422 ▽力と強さ

「うおらぁっ!」

「はははっ、もろい、もろいぜっ!」


 少年たちはそれぞれの武器を手に、ルニーナ街奥部にある市役所前で暴れていた。


 すでに市役所内部は別の仲間たちによって占拠されている。

 入り口はバリケードで封鎖され、近づく者は容赦なく門番役の少年が排除する。


「くそっ、こんなガキ共に……」


 彼らに対するのは衛兵たち。

 防衛隊を名乗る少年たちが起こした、市役所占拠という暴挙。

 半ば内部から乗っ取られていた状態だった衛兵たちは、ようやく本来の役割を思い出した。


 しかし、戦力差は如何ともし難い。

 ほとんどの衛兵が北部兵舎に異動していたため、少年たちの初動を止める術はなかった。


 結果、あっさりと市役所への侵入を許してしまう。

 騒ぎを聞きつけた本隊が辿り着いた頃には完全に手遅れになっていた。


 それに加え、少年たちは『準輝攻戦士』を自称する、不思議な力を持っている。


 輝攻戦士の最大の特性である高機動力こそ持っていないが、真剣による斬撃すら生身で受け止める耐久力と、素手で岩をも砕く破壊力を備えた彼らは、一般の衛兵では相手にすらならなかった。


 まるでエヴィルと戦っているかのよう。

 数少ない輝士を中心に、断続的な攻撃を行うしかできない。

 それでも、門番役を務めているわずか五人の少年にすら、手も足も出なかった。


 市役所の裏手でも戦闘が行われている。

 大勢の市民を人質に取られているため、建物ごと破壊するような強硬手段にも出られない。


 長く平和が続いてきたフィリア市に降って湧いた災い。

 それはエヴィルの襲撃ではなく、少年たちによるテロ行為であった。


「引くな、押し返せ!」


 少年たちに市政の中心を抑えられたなど、街の平和を守る衛兵隊の名折れである。

 彼らは必死になって敵の防衛を破ろうと突撃を繰り返していた。

 そして、衛兵たちの中にも腕の立つ者はいる。


「おぶっ!?」


 重しのついた金棒による手加減のない打撃。

 その衛兵の攻撃を受け、門番役の少年の一人が吹き飛んだ。


 倒れ込んだところに追い打ちの振り下ろし殴打。

 集中攻撃が敵の耐久力を上回ったのか、少年は白目を剥いて気を失った。


「相手を子供と思うな! 邪法に身を染めた凶悪な犯罪者に手加減は無用だ!」


 叱咤を飛ばすのは、フィリア市衛兵隊三番隊隊長、フォルツァ。

 格闘技道場の師範代を務める彼の戦闘力は、衛兵の中でもずば抜けている。


 輝士修業を行っていないため衛兵の役職についているが、近接戦闘能力は輝士と渡り合っても決してひけは取らない。


 そして、危機に対応できるだけの判断力も持っている。

 少年の一人を倒したことで防衛ラインに穴が空いた。

 衛兵たちが殺到し、バリケードを崩しにかかる。

 ところが。


「うわあっ!?」


 机や板を適当に積み上げた防壁を強引に崩していた衛兵のひとりが宙を舞った。

 バリケードの向こうから敵の援軍がやってきたのだ。


「久しぶりっすね、フォルツァ先輩」

「フォルテか」


 この事件の首謀者の一人と目されている中性的な容姿の少年。

 彼は以前にフォルツァの家の道場に通っていた事もある。

 つまり、二人は昔からの知り合いだった。


「なぜ、こんな馬鹿なマネをした」

「馬鹿なマネ? 何言ってるんすか、これは正統な革命ですよ。大人たちに抑圧された若者たちによる、正義の革命。邪魔するなら先輩もぶっ倒しますよ。でも、おれと先輩の仲ですし、今なら同志にしてあげてもいいですよ。ほら、おれたちって名前も似てるし、悪いようにはしませんから」

「黙れ。ガキの戯れ言に付き合う気はない」


 フォルテのような歪んだ思考の若者は、いつの時代も一定数存在する。


 輝工都市アジールという大きなシステムを動かすために、社会は人間を機械マキナの歯車のようにする。

 古い時代を忘れられない元貴族。

 システムの中で満足する地位に就けない者。

 歪んだ自由や理想に心奪われ、今の社会そのものを嫌悪する者。


 彼らの言い分はわからなくもない。

 だが、彼らは自分たちの生活がシステムに守られていることなど考えもしない。

 単なる独善で平穏な市民の暮らしを破壊しようとする、そんな暴挙を許すわけにはいかない。


「んじゃ、死んでください……よっ!」


 フォルテは苛ついたように歯ぎしりすると、拳を握って飛び込んできた。


 他のやつらとは違う。

 凄まじい瞬発力と脚力だ。


 一瞬にして間合いを詰められる。

 当たれば必死確定の拳……だが。


 フォルツァはその攻撃を紙一重で避けた。

 フォルテの動きは輝攻戦士に準ずるほど速い。

 だが攻撃の動作は以前の彼と変わりない、素人同然だ。


 わざわざ大きく引いた右手。

 攻撃前に行う無意味な溜め。

 次の動作が丸わかりである。


 攻撃をかわしたフォルツァは、ガラ空きになったフォルテの腰部に金棒を叩き込んだ。


「修行を途中で逃げ出した根性なしが、そんな力を得たくらいで――」

「誰が根性なしだって?」


 攻撃は確実にヒットしていた。

 しかし、フォルテはダメージを受けていない。


 フォルツァはゾッとして、即座に飛び退こうとする。

 が、服の端を掴まれ、力まかせに無理やり投げ飛ばされる。


 市役所の壁に叩きつけられる直前、空中で体勢を立て直し、着地する。

 なんとか即死は免れたが、信じられない腕力だ。

 額に冷たい汗が流れた。


「さすがフォルツァ先輩。いや、師範代って呼んだ方がいいっすか? いやあ、あなたみたいなすごい人が、どうして街の衛兵なんてつまらない仕事をやってるんだか」

「……何が言いたい」

「途中で逃げた根性なしはあんたも一緒だろ」


 フォルテは冷たく、怒りを込めた声で言う。


「あんたは自分より若くて才能のあるやつに追い越されるのが怖かったんだ。だから、師範の跡を継がず、よくわからない理屈をつけて衛兵隊なんかに逃げたんだ。違うか?」

「言っている意味がさっぱりわからない」

「じゃあはっきり言ってやるよ。あんたはジルを恐れて逃げ出したんだ。みんな噂してんだよ。才能のある妹と師範の座を争って、ミジメに負けるのが怖くて逃げた、どうしようもない臆病者だってな!」

「ジルが天賦の才を持っているのは事実だ」


 妹は自分よりも遙かに素晴らしい才能を持っている。

 それはフォルツァ自身も認めることである。


 しかし、フォルテの言うように怖くて逃げたなどということは、断じてない。

 フォルツァたちには、彼ら兄妹にしかわからない事情もあるのだ。

 無論、それを犯罪者ごときに説明してやるつもりはない。


「言いたいことはそれだけか」


 フォルツァは金棒を捨て、拳を構える。


「んー、まだいろいろ言いたいことはあるけどー」

「なら続きは牢獄の檻越しに聞いてやる」

「いやいや、次におれとあんたが会うとしたら病院か……あんたの墓前だろっ!?」


 フォルテが突進してくる。

 初速から全開の輝動二輪のごとき加速。

 目で追っていては、とても捉えきれる動きではない。


 だから、フォルツァは目を瞑った。

 わずかに体を屈め、左前に体重を移動。

 そして、軽く突き出すように、そっと拳を放つ。


「な……!?」


 驚愕の表情を浮かべ、フォルテは膝をついた。

 金棒による全力打撃でもビクともしなかった少年が。

 腹に突き刺さったフォルツァの拳に、目を見開いて悶絶する。


「ど、どういう、ことだ……?」

「我が流派の極意は破輝はき。開祖が拳のみで輝攻戦士を打倒した伝承はお前も知っていよう。我が技は未熟なれど、お前のような愚物に後れを取りはしない」

「おれがっ、愚か者だとっ……」


 生身で、しかも素手で輝攻戦士を超える。

 そんなのは所詮作り話と門下生のほとんどは思っている。


 開祖の伝説も信憑性は薄く、眉唾だと思われる。

 だが無敵に思える輝攻戦士にも確実に弱点は存在するのだ。


 攻撃の際、体中で移り変わる一時的な輝力の濃淡。

 肉眼では見えないそれを見極めるのは決して容易ではない。

 ましてや相手は、目にもとまらぬ速度で飛び回る輝攻戦士である。


 いくらフォルテが闘いの素人とはいえ、弱点の部位を見極め、カウンターを叩き込んだフォルツァの技量は間違いなく天才のそれだった。


 とはいえ、おそらくダメージは小さい。

 分厚い皮鎧の上から殴った程度の衝撃しか与えられなかったろう。

 このまま勝負を決めるなら、予想外の反撃に驚き心が乱れている今しかない。


 フォルツァは袖の裏に隠していた毒針を取り出した。

 それを素早くフォルテの首筋に近づける。


 外からの攻撃には強くとも、体内に侵入した異物を排除する力は、輝攻戦士にはない。


 卑怯者の誹りは甘んじて受けよう。

 今は格闘家の誇りより、この事態を収拾することが先決――


火矢イグ・ロー


 突然上空から降ってきた火の矢に、フォルツァは右腕を貫かれた。


「ぐあああああっ!?」


 毒針が手からこぼれ落ちる。

 フォルツァは絶叫を上げて地面を転がった。


「あぶなかったねえ、フォルテ君」


 少女の声だ。

 顔を上げると、市役所の二階窓に見覚えある顔があった。

 と言っても、フォルツァの知るその人物とは、大分印象が変わっているが。


 三つ編みのロングヘアは肩の辺りでざっぱりと切り落とされ、濃い化粧の施された容貌は、実年齢よりかなり年上に見える。


「た……ターニャ、なのか……?」

「お久しぶりです、ジルのお兄様。そしてさようなら」


 彼女は窓枠に腰掛けながら、大仰に腕を振り上げた。

 それを合図に、表で暴れていた少年たちが一斉に市役所の中に逃げ込んで行く。


 ゾッとするほどの悪寒。

 とんでもない攻撃が来る。


「ターニャ、やめ――」

火炎狂風イグ・ティフォーネ


 フォルツァの制止を聞かず、ターニャの手から炎が巻き起こった。

 それは竜巻状に広がり、市役所前の広場を埋め尽くす。


「うぎゃーっ!?」

「熱い、熱いーっ!」


 少年たちが退却した隙を狙って、一気果敢に攻め込もうとしていた衛兵たち。

 彼らは為す術もなく炎の嵐に巻き込まれてしまった。


「……ちっ」

「待て、フォルテ――」


 炎がフォルツァの体を飲み込む直前、苦々しい顔で建物内に待避するフォルテの姿が見えた。

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