444 列車

「新代エインシャント神国の王女さま!?」


 とんでもない事実にカーディ以外の全員が飛び上がりそうなった。

 特に、以前にシルクさんと出会ったことがある、ジュストくんとフレスさんは目を丸くしている。


「はい。残念ながら、こんなのでも新代エインシャント神国第二王女、シルフィード殿下であらせられるのでございます」

「こんなのって……」


 未だにロープの戒めを解かれていないシルクさんが不満そうに呟いた。

 文句を言おうとした彼女は輝士さんに厳しい目で睨みつけられて黙る。


「申し遅れました。私は近衛輝士のビリジアと申します」


 王女様を拘束してしまったと気づいた時はヤバいと思ったけど、ビリジアさんは私たちを咎めるでもなく恭しい態度で頭を下げてくる。

 私達も自己紹介を済ませ、シルクさん改めシルフィード王女と接触した経緯を説明した。


「なるほど、あなた方が噂のフェイントライツですか……うちの馬鹿姫がとんだ迷惑をおかけしました。壊れた馬車は責任を持って弁償しましょう」

「ばかひめって言われた……」

「弁償はいいからさ、その列車でわたしたちを神都まで運んでくれない?」


 遠い目をするシルフィード王女はみんな無視、カーディがそんな要求をした。


「ちょうどわたしたちは神都に向かっていたんだ。乗合馬車の代わりくらい安いものだろう?」

「は、しかし……」

「許可が必要ならグレイロードに繋いでくれ」


 その名前が出ると、途端にビリジアさんの目が鋭くなる。


「……大賢者様のお知り合いで?」

「こっちの二人は白の生徒だ」


 カーディに指さされ、ビリジアさんの視線が私とジュストくんを交互に睨む。

 ど、どうも。


 白の生徒っていうのは魔動乱の五英雄のひとり、大賢者グレイロードさまから教えを受けた者のこと。

 私とジュストくんは短い間だったけれど稽古をつけて貰ったことがあるから、それに該当する。


 思えば、あれが冒険の第一歩で――

 地獄の日々を思い出したら吐き気がしてきたよ。

 やめよう。


「なるほど」


 白の生徒の証は第一級国賓証にも匹敵する強力な身分証明になる。

 ビリジアさんは私たちが取り出したそれをまじまじと眺めた。


「そういうことなら、本国に指示を仰ぐ必要もないでしょう。どうぞ列車の中へ。馬車は無理ですが、輝動二輪は最後尾の車両に乗せておきましょう」




   ※


 窓の外の景色がものすごい速さで流れていく。


「うわー!」


 全速力の輝動二輪も速かったけれど、これはそれ以上。

 私が火飛翔イグ・フライングで炎の翅を広げて飛ぶよりもずっとずっと速い。

 前方に特徴的な形の山が見えたと思ったら、あっというまに後ろに過ぎ去ってしまう。


「神都までおよそ三時間ほどです。どうぞお寛ぎください」


 私たちが乗る先頭の箱状の乗り物(車両って言うらしい)は、前半分が操縦室兼動力室になっている。

 ドアの向こうからはシャラララとやかましいエンジン音が聞こえ続けていた。


 その後ろには向かい合いになった四人乗りの座席が左右に二つ。

 右側には私とフレスさんが隣り合って、正面にはシルフィード王女さまが座っている。


「あの、シルフィード王女さま」

「シルクでいいですよ。尊称も不要です」

「じゃあシルクさん。あの、よかったらロープ解きましょうか?」


 後ろ手を縛られた上、座席に括り付けられて身動きひとつできないシルクさん。

 さすがにそんな姿を見ていたら気の毒になってきた。


 縛ったのはもちろん私達じゃなく、今は二両目に詰めているビリジアさんと、近衛輝士のみなさん。


「おかまいなく。というか、勝手に抜け出したら今度こそビリジアのジジイに足の骨を砕かれますから。どうか放っておいてください」


 この人、たしか大国の王女様なんだよね?

 あんまりにも扱いが酷いけど、もしかしてすでに国が滅んでるとかないよね?


「しかし、三時間ですか……地図で見た限り、これまでのペースだと半月、さっきまでの速度で輝動馬車を飛ばし続けても七日はかかる行程でしたけど」

「列車は高速大量輸送が目的だからね。これも我が神国の技術力故になせる業です」


 列車の速さに驚くフレスさんに、自慢げに胸を張る神国のお姫様。

 その説明を引き継ぐようラインさんが通路向こうの席から口を挟んで来た。


「新代エインシャント神国は一流の技術国家でもありますからね。その進歩は大陸のそれを遙かに上回っていて、高層棟トゥルムを超える建築物が乱立しているとも聞きます」

「え、そうなの?」


 輝術大国っていうイメージだし、もっと素朴な印象を持っていた。

 全部白で統一された教会みたいな建物ばっかりが並んでるとか。


「神国の名が示すとおり、神殿を中心とした宗教国家という側面ももちろんあります。ですが同時に、強力な輝士団や海兵団を中心とした偉大な軍事国家でもあり、ミドワルト最大の貿易国家でもあるのですよ」


 私たちがいま乗っている列車の凄さがラインさんの説明を裏付けている。

 自分の国を褒められて悪い気はしないのか、シルクさんもニコニコと微笑んで、


「ふふ。もう少し待てば、もっと凄いものが見られますよ」


 そんなことを言う。

 けど、フレスさんが別の質問をすると、彼女は急に表情を強ばらせた。


「ところでシルフィード王女殿下、どうして空を飛んでいらしたのですか?」

「う」


 視線を逸らして黙ってしまうシルクさん。

 やっぱり、答えたくない事情でもあるのかな?


「姫様の家出癖には我らも困り果てているのですよ」


 そんなシルクさんの代わりに、後ろの車両からやって来たビリジアさんが答えた。


「家出?」

「い、家出じゃないもん。冒険だもん」


 シルクさんの反論は無視。

 額に思いっきり青筋を立てながら、ビリジアさんは言葉を続ける。


「はい。なにせうちの馬鹿姫ときたら、いい歳だというのに英雄譚にばかりうつつを抜かして……つい先日など、新任の若い輝士団員を特殊任務などと騙して連れ出し、あまつさえ船を勝手に手配して外遊し、しかも無自覚ながら地方の権力闘争に首を突っ込む始末。何とか事なきを得たものの、危うく外交問題に発展するところだったのですよ」


 それはジュストくんたちとシルクさんが出会った時のことみたい。

 下手したら私たち、もっと大きな問題に巻き込まれていたのかも。


「だから城の警備を厳重にしたら、今度はお抱え技術者を拐かして試作グライダーを作らせて空から逃亡しやがりまして。聖王陛下はたいそうお怒りになり、ふん縛ってでも連れ戻せと我ら直属の近衛輝士に命を下しました。王族を捕らえるために近衛輝士が派遣されるなど、新代エインシャント神国の長い歴史においても、前代未聞のことでございます」


 シルクさんの顔がみるみる青ざめる。

 うん、まあ、怒られても当然だと思うよ?

 というか私たち、とんでもない事件に巻き込まれてるよね。


 しかしこの王女様、とんでもなくアクティブな人だなあ。

 お城の生活がよっぽど不自由なのか、盲目的に英雄に憧れているのか。


「紅茶でもいかがでしょう?」


 ビリジアさんより少し若い男性輝士がやってきた。

 湯気の立つ豪奢なティーカップと、ケーキを載せたトレーを運んでいる。


「あ、でも置くところが……」


 ものすごい速度で走っているわりに車内は非常に安定している(ラインさんはそのことに一番驚いていた)けど、さすがに片手にティーカップを持って、片手にケーキ皿を持ったままゆったりするのは難しいと思う。


「ご心配なく」


 男の人は片手でバランス良くトレーを支えると、空いた右手を窓側に伸ばした。

 窓を少し隠す形でなんだか邪魔だなと思っていた板が傾く。

 それがぐいーんと伸びて簡易テーブルになった。


 その上に若い輝士さんはケーキセットを置いていく。

 私とフレスさんの二人分。

 まあ、美味しそう。


 重さで板が折れてしまうんじゃないかってちょっと心配したけど、意外と頑丈に固定されてるみたいで、押しても叩いても揺るぎもしない。

 彼は一度後ろの車両に戻り、また別のケーキセットを用意して、通路の反対に座っているラインさんとカーディにも同じようにケーキセットを振る舞った。


 ちなみに、ジュストくんは二列目の車両で輝士さんたちとなにやらお話をしているみたい。

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