364 ▽残ったライバル達
「演技とは言え無礼な振る舞い、平にご容赦を……」
「御苦労だった。迫真の名演であったぞ」
ブルは陛下に跪いて非礼を詫び、ねぎらいの言葉を賜っている。
アビッソは何も言わずに会場を去ってしまった。
ベラはレガンテと一緒に控え室に戻る。
「決勝進出おめでとう。これで約束が果たせるな」
人の良さそうな笑みを浮かべて言うレガンテ。
嫌みを言ってるような印象はない。
そんな彼にベラは尋ねた。
「質問したいことが二つある」
「俺に答えられることなら答えよう」
「先ほどブル氏を倒した技だが……」
前の試合での相手の場外負けと違い、さっきレガンテは確かにブル氏を倒した。
生身の人間が輝術も使わず輝攻戦士に勝利するなどまずあり得ない。
ほんのわずかな例外を除いて。
「あれは、
魔動乱を終わらせ、世界を救った五人の英雄がいる。
斬輝とはその内の一人『剣舞士ダイス』が使っていたと言われる天賦の剣だ。
相手のあらゆる防御を無視して、敵の肉体を直接斬り裂く技と聞く。
この使い手にかかれば輝攻戦士やエヴィルですら裸同然なのだ。
しかし、レガンテは苦笑しながら首を横に振った。
「残念ながら、そんな特殊な技術じゃないよ」
「ならば、どうやって勝ったのだ?」
下位のエヴィルくらいなら輝鋼精錬された武器でダメージを与えることも可能である。
しかし、輝攻戦士の輝粒子はそう簡単に破れるものではない。
ましてや一撃でなど……
「そうだな、君には見せてやってもいいか」
レガンテは首を振り、周囲に人がいないことを確認してから、腰の剣を引き抜いた。
輝鋼精錬された上物ではあるが、別段変わったところは見られない普通の剣だ。
「
レガンテは短く輝術を唱えた。
途端に彼の持つ剣が青白く光り輝く。
輝粒子の光によく似ているが、より強く、眩い。
ベラがその美しさに見とれていると、光はほんの数秒で消えてしまった。
「武器に輝力を付与する術か」
「長い研究の果てに編み出した、俺のとっておきさ」
高位の輝術師は輝力を纏い、己の肉体を強化することがある。
達人がやれば輝攻戦士に匹敵する力すら持つらしい。
これは、それを攻撃にのみ応用した術だ。
逆に輝士にはあまりこの手の術を使う者はいない。
その理由は、強化の術は消耗があまりに激しいためだ。
輝鋼精錬された武器を使ったほうが、ずっと安上がりだからだ。
しかしレガンテの使った術は威力が違う。
輝きの強さから推測するに、瞬間的には輝攻戦士の一撃も上回る。
この男、輝術においてもかなりの才能を秘めていると見て間違いないだろう。
「気軽に話してしまってよかったのか? 私は決勝でお前と戦うのだぞ」
この技は、相手に知られていなければ奇襲に使えた。
知らずに飛び込んでしまえば、ブルのように餌食になるだけだ。
輝攻戦士はまさか、生身の人間が輝粒子を打ち破ってくるとは思わないのだから。
「どちらにせよ君は接近を警戒をしただろう? それに俺の切り札はこれだけじゃないからな」
「よく言うよ」
それにしても、この男は本当に底が知れない。
輝攻戦士でないからといって絶対に油断できる相手ではない。
元ロイヤルガードのアビッソ共々、どちらが勝ち上がって来ても苦戦は免れなさそうだ。
「で、もう一つの質問は?」
鞘に剣を収め、レガンテは透明感のある金髪の前髪をかき上げた。
「さっきのテストのマイナスの事だ。アビッソの方は大体想像がつくが、お前は一体何をした?」
アビッソのマイナス点は、恐らくレガンテを見捨てようとしたことである。
彼は国王陛下を助けた時点で役目は終わりとばかりに行動を止めた。
レガンテの方へ向かうブルの事はもう見ていなかったのだ。
レガンテが倒れれば、その時点で残った選手はベラ一人。
楽するつもりで知略を巡らしたことがアダとなったのである。
「簡単さ。俺もアイツと同じで、仲間の足を引っ張ったからさ」
「なんだと? 一体何をした」
レガンテはずっと射撃の阻止に徹していた。
彼が仲間を邪魔する行為をしたようには見えない。
最後にアビッソが見逃したため、ブルと闘う羽目になっただけで――
いや、違う。
考えを逆に辿る。
ようやくベラは気づいた。
「お前、あのロイヤルガードが敵だと知っていたな?」
「ご名答」
ベラがブルを背後から奇襲するのを邪魔したロイヤルガード。
あの男がいなければ、ベラはブルの元にたどり着き、手柄を独占していただろう。
もし事前に知っていたなら、あのような奇襲は受けなかった。
「悪く思わないでくれよ、戦いは非常なんだ」
レガンテは微笑を崩さない。
テストの性質上協力したが、あくまで三人はライバル同士だ。
隙あらば出し抜こうと考えるのは当然であり、ベラも彼を責めるつもりはない。
「まあ、迂闊に人を信用するなってことさ」
「ふん」
悪びれもなく言うので、逆に怒りも湧いてこない。
せめてもの仕返しに少しの皮肉をくれてやる。
「だが、おかげで私の一番ポイントが高かった。感謝しているよ」
「まさかブル氏に見破られるとは思っていなかったよ。万年二位と侮ってはいけないね」
「つまらない策略を巡らすなってことだ」
「肝に銘じておくよ」
気がつけば、控え室の前に着いていた。
レガンテは表情に少しだけ苦笑いの色を浮かべる。
「それじゃ、また後でな」
彼はベラに軽く手を振って、自分の控室へと戻っていった。
※
間もなく準決勝が始まる。
ベラは一足先に決勝へコマを進めた。
準決勝を戦う二人の輝士を特別観客席で観戦する。
「どちらが勝つと思う?」
隣の座席に座る祖父ブランドがベラに尋ねた。
本来ならば特別観覧席への入室も許される立場である。
しかし、本人たっての希望でこちらの一般席の方に来ていた。
「普通に考えれば輝攻戦士のアビッソでしょう。しかし、レガンテも底知れない力を秘めている」
「あの青髪の輝士は侮れんと私は見る。ロイヤルガードの中にあれほどの才覚を秘めた男がいるとは知らなかったぞ」
逆隣の席で難しい顔をしているヴェルデが言う。
二人の元天輝士に挟まれたこの状況も、ベラはすでに慣れてしまった。
「それにしても、特別試験では毎度のことだが今回は少々驚かされた。おかげで面白いものも見ることができたがな」
先ほどの抜き打ちテストは二人も見ていたらしい。
現役の輝士が反逆し、国王陛下に刃を突きつけられるという大事件。
二人の立場を考えれば、どれほど遠く離れていようと真っ先に行動を起こすはずである。
ベラたちが動くまで彼らが何のアクションも起こさなかったのも、今にして考えれば有り得ないことである。
「おじいさまも、先ほどのテストは事前に知っていたのですか?」
「無論。他の有力な輝士たちも前もって聞かされていたよ」
まあ、当然か。
「話を戻しますが、どちらが勝ち残っても、楽に戦える相手とは言えませんね」
この試合で勝った方とベラは決勝で戦う。
そこで勝ち残った者が、晴れて天輝士の栄誉を手にするのだ。
ファーゼブル王国で最高の称号。
この手に掴むまで後一歩だが、少しも油断はできない。
その緊張感が、心地よい高揚となって、ベラの精神を安定させていた。
「あまり気を張りすぎるのもよくない。今は対戦相手の研究に努めるがいい」
「はい」
輝攻戦士でもあるロイヤルガードの異端児、アビッソ。
そして未だ底が知れない実力を持つ衛兵隊長、レガンテ。
本来ならベラは対戦相手の研究などしない。
だが、今回ばかりは無策で闘って勝てる相手ではないだろう。
この目で二人の試合をよく見ておかなくては。
「そろそろ試合が始まりますよ」
ヴェルデが言った。
両者が剣を構える。
アナウンスの声が響く。
場内に盛大な歓声が沸き起こる。
観客もかつてないほどの盛り上がりを見せていた。
闘技場が今にも押しつぶされそうなほどの熱気に包まれる。
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