498 あの日の答え

 輝術中和レジストが術に含まれるか?

 素手による殴打が認められるか?


 その辺りの定義は先生次第だけど、私の胸に差し込まれ、心臓手前で止まっている氷の刃……

 氷刃グラ・エッジは、明らかに三つの術しか使わないっていうルールに違反してるよ。


「先生の反則負けで、私の勝ちですよね?」

「今にも死にそうな姿で、よく言う……」

「えへへ」


 死にそうだろうと何だろうと、私の勝ちだもんね!

 私は上体を起こ……そうとしたけど、身体にほとんど力が入らない。


 やば、血が出すぎたかも。

 っていうか今の私、結構ひどいことになってる。

 右手は手首から先が斬り飛ばされてるし、左目もたぶん潰れてる。

 胸には深々と氷の刃が突き刺さっていて喉も喋るたびにがらがらする。


 鏡が無くて……いや、ジュストくんに見られなくてよかった……


「すぐに治療する。起き上がれるか?」

「あ、大丈夫です。これくらい自分で治せますから」


 私は目を閉じて火霊治癒イグ・ヒーリングを自分にかける。

 燃える炎が身体を包み、輝力と引き替えに壊れた身体が癒えていく。


「……そんな治癒術まで習得していたのか」

「人を治すのは苦手なんですけど、自分を治すのは得意なんですよ」

「しかし、少し効果が弱いな。仕上げは俺がやってやる」


 先生はいつの間にか自分の傷を完璧に治していた。

 さすが先生、治癒術もはんぱじゃない。


水霊治癒アク・ヒーリング


 私の顔を見て、ちぎれた右手の辺りに手を触れて、治癒の術をかけてくれる。

 うわ、やっぱり人にしてもらうのって、きもちいい……


「あ、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」

「無痛症か」


 一瞬なんのことを言われたかわからなかったけど、すぐに意味を理解した。


「はい、多分」


 あれは旅の途中のこと。

 私は右手を切断するほどの大怪我を負ってしまった。

 傷自体はカーディが治療してくれたおかげで、問題なく治ったんだけど……


 その時の痛みを和らげるため、ラインさんが使ってくれた痛み止めのクスリ。

 治療後もぶり返すたびに使ってもらっていて、今も時々使ってる。

 おかげで長いこと「痛い」って感覚を味わっていない。


 今の戦いだって、もし薬の効果がなかったら、どんなに痛かったことか。


 想像するだけでもゾッとするよ。

 右手が斬られたときは、本当に気が狂うかと思ったんだから。


「馬鹿なことをしたな。いいか、痛みは身体の不調を知らせる大事なシグナルだ。取り返しのつかないことになる前にこれ以上の投薬は中止しろ」

「でも、怪我は自分で治せるし……」

「そういう問題じゃない。あんな戦い方を続けていたら、いつか本当に死ぬぞ」


 あう。

 先生怒ってるよ。

 でもさ、でもさっ、痛いのは嫌だもん!

 それに痛みを気にしないで戦えたから、先生にも一矢報いられたじゃない。


「いや、本当に責められるべきは、戦うべきでない少女を巻き込んだ俺の方か……」

「え?」


 なんか小声で言ってるけどよく聞き取れなかったよ。


 ……は、はーん。

 さては先生、私に負けて悔しがってるんだな。

 なんと言われても、絶対におクスリの服用は止めないもんね!


「とにかく薬を使うのは止めろ。何があっても二度と使用するな。次に使ったら殺す」

「はい」


 先生超こわい。

 わ、わかりましたよ、やめますよ。

 私だって一応はよくない事やってるって自覚あるし。

 でも、痛いのやだなあ。


「できれば薬を抜いてやりたいところだが今は時間がない。悪いが治療は反攻作戦が終わってからにさせてもらうぞ」

「あ、それは助かります」


 せめてエヴィルとの戦いが終わるまでくらいは、このままがいいよね。


「だが、よく聞け。今後あんな無茶な戦い方は絶対にやめろ。お前は輝術師なんだから後方で仲間の援護に徹すればいいんだ」

「う……はい」


 まあ、先生たちが味方なら、そんな無茶する必要もないか。

 あれ、ってことは……


「合格なんですか? 私も反攻作戦について行って良いんですか?」

「当然だ。これほどの輝術師を戦力として使わない馬鹿がどこにいる。すでにセアンス共和国に話は通してあるぞ。お前は輝術学校のエリート生徒リュミエールとして作戦に参加してもらう」


 うわあ。

 いざ決まると緊張するなあ。

 人類の命運をかけた戦いに参加するなんて……


「本当に私なんかでいいんでしょうか」


 だって、世界で五人だけなんでしょ?

 もっとふさわしい人がいると思うけどなあ。


「今のお前に勝てる人間などそういない。輝術師としては間違いなくミドワルト五指に入るだろう」

「ま、またまた……それは褒めすぎですよ」

「お世辞ではない。本当は自分でもわかっているだろう」

「はい」


 いやね?

 別に自慢とかしたいわけじゃなくてね?

 仲間たちと旅をして、この世界をいろいろ見て回って。


 すごい人にたくさん会った。

 いっぱい努力している人。

 才能のある人。

 尊敬できる人。


 でも、私の中にあるこの力は、そういうのとはまったく異質で……


 ヴォルさんと同じ、最初から持って生まれた運命の力。

 自分がこの世界を救うために生きているとか、そこまで自惚れる気はないけど。


 きっと、私は戦わなくちゃいけないんだ。

 世界のためとかじゃなく、大切な人たちのために。

 それが天然輝術師としてこの世に生まれた、私の使命なんだ。


 ……って思うけど、どうかな?


「さてと、立てるか?」

「はい、え? あれ」


 ふらり。

 立ち上がろうとしたら足がよろけた。

 倒れそうになったところを、先生に支えてもらう。


 あれれ、なんか力が入らないよ。


 ああ、そうだ。

 水霊治癒アク・ヒーリングで治療すると、その分だけ体力を消耗するんだっけ。


「仕方ないな」


 先生が私を抱き起こす。

 そのままなんと、お姫様だっこ!

 わわ、先生ってば細身なのに意外と力もち。


 さすが大人の男の人……ちょっぴりどきどき。

 でも、いくら人が見てないとはいえ、これは恥ずかしいぞっ。


「あ、あの、大丈夫です。歩けます」

「無理するな。運んでやるからゆっくり休め」

「でも」

「体力が回復したら中央塔の大会議室に来い。どうせ話し合いは長引くからな。各国首脳へのお披露目は、その時でいいだろう」


 うう。

 それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな。

 でも、先生はいちおう、この国のえらい人なんだよね。

 こんなところを誰かに見られたら、ちょっと問題があるんじゃないかしら。


「余計な心配をするな。すぐに人を呼ぶ」


 まるで心の中を読んだみたいなタイミングで言われる。


 そりゃそうですよね。

 大賢者様の御腕を担架代わりとかないですよね。

 とか思ってたら、先生はなぜかじーっと私の目を覗き込んでいた。


「な、何ですか?」


 こんな至近距離で見つめられたらとても恥ずかしいんですけど。


「……すまなかったな」

「えっ、なにが」

「俺としたことが、ついムキになった。ここまで大怪我をさせるつもりはなかったんだ。やり過ぎた、すまん」


 ああ、そういうこと。

 急に謝られてびっくりしたよ。


 というか、あの先生が謝るなんて!

 まあ私も本気でやっちゃう気だったし?

 それだけ私の強さが予想外だったってことでしょ。


 うふふ。

 やっぱり私、つよくなった!


「ねえ、先生」

「なんだ」

「私の答え、あってました?」

「答え?」

「先生、前に言いましたよね。同じルールで戦った時に、何で負けたのか考えておけって」

「……言った気もするな」


 あれ、まさか忘れてたんですか。

 まあいいや。


「さっきのが私なりの答えです。戦うなら絶対に負けない、相手を侮らない、全力で相手を倒す……ころすつもりでやる。本当の戦いなら、自分がやられたら、大切な人を守れないから」

「……」

「だから、本気でやりました。テストだとか、相手が知り合いだとか、死んじゃったらどうしようとか考えないで、先生のことを全力で倒すべき敵だと思って戦いました」

「そうか」

「私の考え、正しいですか?」

「……さあな」


 むう。

 まあ、そう簡単に褒めてもらえるとは思わないけどさ。

 とにかく、反攻作戦のメンバーには選ばれたんだから、大間違いではないよね?


 先生に担がれて闘技場を出る。

 ちらりと視界の隅に、ちぎれた右手の先が見えた。

 いまの私の体はもう完治して、新しい手が生えているけどね。

 にぎにぎ。

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