363 ▽抜き打ち試験

「ご無事でしょうか」

「うむ」


 ベラが助けた陛下は満足そうな笑みを浮かべていた。

 危険から解放された安堵の表情とは違う。

 思った通り、この反逆は――


「ちっ!」


 人質を奪還され二人の輝攻戦士に挟まれては勝ち目がない。

 ブルは逃げるように階段から跳び下りた。


 ベラはその後を追わず、アビッソに視線を送る。

 青髪の輝攻戦士は何かをやり遂げたような満足げな表情を浮かべていた。


 やっぱり、こいつも気づいているのか。

 敵の背後を取って人質を解放した。

 その時点では終わっている。

 そんな風に思っているのだろう。


 ブルが逃げる先には、輝術で矢の軌道を逸らしてくれたレガンテが待ち構えていた。


「うおおっ!」


 剣を腰に構えたブルは猛牛のような勢いでレガンテに突っ込んでいく。

 あれを喰らえば生身のレガンテはただでは済まないだろう。

 助けようにも今からでは援護も間に合わない。


 ベラの想像通りなら、殺されることはないだろうが……


「決勝で私と闘うという約束はどうした!」


 ベラは叫んだ。

 レガンテがちらりと視線を向ける

 遠目ではよく見えないが、ニヤリと笑ったような気がした。


 ブルが激突する、その瞬間。

 レガンテは腰を低く沈めた。


 鈍い激突音が響く。

 ブルの体がくの字に折れた。

 膝から崩れ、巨体がうつぶせに倒れ込む。


 なんだ?

 なにが起こった?


 ベラが見たのは、レガンテが腰の剣を抜いてブルに斬りかかった所だけ。


 本当に、ただそれだけだ。

 輝術を使ったわけでもなさそうである。

 レガンテが剣を振り上げ、ベラはハッと息を呑んだ。


 ブルはすでに気絶している。

 輝粒子を纏っていないことからもそれは明らかだ。

 生身である今のレガンテの攻撃でも、十分な致命傷になるだろう。


 相手は大逆の罪を犯した者。

 現場の判断で処刑されてもしかたない。

 だが、これは……


「やめろ、その人はっ!」


 刃が振り下ろされる。

 切っ先が甲高い音を立て突き刺さった。

 倒れ込むブルの頭……の、すぐ横の地面に。


 レガンテは顔を上げ、大きな声で言った。


「そんなに慌てなくてもわかってるさ、これが茶番ってことはな!」


 人質となった国王陛下の救出に成功。

 さらに、首謀者を捕らえることもできた。

 ミッション達成に、会場から大きな拍手が巻き起こった。




   ※


 つまり、これは選別試験の一環だったのだ。


 予想外の事態への対応力。

 突発的な事件に対する対処能力を問うための演出やらせだ。


「いや、参ったぜ。一人くらいは落とすつもりだったんだけどな」


 目を覚ましたブルは頭を掻きながらそんなことを言う。


 聞けば、この試験の発案者は彼だという。

 毎回選別会に参加しているが、いい加減に体力の衰えを感じる歳だ。

 次代の輝士たちに更なる飛躍を促すため、彼は自ら悪役を買って出たのだ。


 一歩間違えば相手に殺されてしまうかもしれない危険な役。

 彼ほどの輝士でないと務まらない役目である。

 結果はベラたち三人の完勝であったが。


「御苦労だったぞ、輝士ブルよ」

「もったいなきお言葉です」


 国王陛下は自ら人質役を買って出たという。

 元々の人質役は大臣の誰かだったらしい。


 確かに陛下が人質に取られた方が、反逆という設定に説得力が増すが……

 危険を顧みないお人柄の良さには感銘を受ける。


 周囲の協力者たちも、矢を逸らすと同時にレガンテが放った風追跡ウェン・マーカーで特定され、周囲の輝士たちに取り押さえられた。


 狙撃者を隠すため、その周囲の何人かはパニックを装った協力者だったようである。

 だが、観客のほとんどはベラたち同様に事情を知らなかったようだ。

 はっきり反逆者が特定されれば彼らも行動を起こす。

 周りの輝士を動かしたレガンテの功績である


「それでは、成績を発表する」


 仕掛け人のブルが選別会を辞退したので、残ったのはベラ、レガンテ、アビッソの三人だけ。

 この三人に今の抜き打ちテストの功績に応じた得点がつけられる。

 成績上位一名がシード選手となって試合再開だ。


「アビッソ、八点。レガンテ、九点」


 どうやらレガンテがシードの座を得たようだ。

 的確な援護で仲間をサポートしたのが良かったらしい。

 協力者の特定に成功したこともブルの評価を上げたようだ。

 それにしても、ブルは悪役を演じながらよく見ているものだと感心する。


 さて、彼らには及ばないだろうが、自分は一体何点だろうか?


「ベレッツァ、三十七点」

「え?」


 思わぬ点数が発表される。

 ベラは己の耳を疑った。

 十点満点じゃないのか?


「私は特に何もしていませんが……」


 他の二人と比べれば、自分はまったくたいしたことをしていない。

 それどころか陛下を危険な目に合わせてしまったのだ。

 二人より高得点をもらう理由は何もない。


「あー、まあアレだ。最重要目的は陛下の救出。それを一番積極的に行ったのはお前だからな」


 確かにベラは結果的に陛下の保護に成功した。

 しかしそれはアビッソの奇襲があったからこそできたこと。

 はっきり言ってしまえば、最後にいいところを持っていったに過ぎない。


「あとはまあ、他の二人のマイナスが大きいってことだな」

「マイナス?」


 レガンテもアビッソも申し分のない働きをしたと思うのだが……

 ブルはその二人を見比べ、呆れ顔でため息を吐いた。


「お前等、こいつがテストだって始めから知ってただろ」


 ベラは左右の二人を見た。

 アビッソは表情ひとつ変えない。

 レガンテは冷ややかな微笑を浮かべている。


 知っていた?

 始めから?


「アビッソは元ロイヤルガードだから仕方ないとして、お前はどこで知ったんだ?」

「情報収集は得意でしてね。先ほど不審な会話をしていた人物を見かけたので、ちょいと締め上げて吐かせてやりました」


 レガンテはこともなげに説明する。

 それよりも、ベラはアビッソの身分に驚いた。


「お前、ロイヤルガードだったのか?」

「元、だよ。今じゃ単なる一輝士さ」


 戦闘力はあまりないため誤解されがちだが、ロイヤルガードの使命は非常に過酷である。

 彼らは生まれながらにして王家に対する絶大な忠誠心を叩き込まれている。

 王族を守る使命のためだけに生きていると言っても過言ではない。


「ロイヤルガードの使命よりも自分の技を鍛える方が面白くてね。資格なしってことで、先月いっぱいで追い出された」


 虚栄の側近などと揶揄されているが、中にはアビッソのような特異な男もいるのだ。


「他にも低評価の理由はいろいろあるが……まあ、言う必要もないだろ。自分のマイナスは本人たちが一番わかってるだろうしな」

「よく見てるんだな」


 隣でレガンテが苦笑する。

 彼はどうやら自分の低評価に納得しているようだ。


 というか、事情を知ったベラは思わず脱力してしまった。

 途中までとは言え、本物の反逆だと思っていたのは、自分だけだったということか?


「つーわけで、ベレッツァは決勝進出。他の二人は休憩を挟んだ後で準決勝を行う。では、解散」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る