463 帰省

 私の育ったフィリア市は王都の南側にある港湾都市。

 ファーゼブル王国に三つある輝工都市アジールのうちの一つだ。


 王都からは遠いとばっかり思ってたけど、三十分もしないで着いちゃった。


 街壁を越え、山中の適当な切れ目に着陸する。

 フィリア市は街の内側にも小山があり、多くの自然が残っている。

 所々切り開かれた部分からは、機械マキナ技術の研究施設である、五階建ての建物が顔を覗かせていた。


 住宅街や繁華街からは遠く、この辺りなら見つかる心配はないと思う。

 王都エテルノに降りた時よりも、ずっと楽に入り込めた。


 研究施設の見える方角から大体の現在位置を見当づける。


 うん、住宅街はあっちの方だね。

 絨毯はどうしよう、かさばるけど持って行くしかないかな?

 荷物がたっぷり入ったカバンの上に、絨毯を丸めてさらに重ねて背負う。


 せえの。


「おわっ!」


 持ち上げようとしたけど、カバンはビクとも動かなかった。

 おもいね、無理だね。


 仕方ないから輝力を使って輝攻戦士化の要領で身体強化。

 なんか体が光っちゃってるけど気にしなければいいと思うよ。


 木々の間をしばらく歩くと、五分ほどで街路に出た。


 西部の旧市街と研究施設と東の住宅街を結ぶ道だ。

 中等学校時代はお父さんのお弁当を届けによく通っていた。


 道沿いに歩いて行くと、やがて小さなトンネルが現れた。

 それを抜けるとフィリア裏街道に突き当たる。

 丁字路を右に折れ、南に向かう。


 見慣れた景色が見えてきた。

 お花屋さんの手前を左に曲がる。

 すぐにカルト通りの商店街に入った。


「わあ」


 変わってないなあ。

 って、たった半年で変わるわけないんだけど。

 特に目的もないし、とりあえず目についた馴染みのお菓子屋さんに顔を出す。


「こんにちはー」

「いらっしゃい。ずいぶんな荷物だね」

「見た目ほど重くないんですよ」


 店員さんは知らない女の人だった。

 いつものおばさんがいたら、ちょっとお話しようと思ってたんだけど……残念。


「こんな時間に珍しいね。南フィリア学園の子かい?」

「はい。休学中ですけど」

「そうかい。あんなことがあった後だし、大変だろうけどがんばんなよ」

「?」


 よくわからないけど、休学の理由を突っ込まれても困る。

 適当に話を切り上げてチョコレートの袋を買ってお店を出た。


 お腹減ったし、食べながら歩こう。

 この時間なら学校の先生に見つかることもないよね。


 風音盤レコードショップの前を通る。

 うわあ、新曲がいっぱい出てるよ。


 歌手や映水放送の番組は、基本的にその輝工都市アジール独自のもの。

 だから、外にいると新譜の情報なんかは全く入ってこないんだよね。


 王都とかで活躍してたり、精力的に都市間ライブとかもやってる有名アーティストとかなら別だけど、それでも国外で噂を聞くことはまずない。


 思い切ってまとめて買っちゃおうかな。

 でも、荷物がかさばるのも嫌だ。

 残念だけど諦めよう。


 カフェでハニーシュガー砂糖入りはちみつを買って、広場のベンチで一休み。

 荷物を降ろして、輝攻戦士もどき状態も解除。


 なんとなく空を見上げると、雲一つない青空がひろがっていた。

 冬だっていうのに今日はずいぶんと温かい。


 ぽかぽか。

 ああ、いい気分だあ。

 目を閉じて、通り抜けていく風を全身で感じる。


 これからどうしようかな。

 いちおう明後日まではのんびりできる。

 一度家に帰ってみたいけど、鍵あいてるかな。


 ああでも、お父さんには会いたくないなあ。

 ジュストくんと隷属契約スレイブエンゲージしたせいで家に閉じ込められたし!

 ベラお姉ちゃんのおかげでなんとか抜け出せたけど、思い出したら腹が立ってきた!


 ひとこと文句でも言いに帰ってみようか。

 おとーさまのご心配むなしく、私は立派な輝術師になりましたよ。

 ざまあ!


 そんなのより友だちに会いたいな。

 ナータ、ジルさん、ターニャ、ミチィにセラァさん……

 今の時間はまだ学校だと思うから、もう少しここでゆっくりしてよう。


 ひやっ。

 風が冷たくなってきた。

 まぶたの裏に映る光が弱くなる。

 空が曇ってきたのかもしれない。


 あんなに晴れてたのに?

 あ、また明るくなった。


 っていうか、なんか視線を感じるね。

 ずいぶん近くでじろじろと見られているみたいだよ。


 目を開けると、思いっきり視線が合った。

 鼻が触れあうような距離でとんでもない美少女が私を見てる。


 黄金河のように美しい髪は左右でちょこんとツーサイドアップに。

 深く透き通る瞳はまるで天上の神々が落とした宝石。

 触れたらとけてしまいそうにみずみずしい肌。

 薄く開いた花びらのような唇から漏れる女神の吐息が、私の口元にかかる。


「あっ……おひさ」


 思わず手を上げて普通に挨拶してしまう。

 彼女は訝しげに眉根を寄せるけど、なお美しい。

 ナータは私を睨みつけながら鈴の音のような声を発した。


「ルーちゃんなの?」

「あ、はい」

「本当に? 本物のルーちゃん?」

「はい、そうです」

「私が誰だかわかるわよね」

「伝説の美少女インヴェルナータさんです」

「もう一回聞くわよ。あなた本当に本物のルーちゃんよね?」

「はい。本当に本物のるうちゃんです」


 ナータの手が伸びる。

 私はとっさにガードしようとした。

 だが一瞬遅く、細くすべらかな指が私のほっぺたを引っ張った!


「痛い?」

いはふないれふ痛くないです

「やっぱり夢なんだ……」


 この世の終わりみたいな顔で指を離すナータ。

 あの、そういうのは自分のほっぺたで確かめると良いと思うよ。


「夢じゃないよ」


 引っ張られた頬を撫でながら私は答える。


「私だよ、ナータ。久しぶり」


 ぱち、ぱち、ぱち。

 何度か瞬きをして、ナータは今度こそ自分の頬をつねった。


「痛いわ」


 彼女の目にいっぱいの涙が溢れる。

 そんなに痛くなるくらい強くつねらなくても……

 と言おうとした直後、体ごとぶつかってきたナータに吹き飛ばされた。


 二人でもつれ合ってベンチごと後ろに倒れる。


「ルーちゃんっ、ルーちゃんなのねっ? 本当に本物なのねっ!?」

「そ、そうだよ。っていうかナータ、怪我してない? 大丈夫?」

「わあああああんっ!」


 え、えっと。

 これは再会を喜んでくれているのかな。


「ルーちゃんのばか! 帰ってきたなら連絡くらいよこしなさいよ、ずっと会いたかったんだからっ! 本当に心配してたんだからっ! わあああんっ」


 人目も憚らず子どものように泣きわめくナータ。

 どうでもいいけど倒れた拍子に頭打ったよ。

 ごち、ってすごい音がしたんだよ。


 痛くないからいいけど、触ったら血が出てぬるっとしてた。

 ナータに気づかれないように風霊治癒ウェン・ヒーリングで治しておく。


「あの、とりあえず落ち着こう。ちょっと、どいてくれると嬉しいな」

「どかない」

「あの」

「絶対に離さないんだからっ。もう逃がさないよう、ずーっと捕まえておくんだからっ」


 組み伏せられたまま地面に固定されてしまった。

 どうしよう……ナータってこんな変なキャラだっけ?

 確かに、フィリア市を抜け出す時は相当な迷惑をかけたけど。


 というか、ものすごく恥ずかしいんですけど!

 ほら見てよ、子どもたちが変な目でこっち見てるし!

 買い物中のおばさま方も、みんなでひそひそ話してるよ!


「ルーちゃんがいない間、どんなに大変だったかっ」

「わかった! わかったから! 逃げないし、ちゃんと謝るから、ゆっくり話ができるところにいこう! ね?」


 完全密着したナータの体温と花のような香りがとても心地いい。

 このままじゃこっちまで変な気分になってしまいそう。

 わ、私はヴォルさんとは違うんだからねっ。


「逃げないよう手は繋いでていいから。だから、とりあえずどっか移動しよう」

「ぐす……わかった」


 顔を離して、涙目で私を見るナータ。

 久しぶりに見る親友の姿は、やっぱり目を見張るほどに美しかった。

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