506 白銀のトリ

 神都の城壁をぐるりとまわる。

 そして、反対側からもういちど中へと入る。

 みんな表門側のパレードに集まっているので、人通りは多くない。


 絨毯を操縦しているのは先生。

 意外と安全運転でびっくりだった。

 低いところを飛んでいるので怖くもない。


「街の人たちも私たちがこんな所にいるとは思ってないだろうね」

「そうだね」


 私の呟きに苦笑しながら答えてくれたのはジュストくん。

 他の三人は黙って前を向いている。


 う、なんか空気が重いよ。

 先生はもちろんヴォルさんも真剣。

 青い鎧の輝士さんは相変わらずの無言だけど。


 聖城の裏手に来た。

 そのまま壕を越えて城内へ。

 そこに見えたのは広々とした裏庭だった。


 この辺りは初めてくる場所だ。

 裏庭の片隅に剥き出しの鉄壁がある。

 その影に隠れるように、苔に覆われた小さな小屋が見えた。


 絨毯は小屋の前で着陸する。

 小屋って言ったけど、入口はない。

 それどころか窓すらついていなかった。


 ただ一箇所、なにやら複雑な模様が描かれれた部分がある。


 先生がそこにに手を触れ、短い古代語を唱える。

 すると重々しい音とともに壁の一面がせり上がった。


「ここは『開かずの箱』と呼ばれる倉庫。中身を知っている者は、神国でも一握りだけだ」


 先生が説明する。

 壁は完全に上まで開ききった。

 外からの明かりが差し込んで、小屋の中の様子が見える。


 そこにあったのは、巨大な銀色の機械マキナだった。

 ただ、それが何かはわからない。

 あえて言うなら……


「こ、昆虫?」


 直径十メートルほどの丸っこい身体。

 大きく跳びだした、二つの目みたいなでっぱり。

 先っぽが丸みを帯びた六つの小さな足がその巨体を支えている。


 ぱっと見のイメージは以上に巨大な銀色のテントウ虫って感じ。


「これが『トリ』だ」

「なんで虫なのに鳥?」

「これを読んでみろ」


 先生が指し示したのは『トリ』のボディ部分。

 そこには北部古代語で文字が書かれていた。


「た……たらいとる、おふ、るんあ……」

「もういい。聞いた俺が馬鹿だった」


 先生はため息を吐いて容赦なく私を馬鹿にした。

 がんばって読もうとしたのに!


トレイターTraitorオブofルナズLuna'sインセクトInsect。この頭文字を取ってトリと呼んでいる」

「で、結局なんなんですか。これ」

「古代人の残した遺産だ」

「それって、古代神器みたいなもの?」


 私が先生に尋ねると、


「おまえたちは十五年前も、こいつであっちに行ったんだよね」

「わっ」


 真後ろに立っていた青い鎧の輝士さんが初めてしゃべった。

 その声は意外すぎるほど高く若々しい、女の子の声だった。


 っていうか、今の……


「ねえ、もうこれ脱いでいいよね?」

「どうぞ」


 先生が丁寧な返事をすると、輝士さんの青い鎧がぱきぱきと音を立てて割れた。

 その中から現れたのは、ぶわっと拡がる黒いひらひらの服。

 短い金髪の頭にちょこんと乗せた丸い帽子。

 私と同年代の金髪の少女の顔。


「カーディ!?」

「ああ、息苦しかった」

「え? なんで? マール王国の人は?」

「邪魔だったから物置に押し込めた」


 ええ……


「あの、先生。これって国際問題じゃ」

「そんな些末な事は後でどうとでもなる」

「いや、でも、だったら、昨日の会議はなんのために……」

「頭の悪いクズ共を納得させるためのポーズだよ。俺は最初から彼女を最後のメンバーとして連れて行くつもりだった。誰が人類の命運を賭けた戦いに、役立たずの雑魚を連れて行くか」


 うわあ。

 言うことを聞いたフリして、本番前に力づくで物事を解決とか……さすが先生。


 実際に戦う私たちとしては、強い味方がいるに越したことはない。

 しかもそれがカーディなら安心して背中を任せられる。


 黒衣の妖将カーディナル。

 かつての魔動乱では最強のケイオスと呼ばれた女の子。

 今は私たちと同じ目的を持って、エヴィルの侵攻を阻止するため戦ってくれる。


 私たちの旅を陰に日向にサポートしてくれた、私にとって第二の先生みたいな存在でもある。


「そういえば、昼間からその姿なんだね。ラインさんは寝てるの?」

「あいつはもう追い出した。これは正真正銘わたしの新しい体だよ」


 どっちかっていうと追い出されたのはカーディの方だと思うんだけど。


「話は後にしろ。トリの説明をするぞ」


 先生はこほんと咳払いする。


「彼女の言う通り、俺たちは魔動乱の時もこいつに乗ってエヴィルの世界へ行った。外見からは想像できないかもしれないが、これは空を飛ぶ乗り物なのだ」


 こんなのが空を飛ぶの?

 本当に?


「ルナ、っていうのはどういう意味ですか?」


 ジュストくんが質問する。


「現代に伝わっていない語なので諸説あるが、恐らく『月』を意味する単語だ」

「月って、空に浮かんでるあの月?」

「一般的に神々の時代と呼ばれる先史時代。たちはどうやら、あの月にまで版図を広げていたらしい」


 夜の闇を照らす蒼い月。

 あそこに人が住んでたなんて信じられないけど……

 そもそも神話の時代の人間って泥の中に住んでたんじゃなかったっけ。

 まあ、いまは神話の講義をしてもらってる場合じゃないか。


「ところで、どうやって乗るんですか?」

「ついてこい」


 先生はトリの足の間、本体の真下に立った。


「何をしてる。早く来い」


 私はためらった。

 ジュストくんと顔を見合わせる。

 あんな細い足だけで支えてるの、急に折れたりしないでしょうね……?


「先に行くよ」


 カーディが向かった。

 ヴォルさん、ジュストくんも続く。


 ま、待って!

 私も行く!


 五人でトリの真下に立つ。

 先生がそこにもあったさっきの壁と同じ模様に手を触れる。

 すると、トリの一部が円形に開き、私たちの身体はふわりと浮き上がった。


 そのままトリの中へと吸い込まれていく。




   ※


 中に入ると、入口の穴はすぐに閉じてしまった。

 代わりに、五つの小型ソファみたいな椅子が横からぐいーんとせり出てきた


 椅子は前列に二つと後ろ列に三つ。

 身体を包んでいた浮遊感が次第に消える。

 私はふわりと後列の真ん中の椅子に着地した。


 右隣にカーディ。

 左隣にはジュストくん。

 前列の左側にはヴォルさんが。

 そして前列右側には先生がそれぞれ座った。


 先生とヴォルさんの間には、なにやら二本の棒が生えた箱がある。

 それにしても、灯りもないのに妙に明るいね。

 周囲の壁は一面真っ白。

 狭いのになぜか圧迫感はない。


「えっと……」


 こんな狭い中で何をするんだろう。

 そう思ってたら、急に周りの壁が透明になった。

 外の景色がはっきり見え、まるで私たちと座席だけが宙に浮かんでいるみたい。


 なにこれ、すごい!

 っていうか……カッコイイ!


「すごい! すごーい!」

「おい、はしゃぐな」


 カーディに怒られたよ。

 だってこれ、超すごくない?

 なんか未来に生きてる感じがするよ!


「ベルトを着けるから、動くなよ」


 先生がそう言った直後。

 椅子の両端から黒い帯状のものがシュルっと出てきた。

 それはシュパッと身体の前で交差して、腰の当たりをグッと固定する。


「わわ、かっこいい!」

「うるさいって言ってるだろ」

「あはは。ルーちゃんは可愛いなあ」


 はしゃぐ私。

 怒るカーディ。

 笑うヴォルさん。

 苦笑するジュストくん。

 みんな同じように、黒い帯状のものに身体を固定されていた。


 そんな中、先生は真剣な表情で前を見ている。

 先生の座席の前には、いくつかのボタンのついた透明なパネルがあった。


「発進する。口を閉じていろ、喋っていると舌を噛むぞ」

「発進って――ひああ!?」


 直後、ものすごい勢いで頭を押さえ付けられたような気がした。

 何事かと思って周りを見渡そうとしても、身体がまともに動かない。


 なにこれ、なにこれ!

 思わず目を瞑ってしまう。

 お、お腹の奥がきもちわるい!


 やがて、身体を抑えていた感覚が消えた。

 私はおそるおそる瞳を開ける。


 視界の先には、一面の青空が拡がっていた。

 遠くには連なる山脈や海岸線が見える。


 私たちは空を飛んでいた。

 それもとんでもない高さを。


「え……」


 もしかして、一瞬でこんな上空まで……?

 って、いうか小屋の屋根は?

 突き破ったのかな。


「さあ、行くぞ」

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