377 ▽魔剣
ベラが全てのエヴィルを倒した頃、レガンテ率いる本体がようやく到着した。
無数のエヴィルストーンの転がる街道を横断してレガンテはベラの前で輝動二輪を停める。
「やられるとは思っていなかったが、たったひとりでこれだけの数を蹴散らすとはな」
「たいした敵もいなかった。この程度ならお前でも十分に可能だったろう」
時間は掛かった上、軽傷も負った。
ベラにとっては満足できる戦闘とは言えない。
何より、到着が遅れたことで怪我人も出してしまっている。
「そりゃあ倒すだけなら可能かもしれない。だが動力のない輝動二輪を
「かもな」
ベラは草原に倒れた輝動二輪を見て苦笑した。
もう、あれは使い物にならないだろう。
あの輝動二輪にはエネルギーパックがない。
しかし、代わりの動力源があれば動かすことはできる。
ベラは王宮の宝物館に向かい、そこで
無断で持ち出して厩舎に戻ったのだった。
強大な輝力を秘め、持つ者に輝攻戦士の力を与える神秘の武具。
国内にもわずかしかなく使用許可を得るには厳しい手順を踏まなければならない。
輝力の扱いに慣れたものしか扱えないくせに、すでに輝攻戦士である者には無用という、使いどころに困る武具でもあった。
それをベラはエネルギーパックの代わりとして輝動二輪に接続したのだ。
輝力の質が違うため、動力部に大きな負荷をかけてしまう。
整備兵には止めるよう言われたが、なんとか動かすことには成功した。
その代わり、ここに向かって走っている最中からずっと、機体にガタは出始めていたが。
「輝攻化武具が見つからなかったらどうしたんだ?」
「無論、私自身の輝力で動かそうと思っていた」
「それこそ無茶を通り越して馬鹿だ。仮にそれで機体が動いたとして、たどり着くまでにスッカラカンになった状態で、どうやってエヴィルと戦うって言うんだ」
「その時はその時でなんとかなるさ」
ベラはフッと笑った。
生き残れた今だから言えることである。
ダメだった時のことを考えても仕方ないのだ。
「ま、幸いにも死者は出ずに済んだ。これは紛れもなくお前の機転のおかげだろう」
「重症を負っている者はいる。応急処置はしてあるが、すぐに部隊の輝術師に治療させてくれ。現場から逃げた人たちの保護もしておきたい」
「了解……聞いたなお前ら! 逃げた隊商の保護と、怪我人の治療だ!」
「はっ!」
命令を受けたレガンテの部下たちが散らばっていく。
その姿を確認すると、ベラはレガンテの体にもたれかかった。
「おい、本当に大丈夫か?」
レガンテが心配そうに声をかけるが、ベラは逆に彼をねぎらってやった。
「前の戦場から帰って、すぐに来てくれたんだな。ご苦労だった」
「そりゃこっちのセリフだ。いい加減、無茶しすぎだぜ。何のために休ませたのかわかりゃしない」
「おかげで間に合った。休日をくれて感謝してるよ」
「まったく、お前ってやつは……」
流石に一〇〇を超えるエヴィルを一人で相手するのは骨が折れた。
それも、無謀な長距離運転をした後だ。
いくら強がっても疲労は隠せない。
「だが、もう少しの辛抱だ。反撃の糸口が見つかったぞ」
レガンテの言葉にベラは顔を上げる。
「どういうことだ、何かあったのか?」
「午前中にケイオスが姿を見せた。どうやら、そいつが他のエヴィル共に命令をしているらしい」
ケイオス。
人と似た姿をし、高い知恵を持つ上位エヴィル。
魔動乱期には主に後方指揮官として采配を振るっていた。
また、その圧倒的な戦闘力で、多くの輝士や冒険者たちを苦しめて来た。
魔動乱終結後に出没した例は一度もなく、すべて異界へと帰ったと思われていたが……
「やはり、ミドワルトにも残っていたか」
「なんとか撃退には成功したが、いくつか重要な情報を落としていったぜ」
レガンテはそのケイオスとの会話に成功したらしい。
このファーゼブル国内にいる残存ケイオスは、昼間に現れた者も合わせて四体。
それらを打ち倒せば、一時的に残存エヴィルの活動を止めることができるというわけだ。
「うち、三箇所は大体見当がついている。ヴェルデ様にも連絡を送ってあるから、数日後には討伐隊を向かわせられるぞ」
「数日後とは手ぬるい。そこまでわかっているなら、今すぐにでも行くべきだ」
「確実な準備が整ってからだ。とりあえず、お前は体力を回復させろ」
そう言われては返す言葉もない。
ベラは黙って意見を引っ込めた
「先に帰ってろ。操縦できないほど疲れてるなら、部下に送らせるから」
「すまない。ひとりで大丈夫だ」
立ち上がって、借り物の輝動二輪のところへ向かうベラ。
彼女はふと思い出し、隊商の捜索を始めようとしているレガンテを呼び止めた。
「そういえば、こちらも報告しておくことがあった」
「なんだ?」
「グローリア部隊という名前にしようと思うが、どうだろう?」
レガンテは空を仰ぎ、数秒してから手を叩いてベラに視線を戻した。
「ああ、部隊名か!」
「なんだ、まさか自分で出した宿題を忘れていたのか?」
「忘れてた」
「いい加減なやつだな」
「いままで考えてたのか、律儀な女だな」
「歴史に残るかもしれない部隊の名だ。適当にはできないだろう」
「いい名前だと思うぞ。さすがにセンスはあるな」
実際に考えたのはサポォだが、それは黙っておくことにしよう。
※
西街道で隊商が襲われた後。
それから数日は、まったくエヴィルが出没しなかった。
その間に斥候が各地を動き回り、ようやく全てのエヴィルの巣窟を見つけ出すことに成功。
レスタの恋人は大怪我を負ったものの、一命を取りとめ、無事に結婚式を挙げた。
ベラは反抗作戦の準備で忙しくて出席できなかったが、サポォを通してお礼の言葉が届いた。
隊商のリーダーは結局、助からなかった。
初めての犠牲者を出しててしまったのは本当に悔しい。
その怒りと悲しみをこの日にぶつけると、ベラは心に決めていた。
今日はエヴィルの巣窟のひとつに乗り込みをかける。
王国に残るケイオスを打倒する、反攻作戦の決行の日である。
そして、グローリア部隊と正式に命名されてからの、初出陣でもある。
グローリア部隊の三〇名。
それに加え、輝士団からの精鋭二五〇名。
これだけの数が集った大規模作戦は、魔動乱以来のことである。
その先頭にベラがいる。
今日は部隊の隊長としてではない。
王宮輝士団の精鋭を含めた、一軍を指揮する身だ。
いつものように暴れていれば良いわけはなく、普段とは違った緊張があった。
「敵は強大だ。かつてない戦闘が予想されるが、どうか全力を尽くして戦ってくれ」
出陣前の挨拶は短めでいい。
鼓舞するまでもなく、兵たちの士気は高い。
「いざ、出陣――」
「あいや、待たれよ!」
と、出陣の直前になって、国王陛下が数名の兵を引き連れて姿を現した。
「陛下!? 一同、敬礼! 騎上の者は下馬せよ!」
「いやいや礼は無用だ。それよりも……さあ、例の物を」
陛下は輝動二輪から降りようとするベラを制する。
そして傍らの兵から一振りの剣を受け取った。
国王陛下はその剣を自らベラに手渡す。
「これは……?」
「王家に代々伝わる古代神器、魔剣ディアベルだ」
手にしたその剣が、途端に重みを増したような気がした。
かつてこの地に都を構えていた、スティーヴァ帝国。
それを滅ぼし、ファーゼブル王国を建国したのが、初代英雄王。
その片腕だった剣士……つまり、初代天輝士が持っていたと言われる伝説の剣だ。
魔剣ディアベルは代々、ファーゼブル王国の最も優れた輝士に貸し与えられている。
王が認めた者がいない時は、国王以外は誰も知らない秘密の場所で厳重に保管されてきた。
国内最高の輝士、天輝士が手にする剣だ。
だが天輝士に選ばれるだけでは資格に足りない。
天輝士の中でも特に優れていると認められなければならない。
先代のヴェルデすらこれを手にする栄誉は与えられなかった。
以前の持ち主はベラの祖父ブランドにまで遡る。
「私が、魔剣ディアベルを……」
「お主は自ら隊を組織し、積極的にこの国難に当たろうとしている。その剣を手にする資格は十分にあると言えるだろう」
「陛下……」
「また、その力も申し分ない。一〇〇のエヴィルを単身で葬るお主に与えずして、一体誰にこの剣を与えよというのであろうか?」
「もったいないお言葉です!」
「天輝士ベレッツァよ。今こそ魔剣をその手に、真に祖父の後に続くがよい」
ベラは魔剣ディアベルを鞘から引き抜いた。
片刃の剣だ。
刃は赤く、峰側が黒い。
禍々しい光を放っているようにも見える。
しかし、それは自然とベラの手中に収まってきた。
「未熟な者は魔剣の放つ暗き力に飲み込まれてしまう。お主がこの戦を制して戻った時、まだその剣を手にしていられたら、その時は正式に貸与しよう」
「ありがとうございます。私は必ずこの戦に勝利し、王国に平穏と安心を取り戻してまいります!」
魔剣を使いこなしてみせる、とはベラは言わなかった。
今回の任務の目的は、平和を取り戻すことだ。
それに扱えるのは当然と信じている。
「ゆくぞ、全軍出撃!」
『おおーっ!』
ベラが声を上げる。
輝士たちから歓声が上がった。
必ずケイオスを倒し、この国に平和を取り戻す。
ファーゼブル最強の輝士として認められたベラ。
彼女はただ道の先だけを見つめながら、エヴィルの巣窟に向かって輝動二輪を走らせた。
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