472 ▽父親

 目の前の男を見て、改めて思う。

 伝説と現実の差はこうも激しいものかと。

 ジュストは内心のわだかまりを隠しつつ、報告をした。


「輝士見習いジュスティツァ。任務を終えて、ただいま戻って参りました。ルーチェは無事に神都へと辿り着き、大賢者様にお会いして――」

「ルーチェは元気か?」


 報告に割り込む形でアルジェンティオが質問をする。

 苛立ちを抑え、ジュストは答える。


「はい。大変お健やかでございます。輝術師としての成長も……」

「ああ見えて結構いい女だろ。どうだ? 旅の途中にヤッちまったりしたのか?」


 思わず剣の柄に手をかけそうになった。

 精一杯の自制心を働かせてイライラを飲み込む。


「……お戯れを。護衛対象に粗相を働くほど、私は愚かではありません」

「根性ねえなあ。プリマヴェーラと違ってあいつはお前のことを好いてんのによ。早いところガキでもこさえてくれりゃあ王家の次代も安泰だっつーのに。っていうか、あいつにとってもそれが最良なんじゃねえか? どうせ一般人のままじゃ処刑を待つだけなんだからよ」

「そっ……」


 さすがに怒りを堪えるのも限界だった。

 ジュストは英雄王を思いっきり睨みつけ怒鳴った。


「それが仮にも自分の娘に対して言う言葉ですか!」

「若えなあ。こんな程度でいちいち怒ってたら、国を治めるなんてできねえぜ?」

「僕はあなたの跡を継ぐ気はないと言ったはずだ!」


 この英雄王アルジェンティオ。

 姿を隠して隠棲していた時は、別の名を名乗っていた。


 その名はアルディメント。

 通称はアルディ。


 フィリア市の技術者にして、ルーチェの育ての父親である。


「その気はなくても、継いでもらわなくっちゃ困るんだよ。なにせお前はビオンドの息子に現れるはずだった『王家の素質』を奪っちまったんだ。私生児だからって放置しておく訳にはいかねえんだよ」

「母さんを捨てておいて、よくも……!」


 もはやジュストは敵意を隠そうともしない。

 あまりに身勝手なこの男の言い分に怒りは限界。

 すべてを忘れて斬り捨ててしまおうとすら考えていた。


「勘違いするんじゃねえぞ? ネーヴェは自分の意志で出て行ったんだからな。俺は魔動乱終結後に斥候から聞くまで、ガキが生まれたことすら知らなかったんだからな」


 ジュストの母ネーヴェ。

 彼女は若い頃、ファーゼブル王国の冒険者だった

 由緒正しい家柄の出だったが、とある事情から自由な生き方を選んだらしい。


 そんな母が何の因果か、まだ若いアルジェンティオの世話役を仰せ付かることになった。

 彼が城を飛び出して英雄王と呼ばれるようになる数ヶ月前の話である。


 二人が具体的にどのような関係であったのかは聞いていない。

 だがとにかく、世話役を勤めている間に、ネーヴェはアルジェンティオの子を身籠もった。


 王家の血を引く私生児など、存在そのものが忌み子である。

 もし彼女が王国に従順であればジュストはこの世に産まれることもなかっただろう。


 しかしネーヴェは子を殺すことを良しとせず、家を捨て、国を捨てて、身重の体を抱えて隣国にまで逃げ延びた。


 幸いにもファーゼブル王国から追っ手がかかることはなかった。

 アルジェンティオが王位継承権を放棄し、一冒険者として旅立ったからだ。


 図書室書庫の一件の後、ジュストは卒業課題の名目で、ビオンド国王陛下に命じられるままフィリア市へと赴いた。

 そこで、機械マキナ工場で働いてた作業着姿のアルジェンティオから話を初めて聞いたときは、とてもではないが信じられなかった。


 自分が王家の血を継いでいるなんて。

 創作物語だって、もう少し自重する。


 だが、事実なのだ。

 ジュストは後にそれを嫌と言うほど思い知ることになる。


「で、旅をしてみてどうだった? 輝攻戦士の力を扱うのは楽しかっただろう。このご時世、あんな力を持った人間が冒険者として自由に振る舞うなんて、普通は許されねえんだからな」


 大賢者が天才と称したジュストの力。

 輝攻戦士の力を得た直後に、即座に使いこなせた才能。


 輝攻戦士は本来なら成った後に熟練の輝士でも多くの修行が必要となる力だ。

 ましてや、常人が輝攻戦士の力を二重に纏うなど常識的に不可能である。


 だが、ジュストには使い慣れた剣を振るように、それを自然と扱うことができた。


 ファーゼブル王家には一世代に一人、この特殊な才能を持った子が生まれる。

 本来なら今代でその力に目覚めるのはビオンド陛下のご子息であるはずだった。


 だが王子殿下に王家の素質は目覚めなかった。

 代わりにアルジェンティオの私生児である、ジュストに宿ってしまったのだ。

 それに気づいたのは、フィリア市に突然現れたエヴィルを倒すため、ルーチェと輝攻戦士スレイブエンゲージを結んだ時である。


 ジュストは精一杯の反抗心を込めて吐き捨てた。


「輝攻戦士の力は僕の力じゃない。ルーから借りたものだ」

「借り物だって同じだよ。二重輝攻戦士デュアルストライクナイトっつったか? あれだけの力を使いこなせるのは、このミドワルトじゃヴォルかお前くらいのもんだ。王家の資質なんだから当然だろ」

「なっ……」


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトのことは大賢者様にもまだ話していない。

 知っているのは旅に同行した仲間たちと、倒してきた敵だけのはず。


 なぜ、目の前の男がそれを知っている?

 ……いや、考えるまでもない。


「ずっと監視していたのですか?」

「あぁ? そりゃそうだろ」


 英雄王はあっさり肯定した。

 もっと早くに気づくべきだったのだ。

 いくらルーチェの成長が目的とは言え、命の危険にさらされた状況は何度もあった。


 彼女が死ぬなど、万が一にもあってはならないことである。

 気づかれないよう見ていた者がいるのだろう。

 いや、あるいはにも……


「ナコとかいう斬輝使いが出てきた時はマジで焦ったぜ。肝心なときに目を離した馬鹿な密偵を一人吊すハメになった。まあ、あれがきっかけで得がたい特性を得られたから、結果オーライとしておこうか」

「あなたは、どこまで……!」


 斬輝使いナコと戦った時、ルーチェは腕を切断されるほどの大怪我を負った。


 ラインとカーディの応急処置でなんとか腕は元に戻ったが、その時の治療の代償として、ルーチェの身体は痛みの感覚を失ってしまった。


 底知れぬ輝力と強力な治癒の術。

 それらを持つ彼女は、そう簡単に命を落とすことはない。

 だが、彼女が人間として大事なものをなくしてしまったことに変わりはないだろう。


 それを、こんなふうに笑うなんて。

 この男は本当に彼女の父親なのだろうか?

 あの日、招かれた彼の自宅で見せた、陽気な父親の側面は演技だったのか。


 握り締める拳に血が滲む。

 英雄王は肩をすくめてジュストの怒気を流した。


「だから、いちいち怒んなって。どれも世界平和のためには必要なことなんだからよ」


 英雄王はあくまで大義を振りかざす。

 その態度には全く悪びれた様子はない。


 ふと、ジュストはあることに気づいてしまった。


「まさかあの時、隔絶街の男が口にしたエヴィル化の薬も……」

「俺の仕込みに決まってんだろ」


 やはり、そうだったのか。

 あの花火の夜、隷属契約スレイブエンゲージのきっかけをつくるため……

 この男はジュストとルーチェが一緒の時を狙って、隔絶街の男を襲わせたのだ。


 人間をエヴィルに変えるという、醜悪で、残酷な方法を使って。

 思わず怒声を上げそうになったが、アルジェンティオはさらに信じられない言葉を重ねた。


「お前を犯罪者に仕立て上げたら、あとは簡単だったぜ。ルーチェのやつがお前に惚れていたおかげもあって、ちょっと煽ってやったら自分からに街を出てくれた。その次は敵を用意して、ちょうど良いタイミングでグレイロードと会わせてやれば、後はなし崩しで才能を開花させるってな」

「な……」


 怒りを通り越し、全身から血の気が引いていく。

 足下が崩れ去るような感覚とでもいうのだろうか。

 信じていたものが偽りと知った時のような、とても嫌な感じだった。


「ルーは自分の使命を自覚したから旅立ったんじゃ……」

「ああ? お前、半年も一緒にいて何も聞いてねえのかよ。だからさっさとヤッておきゃよかったんだ。ベッドの中ならいくらでも本音を語り合う機会があっただろうに」

「質問に答えろッ!」


 ジュストはついに堪えきれず叫んでしまった。

 アルジェンティオは気にする様子もなく、淡々と衝撃の事実を告げる。


「あいつは知らねえよ。自分の母親がプリマヴェーラだってことはな」


 聖少女プリマヴェーラ。

 五英雄の一人で、史上最強の天然輝術師。

 その力は、あの大賢者様すら超えると言われている。

 魔動乱の最中に命を落とした、今は亡き……ルーチェの本当の母親。


「グレイロードにも口止めしてあるし、むしろ勘違いするよう仕向けてある。ルーチェは使命感なんてご大層なもんで動くようなご立派なガキじゃないおからな。未だに『リム』っていう架空の人物を自分の母親だって信じてやがるよ」

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