436 ▽輝鋼石の輝き
セラァの瞳はすでに焦点も合っていなかった。
親友であるはずのミチィの首を無慈悲に締め上げる。
「やっ、いやややっ!」
ミチィは腕を振り回してメチャクチャに暴れた。
なんとか力づくでセラァの手から抜け出すと、一目散に神殿の奥へと逃げて行く。
「あははっ! 逃げちゃったよお! セラァの大事なお友達い、あんたを見捨てて逃げちゃったよお!」
大げさに笑うターニャ。
その横でセラァは無機質な瞳を宙に向けていた。
「追いかけるのも面倒だしい。どうせ逃げられやしないんだからあ、先にあっちをやっちゃいましょうかあ?」
ターニャの目が倒れたままのジルを見据える。
さっきから立ち上がろうとしているが、体がまともに動かない。
「セラァに、何を、した……」
どうにかそれだけの疑問を口にするのが精一杯だった。
「いま言ったばかりでしょ、操り人形にしてあげただけよお。あいつらと同じようにねえ」
うつろな表情で神殿の周囲を取り囲む市民たち。
彼らもセラァと同じく、体と心の自由を奪われてしまっている。
それをやったのはターニャだ。
「安心していいわよお。ジルはあの子たちには手を出させないからあ。最期まで、私自身の手で遊んであげるんだからねえ」
ジルやナータを操らないのは、苦しみを与えたいからか。
正気を保ったまま絶望に沈む姿を見たいと思っているからか。
「……なあ、一つ聞かせてくれ」
「なあに?」
ジルの瞳から涙が溢れる。
「アタシって、そんなに嫌われるようなことをしてたのか?」
友達だと思っていた。
大切にしてきたつもりだった。
なのに、どうして恨まれなくちゃならないんだ。
「うーん」
ターニャはあごに手を当てて考えるような素振りを見せる。
そして、怒りと愉悦がないまぜになったような複雑な表情で答えた。
「っていうかあ、そういう自覚のないところが一番ムカつくう。私はもう何年も前から、あんたのこと大っ嫌いだったのにい」
「……そっか」
気力が根こそぎ奪われた。
知らない間に、傷つけてしまっていたんだな。
もう何もかもどうでもいい気持ちになり、ジルは瞳を閉じて――
「ふざけんじゃ、ねえーっ!」
突如として響いた怒声。
薄れかけていた意識が覚醒する。
正面を見ると、いつの間にかナータが立ち上がっていた。
折れた右腕はだらりと垂れたまま、左手で光の棒を握り締めている。
「説明になってないでしょうが! あんたがジルの何を気に食わなかったか知らないけど、嫌なら嫌ってはっきり言わなかったあんたが悪い! 勝手に一人で我慢して、そのあげくに暴走して、メチャクチャやって! そんなになる前に、なんで相談しなかったのよ、あんたの友達に!」
「……うわあ、うっざあい」
露骨に不機嫌な声を出すターニャ。
額には青筋が浮かんで見える。
「死に損ないの分際でえ。やっぱあんたから殺すわ」
「はんっ、やってみなさいよ。返り討ちにしてやるわ」
「その体で何ができるって言うのお? っていうか、なんで立ったのお? 黙って寝てればもしかしたら見逃してもらえたかも知れないのにい」
「おあいにく様。友達を見捨てて死んだふりとか、死んでもゴメンだわ」
「成績学年一のくせに頭悪いわねえ……なんでこんなやつに勝てなかったのかしらあ」
「それは簡単なことだ。君がナータより頭が悪いからだよ」
その言葉を発したのは、ターニャの操り人形と化していた筈のセラァだった。
瞳には光が戻り、いつものうっすらした無表情に近い笑みを貼り付けている。
「は? なんでお前……」
「君はまったく詰めが甘い。そして状況認識が甘すぎる」
セラァが淡々と告げる間に、彼らを取り囲む市民たちにも変化が現れ始めた。
「あれ、なんで俺、こんなところに……?」
「なんだなんだ、防壁から石を投げてたはずなのに」
「うあ、ういいあああああ……」
「ぐがあおおお、ごおおお……」
彼は次々と正気に戻っていく。
それと対照的にテロリストの少年たちは頭を抱え、獣のようなうめき声を上げながら蹲っていた。
「どうしてよっ、どうして私の支配が解けるのっ!?」
驚愕の表情で周囲を見回すターニャ。
セラァは呆れたように言った。
「君はここをどこだと思っているんだ。神聖なる中輝鋼石を奉る神殿だぞ。邪悪な力など長く維持できるわけがない。輝鋼石が本来の力を取り戻せば、邪悪な力で操られた人々なんてすぐに元通りになる」
※
「な、なんということを……」
司祭は頭を抱えていた。
この後始末を考えれば当然の苦悩である。
「ごめんにゃ! でも、外はいまピンチなのだ!」
ミチィは逃げたわけではなかった。
セラァの指示に従い、聖堂のある二階に上がったのだ。
そして、中輝鋼石に繋がれているワイヤーを引っこ抜いた。
各
試験を通った者が洗礼を受け、輝術を習得するため。
結界を管理し邪悪な存在の侵入を防ぐため。
そして、
取り出された輝力は輝流エネルギーに変換されて人々の生活に使われる。
そのワイヤーを外したらどうなるか。
中輝鋼石は本来の輝きを取り戻すのだ。
邪悪なる力を打ち消し、人々の傷をも癒やしてくれる、聖なる力を。
※
あんなに辛かった痛みがすぅーっと引いていく。
ジルは立ち上がってターニャに向き直った。
憎々しげな瞳がこちらを見る。
でも、もう迷わない。
「このっ、クズ共がっ……」
口汚い言葉を吐くターニャ。
先ほどまでのような嫌悪や恐怖の感情は湧いてこなかった。
ただ、彼女を哀れだと言った、セラァの言葉の意味がよくわかる。
「ターニャ。もう止めよう」
ジルは構えをとった。
体が軽い。
傷の痛みは消え、全身に力が漲っている。
「あ? なあにい? もしかして、やる気なのお?」
ターニャが小馬鹿にするように笑う。
しかし、その瞳は怒りに燃えていた。
「ジル、気をつけろ。輝鋼石の影響下とはいえ、邪悪な力のすべてが打ち消されたわけではない」
「ああ」
セラァのアドバイスを受けながら、ジルは掌を上向けて挑発するように手招きをする。
かかってこい、ターニャ。
そんな意思表示を。
「あらそおおおお! そんじゃお望み通り、殺してあげるよおおお!」
ターニャの右手が白く発光する。
彼女は鬼の形相でこちらへ向かって飛んでくる。
ジルはしっかりと目を見開いた。
輝攻戦士と同等の力を持つターニャ。
気を抜けば一瞬にして懐に飛び込んでくる。
だが実際の所、そんなには速いわけではない。
瞬間的な急加速に加え、人間としてはありえない速度で移動しているため、実際よりもずっと速く思えるだけだ。
おあつらえ向きに、彼女は次の攻撃をはっきりと示している。
集中すべきは、白く発光する右腕だけ。
触れれば骨まで溶かす閃熱の拳。
それだけなら、全力投球されたボールよりも少し速い程度だ。
見切れない速度じゃない!
研ぎ澄まされた感覚が、その瞬間を確実に拾い上げる。
ジルはグローブをはめた右腕で光る拳を弾いた。
目の前には驚きに目を見開くターニャの顔。
「な……!」
ターニャの纏う光の粒子は、両足と右腕に集中している。
その分、左脇腹あたりが薄くなっている。
「せやっ!」
瞬間的なウィークポイントを狙い、渾身の右回し蹴りを叩き込む!
「がっ……!」
体勢を崩すターニャ。
ジルは即座に背後に回り込み、両腕をがっちりと押さえる。
そこに光の棒を両手で構えたナータが走り込んで来た。
「今だ、ナータっ!」
「おっけーっ!」
今のジルでは、隙を作り出すので精一杯。
最後の一撃は任せた。
今度こそ、その手でターニャを救ってやってくれ――!
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