406 ▽バスケ部コンビ

「おう、ジルジル!」


 ジルがひとり重い足取りを抱えて帰路に着いていると、とつぜん甲高い声に呼び止められた。


「いま帰りか!」

「どうした。影を背負って歩くなど、君らしくもない」


 ミチィとセラァである。

 どちらもバスケ部のチームメートだ。


「確かに! 暗いのはジルジルらしくないな!」


 ミチィは他人を変なあだ名で呼ぶ癖がある。

 知っている人に彼女の印象を聞けば、十人中十人が「やかましいチビ」と答えるだろう。

 相手が不快になろうが構わないその姿勢は、時にわずらわしくもあるが、大抵の人間はいつの間にか彼女のペースに巻き込まれてしまう。


 いわゆる天性のムードメーカーだ。

 試合では小柄な体で相手選手を翻弄する。

 バスケ部レギュラー随一のスピードプレイヤーでもある。


「悩みがあるなら言ってごらん。解決できるかはともかく、相談に乗るくらいならできるよ」


 対照的にセラァは落ち着いた物腰の少女である。

 メガネをかけ、大仰な喋り方をするため、一見すると頭が良さそうだ。

 しかし実はジルよりも成績が低い、スポーツ特待生の悪い見本のような生徒である。


 バスケ部では頼れる副キャプテン。

 なぜか後輩から受けが良く、先輩の評判はすこぶる悪い。


「なんでもないよ。部活が休みになったからターニャを誘って遊びに行こうとしたんだけど、用事があるって断られてさ。それで沈んでただけ」

「そうか。それならいいんだが」

「キャプテンジルジルはさびしんぼ! さびしんぼだな!」


 ジルはバスケ部のキャプテンとして、チームメートに弱いところを見せるべきではないという信条を持っている。


 仲間たちはいつもそんなジルに対して「一人でかっこつけるな!」と怒る。

 しかし今回のことは彼女たちに全く関係がなく、話す意味はない。

 そもそも、自分でもなにが嫌なのかわかっていないのだ。


 せっかく一緒になったんだし、たまには彼女たちと一緒に帰ろう。


「そういえば、ルチェンナはまだ帰ってこないのか?」


 ミチィが言っているのはルーチェのことである。

 もはや原形を留めていないが、彼女に言わせれば過去最高傑作のあだ名らしい。


「相変わらず。なんの連絡もないよ」

「それは心配だな。最近は少し大人しくなったとはいえ、残存エヴィルは依然として国内に溢れかえっているそうだ。彼女が無事で帰ってくることを祈らずにはいられないよ」

「ルチェンナ、喰われたりしなきゃいいけどな」


 二人も去年は同じクラスだった。

 もちろん、ルーチェやナータとも知り合いである。

 特にルーチェとミチィは仲が良く、よく意味のわからないことで騒ぎ合っていたのを覚えている。


 彼女たちもルーチェがフィリア市の外に行っていることは知っている。

 危険に巻き込まれることはないと信じたいが、ジルだって心配だ。


「ナータも大変だろう。幼馴染なのだし、我々以上に気が気ではなかろうな」

「今はマシになったけど、この前まで世界の終わりみたいな顔してた」

「おや、噂をすれば前方にナタリオン!」


 ミチィが指さす方向に目を向けると、ナータがいた。

 言うまでもないが、ナタリオンとはナータの呼び名である。

 本を読みながら歩いているようで、こっちには気づいていない。


「おーい! おーい!」


 一キロ先にいても届きそうな声で呼びかけるミチィ

 ようやく気づいたナータが、煩わしそうにこちらを見た。


「ジルとセラァとばかちびじゃない。珍しいわね、バスケ部がこんな時間に三人そろって」

「ばかちびとはあんまりだ! ちゃんと人のことは名前で呼ばないと、名前をつけてくれたお母さんにもしつれいだぞ!」

「君が言うな」


 突っ込みリレーをする二人は無視。

 ジルはナータが読んでいる本を指差した。


「お前、それさ……」

「勉強中なの。これがなかなか奥が深くて、やっぱり見よう見まねはダメだったわ」


 ナータが読んでいる本のタイトルは『鍵開け百科~盗人のバイブル~』である。

 どうやら本気でルーチェの部屋に忍び込むつもりのようだ。

 元気になったのはいいが、絶対に間違っている。


「何の勉強なのだ? 面白い事ならミチィにも教えるがいい!」

「十年早いわよ。オムツも外れてないお子様に言っても、どうせ理解できないでしょ」

「ぐぬぬ……その通りなだけに反論できない!」

「いや、そこは反論していいところだと思うぞ…………まさか、本当にしているのか?」

「ぶっ」


 ジルは思わず吹き出してしまった。

 マイペースな彼女たちを見ていたら、少し気分が軽くなった。


 情熱の向けどころはともかく、ナータの前向きな姿勢は見習いたい。

 ナータになら相談しても……と思わないでもなかったが、やめておいた。


「そんじゃ、あたし今日はこっちだから」

「おー。またなナタリオン」


 ナータはこれからルーチェの家に向かうようだ。

 そもそも、こちらの道は彼女の通学路とは反対である。


「ジル、この後の予定は? 我々は買い物に行こうと思っているのだが」

「ミチィの新しいシューズを買うのだ!」

「うーん」


 ジルは迷った。

 せっかくだし、バスケ部同士で遊びにも行くのも良い。

 だが、この内に溜まったモヤモヤを解消するため、早く家に帰りたいとも思う。


 と、砂をふるいにかけるような音が近づいてきた。


「おや。あれに見えるは、ジルの兄君ではないか?」


 輝動二輪がこちらに近づいてくる。

 異常に目の良いセラァに、遅れること数秒。

 ようやく乗り手の姿が判別できる距離まで近づいた。


「本当だ、フォルツァさまだ!」


 ミチィが嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねる。

 輝動二輪の乗り手はこちらに気づいて減速。

 三人の前で停止した。


「よう、ジル」


 一九〇センチに届く長身。

 目鼻立ちのすっきりした整った顔立ち。

 やや前髪の長い赤毛に、その奥に除く鋭い瞳。

 その身に纏うのは市からの支給品のチェーンメイル。


 フィリア市衛兵隊、三番隊長フォルツァ。

 ジルの実兄である。


「いま帰りか?」

「ああ。兄貴も今日は終わり?」

「半休。夕方からまた夜勤だ」


 ミチィがとてとてとフォルツァの横に移動する。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

「夜も仕事なんですか? 衛兵さんって大変なんですね」

「重大な事件でも起きなきゃ、それほど大変でもない。ただ、休みは少ないな」

「にちや、街の平和を守ってくれてありがとうございます」


 ミチィはぺこりとお辞儀をした。

 普段の喧しさはなりを潜め、猫を被っているミチィ。

 そんな彼女の姿を横目で眺め、ジルはなんとなくつまらない気持ちになる。


「いいな、ジルは。カッコいいお兄様がいて」


 含みのある表情で、セラァがジルの横顔を覗き込んできた。


「君がそこいらの男に興味を持たないわけだ」

「ばっ、なに言ってんだよ」


 鋭い指摘に思わず顔を逸らす。

 フォルツァはミチィと世間話をしていた。

 ジルはふてくされ、黙って輝動二輪の後部座席に跨った。


「やっぱり帰る。送ってって」


 兄貴にフッと笑われた気がした。

 そんな態度が気に障り、ミチィたちから見えない反対側の腰を叩いた。


「ええ、ジルジルは帰るのか?」

「悪いな。ちょっと今日は用事があったのを思い出した」

「ああ、追試に向けての勉強だな。やはりジルも今回は散々な結果だったんだな」

「うるさいな! あたしは今回は追試ないぞ!」

「まじでか! ジルジルすごいな!」

「そういうミチィも前回は裏切っただろう。いいさ、私は一人で孤独な闘いに挑んでくるよ。追試ならカンニングも容易だしな」

「ズルしてないで勉強しろよ。せっかく部活が休みなんだから時間を有効に使え」

「ジルに言われるのは心外だが、私はたとえ親を人質に取られようと自主的に勉強はしないと主神ワイドフルに誓っているのだ」

「はいはい。じゃあまた明日な。兄貴、行っていいよ」


 バンバンと背中を叩くと、フォルツァは肩をすくめ、輝動二輪のエンジンを吹かした。


「ジルジル、またな!」

「おう」


 手を振るミチィに応えるジル。

 兄妹を乗せた輝動二輪は発進した。

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