460 空飛ぶ絨毯

「………………は?」


 なに言ってんのこの人。

 良く聞き取れなかったので、しっかり確認してみよう。


「五大国合同で行う一大プロジェクトなんですよね」

「うん。世界の存亡がかかってる」


 気軽に言ってるけど、それって大変なことだからね?


「えっと、それが本当だとして、私たちが参加するっていうのは冗談ですよね」

「冗談じゃないわよ。ほぼ決定しているわ」

「世界の存亡がかかってるんですよね」

「うん」

「なんでそんな大変なイベントに私たちが参加させられるんですか!?」


 どう考えてもおかしいでしょ!

 さすがにもう自分を普通の学生だとは言わないけど……

 良くて、見習い輝術師の冒険者だよ!


 天然輝術師っていう特殊な才能があるっていうのは遺憾ながら認めます。

 けど、そんなのは世界トップの輝術師とか輝攻戦士がやることでしょう!


「何でって……適役だからじゃない?」

「適役じゃないです! ヴォルさんや先生ならともかく、私なんかより他にもっとふさわしい人がいるでしょう!」


 私は必死におかしさを説明するけれど、ヴォルさんは真面目な表情で反論した。


「今のミドワルトにさ、単身でケイオスを倒せるような輝術師が何人いると思う?」

「えっ……」


 世界の輝術師事情なんて詳しくない。

 なので何となく当たりをつけて答えてみる。


「一〇〇人くらい……ですか?」

「そんなにいるなら魔動乱期に苦戦してないわよ」


 ヴォルさんは苦笑いする。


「確実なのはグレイロードとアナタの二人くらいね」


 …………えっと。


「さっきさ、自分たち以外の白の生徒が大国に選ばれた輝攻戦士だって聞いて、不思議に思わなかった? いくらなんでも弱すぎじゃないかって」


 ずばりと内心を言い当てられて驚く。

 私は遠慮がちに首を縦に振った。


「そりゃそのはずよ。アナタは大国のトップの輝攻戦士が全力を出しても、それが子供の遊びに見えるほどに強いんだから」

「いやいやいやいやないないないない」


 今度は全力で首を横に振った。

 いくら冗談だって言い過ぎにも程がある。


「だって、私の得意な輝術はイグ系統だけで、あとはちょっとウェン系統を使える程度だし、それにしたって使える術は全部で一〇ちょっとくらいだし、攻撃的なのはほとんど火蝶弾イグ・ファルハの応用ばっかだし、それに……」

「世界一の剣士がいるとしてさ、槍や弓も一流じゃないと世界一を名乗れないわけじゃないよ」


 ジュストくんが余計なフォローをしてくれる。


「そう、必要なのは器用貧乏じゃなくプロフェッショナル。ってかアタシだって力任せに暴れるくらいしかできないし」

「ヴォルさんと私じゃ違うでしょう!?」


 彼女は生まれたときからご先祖さま五代分の経験と力を蓄積してる。

 ちょっと珍しいだけの天然輝術師じゃ次元がぜんぜん違う!


「違くないわよ……けど、まあ、今のルーちゃんには任せられないわね」

「えっ?」

「ほとんどやる気も見せずにあのエタンセルマンの心を折った実力はとんでもないわ。だけど本人にやる気がないんじゃ、連れて行っても足手まといになるだけ。悪いけどこのままじゃ他の候補の中から選ぶことになりそうね」

「そ、そうですか。それが良いと思いますよ」


 よかったあ。

 それをはやく言ってよね。

 過剰に期待をかけられても、世界の運命を賭けて戦うなんて絶対に無理だもん。


 何百人といる中の一人として端っこで協力するくらいならともかく、世界の代表の中に選ばれるとか、そんな伝説の英雄みたいな活躍は無理です。


 目にかけてくれたなら、申し訳ないけど……

 これは他のちゃんとした人に任せるべきことだと思う。


「だから、十日間の猶予をあげるわ。里帰りでもしてリフレッシュしてきなさい」

「は?」

「ファーゼブル王国のフィリア市だっけ。そっちの坊やを送って行くついでに、ちょっと友人の顔でも見てきたら?」

「坊やって……」


 子供扱いしてくるヴォルさんの言いように、苦笑いするジュストくん。

 彼の手元には卒業課題修了証明書の他にもう一枚の紙があった。

 どうやら二枚重ねになっていたみたい。


 こっそりとのぞき込んで、書いてある文字を読む。

 えっと……ファーゼブル国王謁見許可書?


「王様に会うの?」

「うん、そうみたい」


 なんかよくわかんないんだけど、二人でファーゼブルに帰れってこと?


 うんうん、なるほど。

 ジュストくんは王都エテルノに行く用事がある。

 そのついでに私は、一旦フィリア市に帰ってみたらどうかと。


 確かに気分転換にはなるかもね。

 でもさ。


「十日間でどうやって行って帰ってこいって言うんですか!」

「しかもこの謁見許可書、三日後に指定されてますけど……」


 無理じゃん!

 ここまで来るのに半年かかったんだってば! 

 なんなのこれ、先生が考えた高度な嫌がらせ?


 私たちが当然の疑問を口にすると、ヴォルさんはニヤリと笑って答えた。


「そこで、もう一つのプレゼントがあるの」





   ※


 私たちはホテル裏手の広場にやってきた。

 結構な広さがあって、雑草も生えていない舗装広場。

 ヴォルさんは肩に担いでいた荷物を降ろすと、袋から中身を取り出した。


「なにこれ、絨毯?」

「そ」


 赤と白の薔薇模様の刺繍入り絨毯。

 お城の廊下に敷かれているような豪奢なものだ。

 地面に直接拡げるのはちょっと躊躇われるような高級感がある。


 ただし、サイズはちょっと大きめのベッド程度。

 四人も座ればもう窮屈になっちゃうくらい。

 こんな所に敷いてどうするつもりだろ。


「お花見?」

「どこにお花が咲いてるのよ。いいから乗って、靴は履いたままで良いから」


 戸惑いつつ、私は言われた通りに絨毯の上に乗る。

 ヴォルさんはその場でしゃがんで手をついた。

 すると、体が奇妙な浮遊感に包まれる。


「う、浮いてる!?」


 周りの景色が低く見える。

 足下にはすでに堅い地面の感触がない。

 水の入った袋の上に立っているような不安定感。


 ほんの数センチだけど、明らかに私たちを乗せた絨毯は宙に浮いていた。

 それは数秒ほどのことで、やがてゆっくりと着地した。


「やってみて」

「えっ」

「絨毯に手をついて輝力を送るの。あとは感じたままに動かせば良いわ」


 感じたままにって言われても……

 とりあえず絨毯の上に膝をつき、手を添える。


 えーっと、輝力を送り込むというと、隷属契約スレイブエンゲージの要領でいいのかな。

 あれ、どうしてヴォルさんは絨毯から降りるの?


「わひっ!?」


 思った瞬間、まるで足下で爆発が起こったような衝撃があった。

 私の体は絨毯ごと激しく空中に舞い上がる。

 な、なにこれっ、なにこれ!


「輝力の量を調節して! ゆっくり、もっと丁寧に!」


 ヴォルさんが何か言ってる。

 いつの間にか周囲の景色は一面の青空。

 五階建てのホテルの屋根が遙か下に見えた。

 たかい! こわい!


「おーいルーちゃん、聞こえてるー?」


 おちるおちる! たすけて!

 ごめんなさい、ごめんなさい、おろして!


「ひっ」


 ふっ、と絨毯が沈む感触があった。


「やれやれ……なにパニクってんのよ」

「ぼ、ぼるさん……!」


 目の前には輝攻戦士化したヴォルさんの足があった。

 ハーフパンツからすらりと伸びる素足が救いの糸に見える。


「ほら、泣かないの」

「ううう、操縦かわってください」

「っていうかアナタ、いざとなれば飛べるじゃない」 


 そういう問題じゃないんだよ。

 自分で飛ぶのはコントロールできるから全然違う。

 振り落とされたときに上手く飛べなかったら死んじゃうじゃない。

 私は基本的に高いところが大っ嫌いなんだから!


 とりあえず、絨毯の操縦を変わってもらって、ゆっくりと地面に降りる。

 本気で泣いてたのがジュストくんにバレると恥ずかしい。

 下に着く前に洗風ウォシュルで顔を洗っておいた。


「まさか、これでファーゼブル王国まで戻れと?」


 降りた先でジュストくんがヴォルさんに問いかける。

 彼女はニコニコと微笑みながら答えた。


「うん。空なら地形を気にせず真っ直ぐ行けるし、かなりスピードが出るから、計算上は二日もあれば着くはずよ」


 それを聞いて私はゾッとした。

 二日間もこんなので飛びっぱなし。

 それも、普通じゃ考えられないような猛スピードで。


「無理です。歩いて帰ります」

「大丈夫、練習すればすぐ自在に操れるようになるから」

「あ、そうだ。今日のお夜ごはんの材料を買いに行かなきゃね」


 彼女に背を向けて逃げようとすると、首根っこを捕まえられた。


「練習。付き合ってあげるから」


 相手は人類最強、逃げ場なし。

 私、十日後まで生きてられるのかな……

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