407 ▽自慢のお兄ちゃん

「いつもの子たちと違ったな」


 住宅街を右へ左へ、輝動二輪が走る。

 フォルツァは危なげなく運転をしながら、ジルに話しかけてきた。


「部活の仲間だよ。ちっちゃいのがミチィで、メガネをかけてるのがセラァ」

「お前が南フィリア学園の生徒とは未だに信じられないが、うまくやっているようでよかったな」

「スポーツ特待生だけどね。友達はみんな、いい子たちばっかりだよ」


 兄と二人きりになると、ジルの表情や言葉遣いも少しだけ柔らかくなる。

 意識しているつもりはないのだけど、学校の友だちにはあまり見せない姿だ。


「それは結構。短気を起こして友人を傷つけるんじゃないぞ」

「しないよ。もう昔とは違うんだから」


 親に反抗し、つまらない八つ当たりばかりしていた、中等学校時代。

 振り返れば恥ずかしさと、未熟だった自分に対する怒りがこみ上げてくる。


 二度と同じ過ちは繰り返さない。

 今の自分があるのは、仲間がいてくれたからだ。

 身をもって自分の間違いに気付かせてくれたルーチェと、そして……


「まあ、ターニャが一緒なら大丈夫か」

「う」


 いつもやり過ぎる自分を諌めてくれた親友。

 今日はまさに、彼女のことで悩んでいたのだった。

 不自然な挙動が伝わったのか、フォルツァが首をこちらに傾ける。


「どうした?」

「危ないよ、前見て」

「ターニャと何かあったのか」


 家がお隣同士であるターニャ。

 彼女とは昔からは家族ぐるみの付き合いがある。

 母親は共に貴族会のメンバーだし、ターニャのお父さんは道場の門下生の古株だ。

 当然、フォルツァも昔からターニャのことはよく知っている。


「……最近さ、ちょっとターニャがわからないっていうか」

「ケンカでもしたのか」

「そういうわけじゃないんだけど」


 相談したいけれど、どうにも説明のしようがない。

 アルマたちとターニャの間に何があったのかも、よくわからない。

 急に運動が上手くなったのは不思議だが、決して悪いことではないはずだ。


 じゃあ、いったい何が気に入らないのだろう?

 それがいくら考えてもわからないのだ。


 言葉が見つからずうんうんと唸るジル。

 そんな妹の姿を見て、フォルツァはフッと笑った。


「何がおかしいんだよ」

「悪い。笑うつもりはなかった」


 機体を倒し、角を曲がる。

 海が見えてきた。

 あと少しで家に到着する。


「ターニャも子どもじゃないんだ。幼馴染だからって、隠しごとのひとつくらいあって当然だろう」

「けどさあ」

「お前は過保護なんだよ。特にターニャに対しては、昔からな」


 そうなのだろうか。

 けど、ターニャはあんなに大人しくて、優しくて、か弱いんだ。

 腕力くらいしか取り柄がない自分が守ってあげるのは、当然のことじゃないか。


 それが自分の役目だし、以前に迷惑をかけたことの罪滅ぼしと思っている。

 そんな関係が変わってしまうのを寂しいと思うのは……

 やっぱり、ただのわがままなんだろうか。


「相手のことがわからないなら、とことん話し合ってみろ。友だちなら面と向かってケンカできるくらいがちょうどいい。ターニャだってお前のことを嫌っているわけじゃないんだろう?」

「うん、そうだね……」


 少しくらい変わったって、ターニャはターニャだ。

 クールで優しい幼馴染。

 ちょっと様子が変だからって、信じてあげないなんて親友失格だ。


 少しだけ、気分が楽になった。

 ちょっと誰かに相談するだけで、解決することはたくさんある。

 ジルは周りに弱さを見せたくないと思うばかりに、その相手を作れないのだ。


 昔からいつも自分を導いてくれた兄貴以外には。


「元気出たよ。ありがと、お兄ちゃん」

「よせよ」


 急に呼び方を変えたせいか、フォルツァの声には照れが混じった。

 ジルはそれを敏感に察知して嬉しくなる。


 兄の腰に当てた手を前で交差させ、体を押し付けるよう抱きしめる。

 頬を背中に当てると、ジャリジャリしたチェーンメイル越しの温もりを感じた。


「お兄ちゃん、汗くさい」

「仕事明けだからな」

「帰ったら背中流してあげるよ」


 家の前に近づく。

 輝動二輪が減速していく。


「今日ね、お母さんたち、夜まで帰ってこないって言ってたよ」


 友達が羨ましがるくらいにカッコよくて、困った時はいつも頼りになる、私のお兄ちゃん。


「だから、ね?」


 ジルは輝動二輪が完全に停車しても、しばらく兄の背中を抱きしめていた。




   ※


 ルニーナ街の裏路地で、少年たちが争っていた。


 一対四の多勢に無勢。

 しかも一人の方は中性的な容姿の細見の少年だ。

 対して、彼を囲む四人組の男たちはみな鍛え抜かれた肉体を持っている。


 まともに考えればケンカにすらならないだろう。

 しかし、やられているのは四人組の方だった。

 小柄な少年――フォルテは先制の一撃で相手のリーダーを倒す。


「てい!」

「ぐほおっ!?」


 華奢な体から繰り出されたとは思えない、重い一撃。

 相手は何が起こったのかを理解できなかっただろう。

 だがこれでも、フォルテは手を抜いて攻撃したのだ。


「なんだ、弱っちいなコイツ」

「テメエ、このやろう!」

「やっちまえ!」


 倒れた男を除く三人が、怒りの形相でフォルテに襲い掛かってくる。


「よっ、ほっ」


 彼らの攻撃はことごとく宙を切った。

 フォルテは攻撃を避けつつ、小馬鹿にするような軽いジャブを当てていく。

 その度に、相手の怒りのボルテージが溜まっていくのが、手に取るようにわかる。


「このヤラァ!」


 とは言え、相手は無茶苦茶な動きで暴れるだけの、連携すらできないチンピラ集団。

 こいつらの攻撃なんて、今の自分には止まってるようにさえ見える。

 輝力で身体能力を向上させたフォルテには。


「ちくしょう! 調子に乗るなよ、ガキが!」


 倒れていたリーダーがむくりと起き上がった。

 もともと体力は高いのだろう。

 手加減したとはいえ、強化した拳を受けて立ち向かってくるとは流石である。

 伊達にルニーナ街をホームとする悪ガキたちの間で名が売れてるわけじゃないということか。


 だが、この程度は予想内だ。

 敵リーダーが立ち上がった直後。

 フォルテはさらに動きを加速させた。


「うらっ!」

「ごっぼお!?」


 さっきまでとは明らかに違う速度。

 人間離れした瞬発力で、敵の懐に入り込み、殴る。

 腹部に拳をめり込ませると、男は胃液を吐き散らして悶絶した。


「てい!」

「げっ!?」

「たあ!」

「ぎゃあっ!」


 その他の二人も速攻で倒し、最後に残った男の鳩尾に肘を叩き込むと、前のめりに倒れてきた巨体を支えつつ襟元を掴み上げた。


「どっせい!」


 その体を片手で軽々と投げ飛ばす。

 比喩ではなく、男の体は宙を舞っていた。

 そのまま近くのゴミ捨て場に背中から落下する。


「どうだい、まだやるか?」


 ぱんぱんと埃を払い、フォルテはピクピクと痙攣している敵リーダーを見下ろした。

 幼さが残る無邪気な瞳が、圧倒的な優越感を持って、目の前に転がる敗北者たちを見ている。


「あんた、いったい何者なんだよ……」


 比較的傷の浅い男が体を起こし、問いかけてくる。


 彼らは街の遊技場でたむろしていただけ。

 そこに突然現れ、ケンカを吹っ掛けたのはフォルテの方。

 わけもわからないままボロボロにされた彼らにとっては当然の疑問だろう。


「その体でその腕力、どう見てもただのガキじゃねえ……いったい何を仕込んでやがる」


 負けておきながらの尊大な物言いは、少しフォルテの気に障った。

 が、それだけ彼らの闘争心が強いということだろう。

 やはり目をつけていただけのことはある。


 予定通りに事が運んだことに満足したフォルテは、ここ数日で何度目かになるセリフを彼らにも投げかけた。


「知りたかったらついてこいよ。運が良ければ、お前らも力を分けてもらえるかもしれねーぞ」


 そう言って、フォルテは彼らに背中を向ける。

 四人の少年たちは次々に立ち上がり、複雑な表情で彼の後を追った。

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