443 本物ピンクと偽ピンク
「シルクと申します。改めて、みなさんにご迷惑をおかけしたこと、深くお詫びいたします」
半分ピンクのシルクさんは、丁寧に名乗って深々と頭を下げた。
私たちは現在停車した馬車の中で彼女に話を聞いている。
「トラントの町で少しだけ一緒になったんだよ。ルーたちとは別行動していた時だね」
「ああ、ドラゴンに襲われた後」
以前にちょっとしたハプニングで旅の仲間がバラバラになったことがあった。
その時、私はもういない別の男の子と一緒に行動していたけど、ジュストくんとフレスさんは集合場所に決めていたトラントの町に一足先に着いて、ちょっとした事件に巻き込まれていたらしい。
シルクさんはその時に出会った人なんだって。
「あの、ところでひとつ伺いたいのですが」
「なんですか?」
「どうして私は縛られているのでしょう」
額から汗を流しながらシルクさんが尋ねてくる。
私はできるだけやんわりした笑顔を作って応えた。
「だって、いきなり現れて馬車を破壊してくれたんですから。絶対に安全だとわかるまで自由にしておけるわけないじゃないですか」
えっとね、誤解がないように言うけどね?
私の知らない女の人がいつの間にかジュストくんと知り合っていたことに嫉妬してるとか、そういうのじゃないよ?
この人が突っ込んできたせいで、馬車が壊れちゃったんだよ。
骨組みがやられたらしく、車輪も歪んでまっすぐ走れなくなった。
輝動二輪に異常はないけど、馬車本体を修理するまでは先に進めそうにない。
「こっちも聞きたいんですけど、なんであんなよくわからない物で空を飛んでいたんですか?」
「それは……答えることができません」
これですよ。
名乗ったのは名前だけ。
どこの誰なのかとかぜんぜん教えてくれないの。
最初はジュストくんが名前を呼んでもしらばっくれようとしていたし。
仕方ないから意味もなく火蝶を彼女の周囲でくるくる飛ばしてみたら、ようやく丁寧に自己紹介して謝罪してくれたんだけど。
「悪い人じゃないのは僕が保障するよ。だからロープだけでも解いてあげたらどうかな?」
とても優しいジュストくんが提案する。
彼が言うなら解いてあげようかなと思ったけど。
「馬鹿じゃないの。こっちは実際に被害を受けてるのに、目的も話せないような人間を自由にできるわけないじゃない。少し一緒に行動しただけで何を理解したつもりになってるの? よくその程度の警戒心でここまで死なないで旅してこれたね。わー運が良い」
フレスさんがとっても辛辣な意見を述べてくださいました。
うん、その通りなんだけどね。
ジュストくんがものすごい目で睨んでるよ。
とてつもなく険悪な雰囲気になっちゃってるんだよ。
フレスさん、この前の町で置いて行かれそうになった事、まだ恨んでるのかな……
「ら、ラインさんはどう思いますか?」
深刻な仲間割れに発展する前に、メガネの星輝士さんに話を振る。
いちおう、カーディを除けばこの中では一番の年長者。
少し前にパーティーから離脱したビッツさんに変わって、この場を納める適切な判断をしてくれるんじゃないかと期待したけれど。
「うーん。本来なら拘束したまま行動を共にするのがセオリーですが、女の子ですし敵意もなさそうですから、でもやっぱり身分を明かせないっていうのは怪しいところでもありますし、ここは慎重に相談してあらゆる可能性を検討した上で、みんなの意見を総合して……」
「あ、もういいです」
なんて頼りにならない人なんだろう。
みんな対等に仲良くっていうのは素晴らしいことだと思う。
でも、リーダーの不在はやっぱり突発的な事故に対して脆いなあって実感した。
「あ、あのー」
シルクさんがおずおずと体を揺らしながら上目遣いで私をのぞき込んでくる。
年齢はたぶん私とそんなに変わらないくらい。
けっこうかわいい人だと思う。
「あなたのその髪、自前ですか?」
「え、そうですけど」
頭に触れて髪を一房つまみ上げる。
死んだお母さん譲り(らしい)
もちろんカツラとかじゃないし、染めているわけでもない。
「素敵ですね……まるで、聖少女プリマヴェーラ様のようです」
「あ、ありがとう」
身の危険を感じるほどうっとりした表情で私の頭を見つめるシルクさん。
本当に感動してるらしく、逃がしてもらうためのお世辞とかじゃないみたい。
「ルーは聖少女様の再来と呼ばれている輝術師なんだ」
またジュストくんが絶妙なタイミングで余計なことを言った。
「せ、聖少女様の、再来……?」
「いや、別に勝手に誰かがそう呼んでいるだけでして」
シルクさんの目が恋する乙女のような熱を帯びる。
違うよね? 純粋に伝説の英雄に憧れているだけだよね?
どっかの一番星さんみたいなあぶない人はひとりで十分だからね?
「実は、私も聖少女様に憧れていまして。この髪も一年ほど前に自分で染めたのですが、どうしても伸びてくるとこんな桃プリンみたいな感じになってしまうんですよ」
半分だけ不自然にピンク色だったのはそういう理由だったのね。
というか桃プリンて初めて聞いた。
おいしそう。
この人が聖少女プリマヴェーラに憧れているのはわかった。
だからって、それで何かが解決したわけじゃない。
結局、この人の処遇はどうしよう。
壊れた馬車も直さなきゃいけないし、問題は山積みなわけで。
「しばらくこのまま待っていればいいさ」
これまで黙ってた幼少カーディが突然そう言った。
「でも、早く出発しないと日が暮れちゃうよ」
地図で確認した次の町まではかなりの距離がある。
少なくとも、歩きじゃ夜になる前に到達できるかわからない。
「大丈夫。じきに迎えがくるよ」
「え?」
「あわ、あわわ」
よくわからないカーディの言葉に首をかしげる私。
その横ではシルクさんが首を振って慌てていた。
※
迎えは意外な形でやってきた。
遠くからガタゴトという音が聞こえてくる。
最初は街道を走る大型の馬車が近づいてきたのかと思った。
けど、実際にやってきたのは、それより遙かに大きく速くやかましい乗り物。
「あれが、列車……」
いくつもの車輪を持つ、黒一色の長方形の車体。
輝動二輪を何倍にもしたような騒音。
はじめて見る巨大な乗物が近づいていた。
やがて列車は減速を開始。
私たちのいるすぐ側で停車した。
キキーッっていうブレーキ音に思わず耳を塞ぐ。
本当に大きな乗り物だ。
高さは建物の二階くらいある。
横に二十メートルほどの長い箱型の車が、細い連結部分で三つ繋がっている。
それぞれの車体には窓とドアらしきものがついていて、その威容はまるで動く家。
そのうちの一つ、先頭の車のドアが開いて、中から人が出てきた。
「ようやく見つけましたぞ!」
豪奢なプレートメイルに身を包んだ、輝士然とした初老の人。
彼は大声で怒鳴ると、私たちには目もくれずにシルクさんの前に傅いた。
「軽率な行動は慎むようあれほど申し上げたではありませんか! しかも試作品のグライダーを持ち出すなど、言語道断! いくら姫様とはいえ、今度という今度は夜通しの説教を覚悟して貰いますぞ!」
「わかった、わかったから! とりあえずこの人たちにロープを解くように言ってやってちょうだい! もう足が痺れて限界なの!」
そこで初めて、初老の男性は私たちに目を向けた。
言葉の中にヤバい単語が聞こえたので思わずビクッとなる私。
けれど彼は、意外にも丁寧な仕草で私たちに頭を下げながら、こう言った。
「これはお見苦しいところをお見せしました、旅の方。我らが神国のシルフィード王女殿下を捕縛……もとい保護してくださったこと、新代エインシャント輝士団を代表して心より感謝申し上げます」
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