497 打倒、大賢者!

 さあ、戦闘開始!


 先生は一歩も動かない。

 まずはその場で輝言を高速詠唱する。


 先生なら、二階層までの輝術を使うのに輝言を唱える必要はない。

 輝力消耗は大きいけれど、単詠唱で十分なはず。


 輝術発動のスピードで勝る天然輝術師の私が相手なら当然、術の使用速度は重要だ。

 それでもわざわざ輝言を唱えた理由は一つ。

 数を多く撃つため。


 無数の……数十に及ぶ氷の矢が、先生の背後に具現化した。


 あれは氷連矢グラ・ツ・ロー

 ううん、先生が自分で設定した条件を破るわけがない。


 これは氷矢グラ・ローだ。

 一つ一つの術を個別に、大量に配置している。

 怖ろしい輝力量と輝術技量、これが大賢者グレイロードさま。


「……いくぞ」


 氷の矢が一本、空中で勢いよく射出される。

 私は無詠唱で火蝶を目の前に配置。

 攻撃を相殺する。


 直後に別の方向から氷の矢が向かって来た。

 慌てず左手で払うように輝術中和レジスト


 また別の角度から次の攻撃。

 氷の矢の射出間隔はまったく一定じゃない。

 先生はわずかに移動してタイミングをずらしている。

 それぞれが独立した術である証拠だ。


 後ろから殺気。

 振り向くまでもない。

 高速移動で背後に回り込んだ先生だ。

 私が氷の矢への対処に追われている隙に、一気に攻めてきた!


 先生は氷の矢を手に持ち、私の心臓を直接狙う。

 躊躇のない、殺気に満ちた一撃が来る。


火飛翔イグ・フライング


 私は背中に葉形の火の翅を生み出した。

 背後への牽制と同時に、一気に前へ飛んで距離を離す。

 その途中、滞空したままの氷の矢をいくつか巻き込んで消滅させる。


火蝶乱舞イグ・ファレーノ!」


 距離を取りつつ周囲に火蝶を展開。

 十七匹の火蝶が私を守るよう宙に浮かぶ。


 その間を縫うように、残った氷の矢が自動射出された。

 目で追って一つずつ相殺するのは難しい。

 だから私は目を閉じた。


 迫る輝力の波長を感じ取る。

 感覚の延長上にある火蝶たちに直接指示を出す。

 氷の矢の軌道上に先回りするよう移動した、七つの火蝶。

 それらが空中で互いにぶつかり合って消滅する。


 目を瞑っていても私は常に一つの動きを捉え続けている。

 実際に目で見るよりもハッキリと感じられる。

 先生の輝力と動きを。


 最後の火蝶と氷の矢がぶつかった。

 その直後、先生は正面からものすごい速度で迫って来る。


 私は目を開け、握った右拳を前に突き出した。

 ゆっくり開いた掌から黒い火蝶が羽ばたく。


爆炎黒蝶弾フラゴル・ネロファルハ!」


 先生を正面から迎え撃つ黒い蝶。

 直前で察して軌道を変えた先生を追いかける。

 ある程度に迫ると、闘技場を揺るがすほどの爆発を巻き起こした。


 見た目はただの小さく黒い蝶。

 その正体は圧倒的な破壊力を持つ五階層の輝術だ。

 私の必殺技の一つ……だけど、もちろん先生はこの程度じゃ倒せない。


 いつの間にか周りを新たに発生した氷の矢に取り囲まれている。

 私が気づいた時には、それらすべてが同時に向かって来た。


 残りの火蝶じゃ全部を迎撃できない。

 火飛翔イグ・フライングで間を縫って逃げるのも難しい。

 閃熱陣盾フラル・スクードじゃ全方位からの攻撃を防ぐのは無理。


 ……だったら、こうする!


 また私は目を閉じた。

 迫る攻撃に意識のすべてを集中させる。

 両手を拡げ、波長を合わせ、全身から対抗する輝力を放出する。


 輝術中和レジスト


 氷の矢はすべて私に触れる直前で消失した。

 一か八かの危険な方法だったけど、なんとか成功した。

 簡単に見えるけど、少しでもタイミングがズレてたら……考えてる暇ない!

 鋭敏になった感覚は、私に向かってくる輝力の中でも、ひときわ大きいものを捉えた。


 目を開く。

 氷の矢を逆手に持った先生が真横に立っていた。

 鋭く尖る氷の矢を私の脇腹めがけて思いきり突き刺してくる。


 それを私は慌てず輝術中和レジスト……することなく受け入れた。


「な……!」


 初めて聞く先生の動揺の声。


 さすがの先生もビックリしたよね。

 私の行動がまったくの予想外だったんだよね。

 だって、防げるはずの攻撃を、あえて食らったんだから。

 肉が抉られ、氷の矢がお腹の中にめり込んでいく感覚を確かに感じる。

 けど。


「つーかまえた」


 左腕で先生の身体を抱き、軽めに握った右拳を水平に構える。


 十七の火蝶を周囲に展開。

 先生の逃げ場を塞ぐ。


 右手の隙間に光の剣が生まれる。

 完全密着のゼロ距離から、必殺の一撃をあげる。


閃熱白刃剣フラル・スパーダ!」


 閃熱フラルは岩すら溶かほどの威力を持つ高威力の術。

 代わりに空中での減衰率が非常に高くて、ほぼ目の前の敵にしか効果がない。


 それを確実に当てるため、剣の形にした、私のオリジナル輝術。

 触れたら鋼鉄の鎧だってバターみたいに溶かしてしまう。

 もちろん人間の身体なんてひとたまりもない。


 そんな閃熱の剣を躊躇無く振るい、先生の身体を斜めに切断する。

 普段の大賢者様なら防ぐ方法なんていくらでもあるはず。

 けど、いまの戦闘条件なら、先生に防ぐ術は無い!


「ちっ!」


 確実にやった。

 と、思った次の瞬間。

 閃熱の剣があらぬ方向にはじき飛ばされた。


 掌から発生している実体のない閃熱フラルが弾かれるわけがない。

 じゃあなんで?


 一秒後に理解した。

 私の右手首から先がなくなっていた。

 先生は掴んでいた私の腕を振り払って離れた。


 ああ、なるほど。

 防ぐことも避けることもできないんなら、閃熱白刃剣フラル・スパーダを持っている私の手を斬り飛ばすしかないよね。


 さすが先生。

 でもね。


 先生の後方に展開した十七の火蝶たち。

 一箇所だけ密度が低い方向があったのは、わざとだよ。


 私は残った左手を突き出し、もう一つのとっておきを放った。


閃熱城蝶弾フラル・ビアンファルハ!」


 攻撃力を維持するため、白い蝶の形を取った閃熱フラル

 それは攻撃の瞬間に一筋の閃光となって敵を襲う。


 その速度は引き絞った強弓から放たれる矢や、火槍の弾丸にも勝る。

 私の掌を離れた次の瞬間、闘技場に小さな、けれどとても深い穴を穿っていた。


 当然、その軌道上にいた先生の身体は容易く貫いて――


「……!」


 白い閃光が先生の脇腹を抉った。

 今度こそ避けることはできなかった。

 血も蒸発させるほどの超高熱だから、傷口からはほとんど血も流れない。


 ということで、決着はつきました。

 この一撃で仕留められなかった私の負け。


 先生は全開の風飛翔ウェン・フライングで私に再接近する。

 防ぐ間も避ける間もなく、首元を掴まれた。

 声も上げず地面に叩きつけられる。

 ぐえ。


 背中に強い衝撃を受けた瞬間、わずかに先生の動きが止まる。

 そのチャンスに私は最後の抵抗を試みた。

 火蝶をひとつ割り込ませる。


 言葉も、腕の動きも必要ない。

 ただ想いを込めて睨みつけるだけ。

 私の目の前、先生の鼻先に火蝶が生まれる。

 天然輝術師だからできる、完全無詠唱無動作の輝術発動。


「ちっ!」


 先生はそんな私の最後の抵抗を完全に防ぎきった。

 凄まじい反応速度の輝術中和レジスト

 顔に強い衝撃。

 視界の左半分が消失する。

 胸にゾッとするような冷たい刃が差し込まれる。


 そこで、先生は今度こそ動きを止めた。

 右目を潰されながらも、私はニヤリと笑って見せた。


「ルール違反……ですよ」

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