505 出陣前パレード
バルコニーに立つと、下の舞台の様子がよく見える。
先生の挨拶が終わった後は弦楽隊の演奏が始まった。
「催し物のプログラム表でございます」
メイドさんから紙をもらったので、ハチミツを飲みながらそれを眺める。
この後は役者さんたちの演劇。
その次は魔動乱期の映像記録の上映をやるみたい。
催し物の間に、ちょくちょくえらい人のお話が挟まれてる。
こんな特等席で、おいしいものを食べながら観劇なんてしてると、これから命を賭けた戦いに出向くってことを忘れそうになってくる。
お腹いっぱいになったら眠くなって来ちゃった。
ふわあ。
「疲れたら横になっててもいいわよ。アタシが寝てる間にいろいろしてあげるから」
ヴォルさんが恐ろしいことを言った。
ぱちくり。
絶対ねないから。
意地でも起きてるよ。
「ところで、私たちはいつまでここにいるんですか?」
「たぶんあと一時間くらい? パレード自体は夜通しやってるけど、アタシらは途中で出陣することになってるからね」
「この後、私たちはエヴィルの世界に乗り込むんですよね」
「そうね」
改めて気合いが入る。
お気楽になってる場合じゃなかった。
「でも、それって具体的にどうするんですか? 歩いて行くような場所じゃないでしょ?」
「今日の正午ちょうどに北部パーカス島で小さなウォスゲートが開くらしいわ。そこから逆に突っ込んで、一気に向こう側まで行くんだって」
「北部パーカス島?」
武器の手入れをしていたジュストくんが顔を上げて聞き返した。
「それって本島の北側にある離れ小島ですよね。今からじゃどうやっても、正午には間に合わないと思いますが……」
現在時刻は九時ちょい前。
パレードがあと一時間続くとすれば……
だいたい、二時間くらいで辿り着かなきゃ行けない。
以前に地図で見たプロスパー島の大きさを考えれば、空飛ぶの絨毯を使っても……あっ。
そういえばあの絨毯、ファーゼブル王国に忘れてきちゃった。
よし、誰かに言われるまで黙ってよう。
「大丈夫よ。『トリ』を使えば、一時間もかからないから」
ヴォルさんが言った。
「五英雄がその背に乗ってエヴィルの世界へ渡ったと言われる『白銀の鳥』のことですか?」
「背に乗ったっていうとちょっと違うんだけど、たぶんそのトリで間違いないわよ」
うわあ、本当にいるんだ。
五人も乗せて飛べるような大きな鳥。
しかもヴォルさんの言い方だと、めちゃくちゃ速いっぽい。
いったいどんな鳥なんだろう?
「必要な準備は裏できっちりやってくれてるはずよ。余計な心配しないで、時間まではリラックスしてなさい。今から緊張してたら最後まで持たないわよ」
「お心遣いありがとうございます」
「堅いわよ、英雄王の隠し子さん」
ヴォルさんにそう言ってもらって気分が楽になったのか、ジュストくんは武器の整備を中断して、私たちと一緒のテーブルについて朝食を食べた。
しばらく三人でいろいろお話したり、下のステージの演目を楽しんだりした。
青い鎧の輝士さんはずっと黙って座ってる。
ヴォルさんたちも、彼の事は気にしていないみたい。
また無視されると辛いから、話しかけるのはやめておこう。
それから一時間くらい経った頃。
身なりの言い輝士さんがやって来て、私たちに声を掛けた。
「どうぞこちらへ。市中を通って城門までお連れ致します」
私たちは先導され下に降りる。
そこには巨大な輝動馬車が停めてあった。
台車には大きな車輪が付いていて、四台の輝動二輪に繋がっている。
中には入らず、横のはしごから屋根に上がる。
屋根の上には柵とベンチがあって、色とりどりの花で飾られている。
ヴォルさんに続いて私、ジュストくん、最後に青い鎧の輝士さんも上がってくる。
私たちを乗せた輝動馬車は、ゆっくりと前に進み始めた。
「次世代の英雄に栄光あれ!」
「新世代の英傑に祝福あれ!」
うわあ、すごい歓声。
ど、どうしよう、緊張する。
手とか振った方がいいのかな。
「萎縮していると民が不安になる。堂々と前を向いていろ」
「わっ、びっくりした!」
グレイロード先生に背中を叩かれた。
いつの間にいたの!?
と、とにかく、堂々とね。
わかりましたよ。
キリッ。
ちらりと下を見る。
小さな女の子が手を振ってくれていた。
「ピンクのおねえちゃん、がんばってー!」
「はーい、がんばるよー!」
どがっ。
はぐうっ!?
先生に膝で腿を蹴られたよ。
笑顔で手を振り替えしただけなのに……
「英雄らしく。英雄らしく、な?」
「は、はい……」
蹴ることないじゃない……
痛くはないけど、痺れて立てないよう。
前後を輝士団の列に守られながら、私たちの乗った軌道馬車は進む。
市内の大通りを行き、パレードを伴って、城門の方へと移動する。
やがて、城門前広場で前方の輝士団が左右に分かれた。
街の人々の姿が見えなくなる。
馬車が停止する。
「降りるぞ」
あ、このまま街の外まで運んでくれるわけじゃないんだね。
「本当に単なる見世物だわね」
ヴォルさんは文句を言いつつも、はしごを使わず柵を跳び越えて下に降りた。
どうせ周りは輝士さましかいないし、私も楽して降りちゃお。
「おお……」
「これが、英雄……」
なぜか周囲から歓声が上がる。
地面に降り立った私たちに、一人の女性輝士が近づいてきた。
「ルーチェ」
ベラお姉ちゃんだった。
「あ……」
私は昨日のことを思い出して言葉に詰まる。
あんな風に感情を露わにするお姉ちゃんを見るのは初めてだったから。
それに、のぞき見していた気まずさもある。
「一緒に行けなくてごめんな。私の力が足りないばかりに」
「ううん、そんなことは……」
ないって言おうとしたけれど、否定するのはもっと良くないような気がした。
結果、何も言えなくなってしまう私。
ベラお姉ちゃんはそんな私を見てフッと笑った。
「すまないが、後は任せた。人類の未来を頼む」
「……うん!」
私は差し出された手を握り返して深く頷いた。
「ジュスティッツァ」
ベラお姉ちゃんは次に屋根から降りてきたジュストくんに声をかけた。
少し気まずそうな彼に、お姉ちゃんは毅然とした態度で言う。
「ルーチェを任せる。くれぐれも頼んだぞ」
「はい、全力で彼女を守ります」
それだけの言葉を交わした後、お姉ちゃんはグレイロード先生に一礼して、
「お時間を取らせてすみませんでした」
他の輝士さまのところへ戻っていった。
お姉ちゃん、本当は一緒に戦いたかったんだろうな。
私がお姉ちゃんの分まで、せいいっぱい頑張るからね……!
「さあ、行くぞ」
先生が私たちを集めて言う。
私、ジュストくん、ヴォルさん、青い輝士の人。
そして先生を加えた五人が、これからエヴィルの世界へと乗り込むメンバー。
ところで、
「どこに行くんですか?」
「聖城の裏手だ。そこに『トリ』を用意してある」
「は?」
いや、いま街から出てきた所なんですけど。
「市民の娯楽に付き合ってやるのはここまで、これから先は俺たち五人だけの仕事だ」
先生は私たちが使ったのと同じ、空飛ぶ絨毯を地面に拡げた。
本当にパレードって、単なる演出だったのね……
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