484 ▽排他的集落
ラインは港から集落へと向かった。
町は意外にも活気に溢れていた。
中央通りには露店が建ち並び、道行く人々の顔も明るい。
エヴィルの襲来に怯える本土の町村よりもむしろ平和そうにすら見えた。
「ネームレス島には大きく分けて二つの集落があるようです。ここアンダータウンは主に近代以降の入植者が多く住む町ですね。自治政府による統治がしっかり行き届いている分、意外にも荒れた雰囲気はありません」
相変わらず解説したがりなメガネである。
「とりあえず宿を探そう。あとは酒場か何かを探して、適当に情報収拾だ」
カーディナルは適当に聞き流し、今後の指針を決めた。
この島のどこかにケイオスが潜んでいる。
幼少モードでの単独行動は避けたい。
基本的にはラインを歩き回らせることになるだろう。
長丁場になる可能性を考慮すれば、島内に拠点は作っておきたい。
アンダータウンとやらはそれほど大きな集落でもなかった。
大陸の一般的な町と同じか、やや小さいくらい。
二十分もあれば全体を把握できる……が。
「ありませんねえ、酒場も宿も」
なぜか宿泊施設が見つからない。
やはり離島だけあって、訪れる旅人も少ないのか。
しかし、庶民の娯楽の場である酒場すら存在しないのはおかしい。
もう一つ、町を歩いているうちに気になる点を見つけた。
「その辺の人に聞いてみましょう。もしかしたら上の集落に行けばあるかもしれませんし」
ラインが提案するが、カーディナルは何も言わなかった。
彼は黙って辺りを見回し、近くを歩いていた中年女性に声をかけた。
「あの、ちょっとすみません」
しかし、女性は目すら合わせない。
振り向くこともなく足早に立ち去ってしまう。
呼び止めようと挙げた手がむなしく風に吹かれた。
「た、タイミングってありますもんね」
懲りずにラインは別の人へ声をかけようとする
ちょうど道ばたのベンチで座っている老人がいた。
「申し訳ありません。少々、お話をさせていただいてよろしいでしょうか」
今度は過剰とも言えるほど腰を低くしながら挨拶をする。
だが、こちらも声をかけると途端にどこかへ立ち去ってしまう。
「なんなんですかね。みんな、忙しいんですかね……」
やはり、とカーディナルは思った。
この町は一見すると活気があるように見える。
でも、よく観察すれば人々の態度はどこか余所余所しい。
今の態度もラインが島民でないことを知った上で、わざと関わり合いを避けている感じだ。
「お店の人に聞いてみましょうか」
ラインはめげずに通りの露店へ向かう。
お客と談笑している若い店主に狙いを定めたようだ。
近くで商品の品定めをするフリをしながらタイミングを図る。
やがて買い物客が立ち去ると、ラインは商店の果物を手にとって店主に話しかけた。
「すみません。これを下さ――」
「……ちっ」
さっきまで陽気に話していた店主の顔色が目に見えて変わった。
険悪な表情でラインの手から果物をひったくり、黙って元の場所へと戻す。
「よそ者に売る商品はねえよ。さっさとどっか行ってくんな」
「なっ……」
あまりの態度にラインの顔が青ざめる。
「僕は客ですよ? 確かにこの島の人間じゃありませんけど、あなたも商売人ならそんな態度はないんじゃないかと思いますけ、ど……」
さすがに温厚な彼も文句を言おうとした。
が、ラインはとある事に気付いて声を詰まらせる。
無数の島民たちが自分を取り囲み、冷たい目で睨んでいることを。
「どうしたんだい親父さん」
「そこのよそ者がよ、うちの商品に手を出そうとしやがってよ」
「んだぁ、泥棒かぁ?」
「いや、違います! 僕は普通に買い物をしようとしただけで……」
「ちょっと、町中で大声出すんじゃないよ!」
「保安隊を呼ぶかい」
なぜか彼が悪者のような空気になってしまう。
落ち着いて説明したところで聞いてはくれなさそうだ。
「引いた方がよさそうだね。うう……」
カーディナルが提案する。
ラインは口惜しそうに歯がみをした。
人の輪の切れ目を抜け、逃げるようにその場を去る。
もしかしたら追いかけてくるかもしれないと思ったが、それはなかった。
意外にも群衆たちは誰一人としてこちらを見ていない。
一瞬前の騒ぎが嘘のように散らばっていく。
「一旦船に戻ろうか。はい……」
この島はやはり、普通ではない。
※
月のない夜だった。
アンダータウンに常夜灯はない。
深夜の町は死んだように静まりかえっている。
闇の中で影が動いた。
屋根から屋根へと飛び移る。
民家の二階窓にぴたりと張り付く。
足下にはフルーツショップの看板。
音もなく窓を割り、影は室内に侵入する。
ベッドの上で男性が眠っている。
影のシルエットの一部が大きく伸びた。
それは巨大な剣である。
影はベッドの上にのしかかる。
そして、剣を男の首横に突き立てた。
「騒ぐな」
「ひっ!?」
男が目を覚ますと、影は強い口調で命令した。
「だ、誰だ……」
「わたしはケイオスだ」
「け、ケイオッ」
「騒ぐなと言ったはずだ」
ベッドに突き立てた剣を少しだけ傾ける。
柄は手にかかっており、力を抜けばギロチンのように首を落とすだろう。
影の正体はもちろんカーディナルである。
襲撃された男は昼間にラインが話しかけた商店の店主だ。
「なんでケイオスが、こんな島に……」
「おや、知らなかったのか? 随分と前から住み着いていたんだが」
フェイクである。
エヴィルがいるのは事実。
だが、それはカーディナルではない。
どうやらこの男はエルデのことを何も知らないらしい。
昼間の態度が気になったのだが、町ぐるみで隠しているわけでもなさそうだ。
「ふ、ふん。こんなことをして、アッパータウンの島護保安隊が黙っていないぞ!」
男は鼻を鳴らして強気の態度を見せた。
こちらがその気になればあっけなく殺される状況だというのに。
現状がわかっていない馬鹿の相手をするのは不快だが、今は尋問をするのが先だ。
「島護保安隊とはなんだ」
「この島の治安と独立を護る戦士さ」
男は自らの自慢をするように説明する。
「彼らのおかげで島には犯罪もなく、新代エインシャント神国の侵略も受けずに済んでいる。大国の輝士団なんかよりも遙かに強いんだぞ」
「……おまえ、輝士団を見たことあるの?」
「あるわけないだろう。この平和な島から出る必要なんてないしな」
「なるほど、よくわかった」
「くくく、今さら怯えても無駄だぞ。朝になったら必ず通報してやるから、お前もすぐに――」
「もう喋らないでいいよ」
「あばばばばば」
カーディナルは男の首筋に触れ、強めの電撃を放った。
男の身体が跳ね、やがて動かなくなる。
別に殺してはいない。
気絶させただけだ。
「なんて頭の弱いやつだ……」
脅せば殺されないとでも思ったのだろうか?
異常なまでに排他的な態度といい、この島の住人たちは随分と歪んだ常識に囚われているようだ。
実際の所、この島は別に新代エインシャント神国から独立しているわけではない。
率直に言えば面倒だから放っておかれているだけだ。
彼らはどうやら、島護保安隊とやらが島を守ってくれているおかげで、神国から攻められずに済んでいると思っているらしい。
「アッパータウンの島護警備隊と、自治政府か……」
内情が明るみになれば、本土側の意識が変わる可能性もある。
エルデの来訪はこの島の住人にとっての不幸になるかもしれない。
「ま、知ったことじゃないけどね」
カーディナルは黒衣を夜風にはためかせ、再び夜の町へと飛び出して行った。
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