512 侵攻作戦の目的
私はひとりで言い争ってるファースさんから離れて、窓際に立って外の景色を眺めた。
小さな村。
ジュストくんの故郷の村よりもさらに小さい。
民家がわずかに七件あるだけで、お店とかは一切ない。
お店があったとしても、ミドワルトのお金は使えないんだろうな。
不思議なことに、この村には子どもしかいなかった。
あっちで薪を割っている子も、紫色の牛にエサをあげている子も。
大きな壺に火をかけて何かを煮込んでいる子も、みーんなテン君と同じくらいの年頃。
「この村に大人はいないのかな……」
「いるわよ、いっぱい」
いつの間にかファースさんが背後に立っていた。
どうやら先生との姉弟ケンカの決着はついたみたい。
「小鬼人族は成人しても人間で言う子供くらいの見た目のままなの。最初の二人は本当に子供だけど、他はみんな二十歳を過ぎてる立派な大人よ。長なんてたぶん六十歳近いんじゃないかしら」
「え、そうなんですか?」
「彼らの実年齢は角の大きさで判断すると良いわ。大きければ大きいほど年長者よ」
そ、そうだったのか。
長さんも子どもだって思ってたよ。
年上とは知らず、失礼な態度とっちゃわなかったっけ……
でも、なんていうか、こうして村の中の様子を見てると思うんだけど、
「なんか、平和そうですね」
ミドワルトの田舎と変わりない景色。
ここがエヴィルの世界だってことを忘れそうになる。
「少数部族間で多少の小競り合いはあるけど、基本的にはどこもこんなものでしょう」
「この人たち……っていうか、小鬼族たちも、エヴィルなんですよね?」
「うちらの呼び方で言えばそうね。彼らみたいな戦闘力の低い種族が、ウォスゲートを抜けてミドワルトやって来るなんてことは、まずあり得ないでしょうけど」
「エヴィルは人類の敵で、本能的に人を襲うものじゃないんですか?」
少なくとも私は、この村の誰からもそんな悪意は向けられてない。
トリに乗っている時にドラゴンに襲われたりはしたけど。
悪者じゃないエヴィルもいるってことなのかな。
例えばカーディみたいな。
あの娘も最初は「かわき」に抗えなくて人を襲ったりしてた。
けど、定期的に輝力をわけてあげれば、そんなことをしないでも大丈夫になった。
そもそも魔動乱が終わってからしばらくの間、残存エヴィルはミドワルト各地にある人里離れた場所に籠もって、まったく人を襲うことはなかったはず。
「人を襲うエヴィルと、そうじゃないエヴィルの違いって、何なんですか?」
「そうね……あえて言うなら、世界の歪みの影響を受けているかどうか」
「世界のひずみ?」
ファースさんは頷いた。
「ミドワルトとビシャスワルト。二つの世界のズレが、エヴィルストーンを体の中に持つ者に、本能的な心の渇きをもたらすの。そのズレはウォスゲートが開く予兆でもあるわ。半年前にミドワルトの残存エヴィルが人を襲うようになったのもその影響ね」
なるほど。
ということは、もしかして……
「ゲートさえ閉じてれば、エヴィルは人間を襲うことはない?」
「少なくとも棲み分けはできるわね。できればこっちに帰ってもらうのが最良だけど。あるいは、エヴィルストーンを体から抜き取ることでも凶暴化は抑えられるわ」
一体ずつ全部のエヴィルにそんな処置を施すのはさすがに現実的じゃない。
「じゃあ私たちがやるべき事は、ゲートが開かないようにすることなんですね?」
「もちろん目的はそれよ。そのためにエヴィルの王を倒すの」
エヴィルの王。
「その、エヴィルの王様がゲートを繋いでいるの? 一体なんのために……」
「理由なんて聞かなきゃわからないし、聞いてもわからないかもね。そもそも対話をしてくれるとも思えないし」
それはなんとなくわかる。
今までに出会ったケイオスを見てもそう。
あいつらは人間に対して、強烈な差別意識を持ってる。
向こうにとって都合の良いことはべらべらしゃべるけど、対等な情報交換は拒否してくる。
「けど、一つだけハッキリしてることがあるわ」
「な、なんですか?」
「これはビシャスワルト人によるミドワルトへの侵略よ」
侵略。
「エヴィルの王さまが、手下を使ってミドワルトに攻め込んでるってこと?」
「ここの小鬼族もそうだけど、ほとんどのビシャスワルト人には関係のないことかも知れない。でもエヴィルの王はこの世界の絶対者で、
渇きで苦しい思いをするのに……?
そんなの、どっちも不幸になるだけじゃない。
エヴィルの王様が何を考えてるのかなんてわからない。
けどそれじゃ、私たちの世界に来て戦わせられる
「エヴィルの王にどんな目的があるかは知らないけど、私たちが黙ってやつらの侵略を受け入れるわけにはいかないことはわかるでしょう?」
「はい」
魔動乱期の大混乱。
今回のエヴィル活性化で被害に遭っている人たち。
それを思えば、一刻も早くこんな戦いは終わらせなきゃって思う。
ターニャみたいな犠牲者はもう見たくない。
「ビシャスワルトにも部族間の棲み分けくらいはあるけど、ミドワルトみたいな大規模な国家機構は存在しない。良くも悪くも王が世界のすべてを支配する完全なトップダウンなの。つまり……」
「エヴィルの王様さえやっつければ、この戦いは終わる」
「その通り」
そっか。
じゃあ、意外とやることは簡単かもしれない。
「頑張らなくちゃね。人類のためにも……罪のないビシャスワルトの生き物ためにも」
「はい!」
改めて戦う意味と目的を知って、俄然やる気が出てきた。
……まあ、今さらって気がしないでもないけど。
死ぬような思いをして旅をして、こんな所まで連れて来られて、ここに来てようやく目的を教えてもらえるとか。
先生がどれだけいい加減な人かってことがよくわかるね。
詳しく聞かずについて来ちゃった私も私だけど。
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