


 先生はひとりで森の中へと消えて言った。

 私たちはテーブルの所に移動する。


 丸太椅子はちょうど四つあったんだけど、カーディが一つ壊してしまったので残りは三つしか無い。


「ルー、座りなよ」

「いいよ。ジュストくんこそ疲れてるでしょ」

「いや、僕は全然大丈夫だから。ルーの方こそ休んでよ」

「いやいやジュストくんの方が」

「目の前でイチャイチャするのムカつくからやめてくれない……?」


 私とジュストくんが椅子の譲り合いをしていると、青い顔したヴォルさんに忌々しげな目で睨みつけられた。

 普段なら背筋が凍るほど怖ろしい状況なのに、なぜか彼女にはいつもの迫力が無い。


「ど、どうしたんですか?」


 一〇〇体を超えるエヴィルの群れに飛び込んで笑いながら暴れまわるような豪傑無比な人なのに、なんだか今日はものすごく体調悪そうで、こんな頼りない彼女を見るのは初めてだ。


「ちょっと、カルチャーショックを受けてね……」

「初めて食べたエヴィルの肉がお気に召さなかったんだってさ」


 カーディが笑いをかみ殺しながら言う。


 ああ、なるほど。

 食料を積んだトリは私たちが乗ってっちゃったから。

 だから、食べるものがなにもなくて、仕方なくエヴィルを食べた。

 けど、それがヴォルさんに取っては、どうにも受け付けなかったみたいで……


「って、ええええっ!? エヴィルって食べれるの!?」


 驚いてジュストくんの方を見る。

 彼は視線を泳がせて苦笑を浮かべた。


「うん、まあ。お腹空いてたし、大きな鳥のエヴィルで……味はそんな悪くなかったよ」


 そ、そうなんだ。

 でもすごく後ろめたそうだね。


「どうやって食べるの? エヴィルって、やっつけるとエヴィルストーンになっちゃうよね?」


 ビシャスワルトでは違うのかな?

 まさか、生きたまま齧り付くとかじゃ……


「個体が生きているうちにエヴィルストーンを取り出すんだよ。そうすれば死んだ後も身体が消えなくなる。ついでに言えば、取り出した時点でその個体は凶暴性を失うから、骨や皮膚を採集することもできるぞ。ミドワルトじゃあまり知られてないけどな」


 カーディが驚きの事実を語る。

 エヴィルにそんな裏技があったのか……

 凶暴性に関しては、先生もそんなことを言っていたような気がする。


「うん、確かに美味かった。美味かったんだ。だからこそショックなんだよ。悪いけど、ちょっと横になって休ませてくれ……」


 ヴォルさんは柱に寄り掛かると、そのまま崩れ落ちて横になってしまう。

 よっぽど衝撃的だったんだろうなあ、エヴィル食。


「あ、そうだ。もしお腹空いてたら……」


 私はジュストくんと並んで丸太椅子に腰掛けた。

 先生の置いていったリュックを膝にお置いて食べ物を取り出す。

 小鬼人族のひとたちが昨日のうちに瓶詰めにしておいてくれたものがあるんだよね。


 私が取り出したそれを見て、カーディが訝しげな顔をする。


「煮込んだ木の実? おまえたち、昨日はどこに泊まったんだ?」

「小鬼族人っていう部族の村だよ」


 私は昨日カーディたちと別れた後のことをざっと説明した。

 聞き終わった後、カーディはなぜか怒ったような顔になる。


「そうか、だからあいつ……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 変なの。

 まあいいや。

 それより聞きたいことがあったんだ。


「ねえねえ、そんなことよりさ、カーディはもう幼少モードにならないの?」

「……なれないことはないが、おまえの前じゃ絶対にならないぞ」

「えーっ、いいじゃない。ちょっとなってみようよ。ほら、ね? はやく」

「うるさいなあ……」

「この豆、味がないね」


 しばらくカーディやジュストくんと喋った。

 それから二時間くらい経った頃、ようやく先生が帰ってくる。

 声をかけて目を覚ましたヴォルさんの顔色は、さっきより少しだけマシになってる。


「待たせたな。これからエヴィルの王がいる敵の居城へと向かう」


 ごくり。

 い、いよいよ決戦が始まるんだ。

 そう思うと全身に緊張感が漲ってくる。

 さっきのが最後の休憩だったと思うと、二人とした会話も特別なことに思えてくる。


 と、カーディが水を指すような文句を言った。


「向かうって言っても、王の居城がどこにあるのかわかってるの? わたしの感知にはまだ引っかからない。つまり少なくとも一〇〇キロ以上は離れているってことだよ」


 あらら。

 それじゃ到着はまだまだ先だ。

 そんなに遠いんじゃ、たどり着くまでにあと数日はかかりそう。

 っていうか、カーディの感知能力凄すぎじゃない?


 ところが、先生は首を振ってこう言った。


「場所はわかっていますから、今日中には着けますよ」

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