513 意外な一面

 その夜は小鬼族の村で一泊しました。

 晩ご飯は木の実とキノコを煮込んだスープ。

 いただいたものに文句を言うのは良くないってわかってるけど、味がぜんぜんしなかったよ……


 こればっかりは文化の違いだから、仕方ないと諦めよう。

 ファースさん(っていうか先生)は私にベッドを譲って、自分はソファで寝たみたい。


 もちろん最初は私もベッドで寝てくださいって言ったんだよ。

 でもファースさんは譲らなくて、さっさと毛布を持って寝ちゃったから。

 もし先生の姿のままだったら、怖くて申し訳なくて、自分から床で寝ようとしてたかも。


 けど、おかげでぐっすり眠れました!

 途中で目覚めることもなく、朝まで休んですっきり。


 目覚めたときには、もう先生は部屋にいなかった。

 起き上がるとなぜか足下がふらついた。

 寝違えたかな?


「ん?」


 外からわーわー騒がしい声が聞こえてくる。


 窓の外を見ると、村の小鬼族たちが集まって輪になっていた。

 中心には長のバラキさんがいて何か喋ってる。

 なんだろ、朝の集会とかかな。


「あら、やっと起きた?」


 しばらく窓の外を眺めていると、ファースさんが戻ってきた。

 湯気の立ったカップとパンを載せたトレイを持って。

 まだ変身したままなんだね。


「朝ご飯持ってきたわよ。昨日の食事はちょっと味気なさ過ぎだったでしょ」

「ありがとうございます、いただきます」

「食べたらすぐに出発するわよ」


 パンにリンゴとクリームが挟んだ朝食。

 むしゃむしゃ、ああ、美味しい。

 紅茶もちゃんと甘い。

 ファースさん先生、私の好みをわかってくれてる。


「ところで、外の人たちは何やってるんですか?」

「隣の村が攻めてきたから戦の準備ですって」


 ぶっ!

 い、いくさ?

 って戦争するの?


「こんなところでのんびりしてていいんですか!?」

「いいんじゃない。だって私たちに関係ないし」

「泊めてもらったお礼に協力とか……」

「村のことに口出したらむしろ怒られるわよ。本当に力が必要なら向こうから言ってくるでしょ」


 そういうもんなのかなぁ。

 でも、親切にしてくれた人たちなのに。

 これから戦いに赴くのを放っておくのは、どうにも後味が悪いよ。


「あ、ほら。始まるわよ」


 ファースさんがパンを食べながら外に目を向けた。

 私もその隣に立って窓から表の様子を眺めた。


 向こう側の森から、ぷよんぷよんした生き物の集団がやってくる。


「ゆくぞー!」

「おー!」


 小鬼人族の気合を入れる声が聞こえる。

 そして、みんなで一斉にぷよんぷよん生物に向かっていった。

 武器らしいものは何も使わずに、素手とキックでぷよんぷよんに攻撃する。

 ぷよんぷよんも負けずに体当たりで応戦したり、一旦引いては陣形を整えたりしている。


 ……なんか、戦争っていうより、


「運動会?」

「ま、地方部族の争いなんてこんなもんよ。適当なところで勝ち負けを決めて、領土のラインを前後させたり食料を差し出したりする。地域によってはもっと本格的な争いもあるけど、下手にガチの争いなんてして王に目をつけられたりしたら、それこそ彼らにとってはひとたまりもないもの」


 そ、そういうものなんだ……

 エヴィルの世界って、なんか意外と平和みたい?


「……ま、こんな風にバランスが保たれてること自体が、絶対的な王が存在しているおかげでもあるんでしょうけど」

「え?」


 なんか言った?


「なんでもないわ。長には私から挨拶しておいたから、準備ができたらさっさと出発しましょう」

「あれ、でもジュストくんたちを待つって」

「さっきカーディナルから通信があったわ。もうこの近くまで来てるって」


 通信……って輝術を使った遠距離通話かな?

 連絡がしっかり取れてるなら心配ないね。


「わかりました」 


 どことなく微笑ましい戦争の光景を眺めながら、私はゆったりと食事をとった。

 コーヒーを飲み追える頃には、争いはほとんど終わっていていた。

 ぷよんぷよんがきーきー鳴きながら引き上げていく。




   ※


「我らの大勝利だ!」

「これで次の満月までは安泰だな!」


 戦勝にわき上がる小鬼人族のみなさん。

 盛り上がる彼らを横目で見ながら、私たちは村を後にした。


 ちなみに、先生はなぜかファースさんの姿のまま。

 背中には分けてもらった食料の入ったバッグを背負っている。


「ジュストくんたちは全員無事なんですよね」

「もちろん。昨日の晩から三人一緒にこっちに向かってるはずよ」

「それはよかったです。けど、どっちかが止まってた方がよくないですか? お互いに移動して、すれ違っちゃたりしたら……」

「心配ないわ。あっちの居場所は常に把握してるから」

「どうやって?」

「カーディナルと私はお互いの輝力を感じ取れるのよ」


 なにそれすごい、ほとんど一心同体みたい。

 先生が小さい頃にカーディから血を分けてもらったせいなのかな?


「と言っても、敵の精鋭に見つからないよう慎重に移動してるから、合流まであと二時間くらいはかかるでしょうけどね」


 ああ、だから今も飛ばずに歩いてるんだ。

 やっぱり追っ手がやって来る可能性はあるんだよね。

 一応、私も用心して、エヴィルの気配には注意を払っておこう。


「ところで、いつまでファースさんの姿でいるんですか?」

「あら。私じゃ不満?」

「そういうわけじゃないですけど、なんでかなって思って」

「あいつと二人きりじゃあなたが緊張するでしょ」


 それはその通りなんですけどね。

 同一人物だってのはわかってるんだけど。

 先生とファースさんじゃぜんぜん雰囲気が違うし。

 あの修行の日々を思えば、気安く会話なんてできませんよ……


「それに、女同士なら」


 ファースさんは素早く私の後ろに回り込んだ。

 そして脇から両手を前に回してくる。

 私は身を捻って回避した。


「あら素早い」

「……本っ当に先生とは別人格なんですよね?」

「もちろんよ、あいつがこんなことする? だからもっと仲良くしましょうよ」


 だとしても簡単に触らせるか!

 別人格っていっても正体は先生だし!


 ファースさんの身体がノイズに歪む。


「……い、代われ……」

「……冗談よ。そんなムキに……」

「……や無理だ。もう引っ込んで……」

「……めたいわね……」


 しばらく一人言い合いを続けていたけれど、ノイズが消えた時には、元の大賢者グレイロード先生の姿に戻っていた。


「まったく、ちょっと気を許すとすぐこれだ……」


 先生は額に手を当てて首を振った。

 やっぱりファースさんと同一人物とは思えないなあ。


「おい、ルーチェ」

「はい」

「あいつの言ったことを真に受けるなよ」


 えっ、なにが?


 あ、もしかして昨日の晩の……

 先生が私の事を好きとかなんとか言ってたやつ?

 あんなの考えるまでもなく、ファースさんの冗談に決まってるし。


「もちろんでございますわ」

「なら良い。行くぞ」


 そして私と先生は並んで歩き始めた。

 当たり前だけど、会話なんてまったくない。


 ……これはこれで気まずいよう。

 やっぱり他の三人と合流するまでは、ファースさんの姿でいてくれた方がよかったかも。


「ルーチェ」

「はい!」


 急に名前を呼ばれたから声がうわずった。

 先生よりファースさんの方がマシだったとか思ってるのがバレた!?


「昨日は、なんだ……すまなかったな」

「え」

「とっさに誤魔化す手段が他に思いつかなかった。もし傷ついたなら、謝る……悪かった」


 えっと、昨日のことっていうと……

 腕を斬ろうとしたこと言ってるのかな?


「あ、いえ。結果的におかげで上手く行きましたし」


 幸い、小鬼人族はあんまり怖い種族じゃなかった。

 それでも彼らはビシャスワルト人であることには違いない。

 正体に気付かれてエヴィルの王様に報告されてたら、ものすごく面倒なことになってたはず。


 確かにあの対応はひどかったけど、まさか謝ってくれるとは思わなかったよ。

 ビックリして何のことだか最初わからなかった。


 そっか、先生、気にしててくれたんだ。

 だからずっとファースさんに変わってたんだね。


「……ふふっ」

「何がおかしい」


 謝ってくれたことよりも、先生がとっさの判断ミスをして、それで私のことを傷つけちゃったかもって気にかけてくれてたってことが、なんだか嬉しい。


 うんうん。

 そうだよね。

 先生だって人間だし。

 間違ったりするし、後悔もするんだ。


 ……ちょっとだけ、意地悪しちゃおっかな。


「先生」

「なんだ」

「よかったら触ってみます?」

「――炎獣召喚イグビスト


 身体を密着させて胸を張ってみると、先生はノータイムで高速輝言を唱えて炎の獣を呼び出した。


「冗談! 冗談ですよ!?」

「行け。死なない程度に遊んでやれ」


 どう聞いても悪役のセリフを言いながら炎の獣をけしかける。


「……あはは」


 私は必死で逃げながらも、なぜか笑いがこみ上げてきた。

 あ、もちろん今のは冗談だからね?

 痴女とかじゃないからね?

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