421 ▽元老院

「いったい何を考えているんだ、君は!?」


 王宮に戻るなり、レガンテは喚問室に呼び出された。

 薄暗い部屋の中央に立たされ、高い位置に扇状に並んだ元老院の爺共から、見下ろされる形になる。


「陛下は君にフィリア市輝士団を指揮する権限をお与えになった。しかし、それは街の調和を守るためでである。資格も持たない私兵を独断で雇い入れ、真っ当な兵たちの職務を奪ったのは、一体どういうわけか?」

「街の平和のためです」


 レガンテは老人の糾弾に臆さずに答えた。


「彼らは王国の危機を憂い、善意から私のもとに集まった有望な若者たちです。市税から給金を払っているわけでもありません。また、彼らはみな私の個人的な友人であり、兵の職務を奪ったというのは全くの誤解だと申し上げます」

「数が過剰だと言っている。どこで集めたかは知らないが、一気に五〇人もの兵を増やして既存の衛兵たちと上手く連携できているのかね? 昨今のフィリア市は治安の乱れが著しいという報告も上がってきているのだぞ」

「軋轢が生じるのは承知の上です。しかしそれは些末なこと。今は防衛のための戦力を充実させる時なのです。先日、エヴィルの群れが初めてフィリア市を襲撃したのはご承知のことと思いますが、これは魔動乱期にもなかった事態です。被害を未然に防げたのは、彼らが事態に対して即応できる態勢を整えていたためと、そう確信しております」

「むう……」


 しつこく問い詰める老人も、ついに口を閉じた。

 フィリア市がファーゼブル王国にとって、どれほど重要な輝工都市アジールか。

 万が一にもエヴィルの襲撃を許してはいけないと、元老院の爺共もよく理解しているはずである。


 レガンテが王宮に召還された理由は想像がつく。

 大方、レガンテの栄転を嫉んだ何者かが密告したのだろう。

 自分の地位が脅かされるのを恐れたか、くだらないマネをしてくれる。


 さすがに元老院からの呼び出しを無視するわけにはいかない。

 とてつもない手間だが、時間を作って王都まで戻るしかなかった。


 だが、逆に考えれば好機でもある。

 ここで自分の行動の正当性を認めさせてやる。

 そうすれば中央からお墨付きをもらったも同然である。


「よいではないですか。きちんと管理さえできるなら、義勇兵の存在はありがたいことですよ」

「しかし……」


 別の老人が肯定的な意見を出す。

 さっきまで高圧的だった老人が急に押し黙る。

 代わりに、他の爺たちの間で勝手に議論が始まった。


「まともな訓練も受けていない若者でしょう。はたして兵として使い物になるのかね?」

「結果は出ているぞ。防衛費の節約にもなるのなら、長い目で成果を待ってみては?」

「前任の隊長が変死したという話を聞いたが、何者かの陰謀では……」

「不幸な事故でありましょう。関連づけて考えるべきではない」

「輝士団の伝統と格式こそを重んじるべきと思うのだが」

「その慢心が国家を窮地に追いやるのです!」


 こうなれば、余計な口を出すまでもない。

 神妙な面持ちで直立しながら、レガンテは内心でほくそ笑んでいた。


 元老院を構成する老人、一三名。

 そのうち五名がすでに籠絡済みである。

 秘密を握って脅している者、見返りをちらつかせ言うことを聞かせている者……

 落とした手段は様々だが、彼らは間違いなく、レガンテ有利になるよう議論を運んでくれる。


 レティの力があれば、こんな芸当も可能になる。


 元老院はファーゼブル王国の建国当初から存在する国王の諮問機関である。

 定員は常に十三名、現職の人間が引退を表明、もしくは死亡した時にのみ、王宮の文官から後継者を選ぶことで代替わりするシステムだ。

 ただし存命中に引退した者は建国以来皆無である。


 彼らには揺るぎない意思も、万里を見通す知識もない。

 持っているのは底知れぬ権力欲のみ。

 単なる老人の井戸端会議だ。


 必死になってレガンテを糾弾している爺も、裏に何者かの意図があって、それに報いるために必死になっているのだろう。

 その何者かとレガンテが繰り広げた見えない闘いの結果が、ここで老人たちの声になって表れる。


 彼ら自身はどのような結果になろう痛くも痒くもない。

 言い負かされた老人に頼った人間が払った代償が無駄になるだけだ。

 ファーゼブル王国で最も腐った集団と思って間違いないだろう。


 今のうちに好き勝手に振る舞っていろ。

 今から十五年……いや、十年後だ。

 貴様らの首を並べて晒してやる。


 それまでに、何人かは代替わりしているだろうと考えると、少し残念だが。


「国家のためを思えば、それもやむなしかと」

「むむう……」


 話の流れはレガンテを肯定する結果に終わりそうだ。

 裏の敵は不正献金程度の正攻法しか使わなかったのだろう。

 保身や栄誉をちらつかせ、老人を必死にさせたこちら側の勝ちだ。


 まもなく結論が言い渡される。

 そうすれば、元老院の正式な認可を得たことになる。

 レガンテはフィリア市において、ますます強い権限を得ることになる。

 何者かは知らないが、老人の向こう側にいる敵対者に対して感謝したい気持ちすらあった。


「失礼します」


 その時、真っ黒な鎧に身を包んだロイヤルガードがひとり喚問室に入ってきた。


「何事だ。喚問中だぞ」

「お耳に入れたい事が」


 彼はレガンテを最も強く糾弾していた中央の老人に耳打ちをする。

 老人の表情がみるみるうちに驚愕の色に染まっていく。

 青年は情報を伝えると、一礼して退出した。


「どうしたのかね」


 別の老人が焦れたように問い尋ねる。

 元老院の喚問中、部外者の立ち入りが許可されるなど、滅多にあることではない。

 よほどの重大な事件が起こったのだ。


「諸君、心して聞いて欲しい」


 一呼吸置いて、額に汗を浮かべた老人の口から出た言葉は、この場の誰にとっても寝耳に水であった。


「フィリア市で反乱が起こったそうだ。義勇兵の少年たちが市役所を占拠し、現在は衛兵隊と交戦中らしい」


 その知らせに最も驚いたのは、他ならぬレガンテだった。

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