496 再テスト

 夕暮れの海がオレンジ色に染まってる。

 テラスから見える景色は色鮮やかでとても綺麗。

 私は二人分の紅茶をトレイに載せ、ジュストくんの待つテーブルへ運んだ。


「お疲れさま」

「ありがとう……いてて」


 ジュスト君は肩をぽきぽきと鳴らした。

 なんだかかなり疲れてるみたい。


「ずっと働きっぱなしだったの?」

「僕が頼んで働かせてもらったんだ。なんと言っても、まだ見習い輝士だからね。英雄王の息子だって特別扱いされるのも嫌だし」

「微妙な立場なんだね……」


 私は砂糖をどぽどぽ入れた紅茶に口づけた。

 ジュストくんがどうだろうと、周りが気にしないわけがない。

 私でさえ、たいした意味もなくVIP扱いされてるくらいなんだから。


 ましてやこの後、世界を救った英雄になんてなっちゃったら……果たしてどうなることやら。


「ルーは反攻作戦が終わったらどうするの?」

「んー……」


 実はぜんぜん考えてない。

 戦う決意はしたものの、自分が英雄になれるかもなんて、まったく自覚ないんだよなぁ。


 ジュストくんと違って、私は偽名で知られることになる。

 だから最悪の場合、架空の人物に評判を押しつけて、ちゃっかり逃げることもできるかも。


 どっちにしても、すべてが終わった後に、これまで通りの生活には戻れないと思う。

 ターニャの件もあるし、私たちがどう考えてどう行動するかは関係ない。

 時代はもう、そういう方向に進んでいるんだから。

 だからこそ、間違えないよう、慌てずにひとつずつ解決していきたい。


「まあ、なるようになるんじゃないかな?」

「ははっ、ルーらしいね」


 ジュストくんが笑う。

 その表情を見てると、心が落ち着く。

 ああ、私ってやっぱり、この人のことが好きなんだなぁ。


 ビッツさんとの約束もあったし、これまでハッキリとは口にしてこなかったけど……

 こうして向き合っていると、改めてそれを意識しちゃう。


 ……もうすぐ戦いも終わりだし、言っちゃってもいいかな?


「私がここまでがんばってこれたのは、ジュストくんのおかげだよ」


 とは思ってみても、やっぱりいざ告白なんて、恥ずかしいよう。

 別に、今さら好意を隠すつもりもないんだけどね……

 ジュストくん、そういうの鈍そうだからなぁ。


「そんなことないよ。むしろ僕の方がルーに助けられている」

「ううん、本当にいっつも私の方が……」


 どうやって遠回しにいい雰囲気に持って行くか考えながら喋っていると、


「ごほん!」


 後ろで大きな咳払いの声が聞こえた。

 振り向くと、コーヒーカップを持ったベラお姉ちゃんが立っていた。


「隣いいか?」

「あ、うん……どうぞ」


 あらら、タイミング悪い。

 さすがに断るわけにもいかないし。

 まあ、まだどこかでチャンスはあるよね。


 というか、改めて告白なんてしなくても、いいのかな?

 長く一緒に旅をしてきた私とジュストくん。

 その絆はとても強いって思ってる。

 焦る必要はない……ない。


 ……こういうのが逃げなんだろうなぁ。


 その後、なぜか私とジュストくんの間に座ったベラお姉ちゃんを交えて、船旅最後の夕食を取る。

 ジュストくんはお姉ちゃんの前だから緊張しているのか、いつもより口数が少なかった。

 もっといろいろお話ししたかったのに……残念。




   ※


 と、言うわけで船旅を終え……

 戻ってきました新代エインシャント神国!


 行きは半年かかったのに、今度は往復合わせて十日足らず。

 もう、このことについては深く考えるの止めようね。


 とにかく、私は自分の意思でこの国に戻ってきた。

 ファーゼブル王国のみなさんと別れ、二人で白の聖城へと向かう。

 ベラお姉ちゃんや輝士団の方々は登城前にいろいろ複雑な手続きがあるみたい。

 他国の輝士団だから、いきなりお城に入るわけにはいかないんだって。


 聖城にやって来た私たちは、門兵さんに案内されて、グレイロード先生の所へ向かう。

 先生は四六時中忙しいはずなのに、今回はわりとあっさりと会ってくれた。

 やってきたのは前のテストの時に使った城内闘技場。

 これから何をさせられるのか、準備万端で待っていた先生を見るまでもなく予想はつく。


「気持ちは定まったか」


 先生は闘技場の真ん中で仁王立ちで待っていた。

 私はその問いに対して強く頷いて答える。


「はい。ばっちり」

「そうか」


 先生が軽く手を振る。

 案内してくれた兵士さんが一礼をして下がっていった。

 ジュストくんもそれに続き、途中、少しだけ心配そうに振り返ってくれた。


「大丈夫だよ」


 私は自信満々にそう言った。

 ジュストくんは頷いて去っていく。


 信頼されてるなあ、私。

 よおし、がんばるぞ!


「以前にやったテストは覚えているか?」

「テスト?」


 ええと、どれのことだろ……?

 首をかしげて考えていると、先生はため息を吐きながら説明した。


「俺が三つの術しか使わずに、お前と勝負をしたことだ」


 ああ、そう言えばそんなこともあったなあ。

 一部の術しか使わないハンデを背負った先生との輝術戦。

 その時に先生が使ったのは氷矢グラ・ロー氷障壁グラ・シールド風飛翔ウェン・フライングの三つだけ。

 私は何をしてもあり。

 なのに、たった十秒でやられちゃったんだよね。


 先生はそのテストの後、私が勝てなかった理由を考えておけって言った。

 けど、あの後すぐに残存エヴィルの活性化が始まって、結局うやむやになっちゃったんだ。


 あの時の私と今の私は全然違う。

 けれど、先生のすごさはあの時以上にハッキリとわかる。


 先生は本当にすごい輝術師だ。

 魔動乱時代を描いた文献を読めば、使える輝術は一〇〇とも二〇〇とも書かれている。

 単なる文字から伝わる情報だけじゃなく、目の前に立てば自然とその輝力の強大さも感じ取れる。


 無数に使える汎用術はもちろん、ドラゴンですら塵も残さず消し飛ばすような超破壊力のオリジナル輝術をも使いこなす。


 魔動乱の五英雄、大賢者。

 本気の全力を出されたら、私なんてまったく相手にならない。


 けど、勘違いしちゃいけないのは、力比べじゃないってこと。

 先生が見たいのは私の覚悟と、戦いに望む真剣さのはず。


「わかりました。全力で行きます……だから」

「なんだ?」


 本音を言えば、こうして立っているだけで、怖くて足が震えてる。

 だけど私は恐怖を必死に押さえ込んで、口の端に笑みさえ浮かべて、強気の言葉を返した。


「やり過ぎて怪我をしちゃっても恨まないで下さいね」


 先生は私のそんな態度に、獲物を前にした獣のような、どう猛な表情を浮かべた。


「いい度胸だ……お前も死ぬ覚悟はできてるようだな?」


 あう。

 や、やっぱり早まったかもっ。

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