361 ▽唐突な反逆

 ベラを含む四人の輝士が闘技場に立っていた。

 厳しい選別を潜り抜け勝ち上がってきた四人である。

 この中の誰かが、次の天輝士に選ばれる栄誉を授かるのだ。


 ようやくここまでやって来た。


 ベラはレガンテと視線を交わすが、互いに何も言わず歩を進める。

 ここまで来たら語り合うことなど何もない。

 決着は試合で着ける他ないのだ。


 四人の中には、あの薄気味悪い青髪の輝士の姿もあった。

 たしか名前はアビッソとか言ったか。

 やはり相当な実力者なのだろう。


 そして最後の一人。

 前年度の準チャンピオン、ブル。

 彼はヴェルデと並ぶ歴戦の輝士である。


 ベラたち四人はこれからここで国王陛下のお言葉を賜る。

 天輝士選別会における、最後の試合前の恒例行事だ。


 闘技場の北側、金色の鎧を身に纏った輝士たち横一列に並んでいる。

 その向こうには長い階段があり、最上部には王族専用の特別観覧室があった。


「国王陛下の、お成り!」


 金色の輝士の一人が声を張り上げた。

 特別観覧室を覆い隠していた緞帳が上がる。

 その向こうからファーゼブル王国現国王、ビオンド三世が姿を現した。


「我が、誇りあるファーゼブルの輝士たちよ……」


 陛下の威厳に満ち溢れた声が通った、その直後。

 耳を聾する爆音が響いた。


「何事だ!?」


 ベラは背後を振り返った。

 もうもうと立ち上がる黒い煙

 それは観客席の一角で爆発があった証拠だった。


 会場内は一気に騒然となる。


 何者かによるテロ行為か?

 槍を手にした金色の輝士たちが守りを固める。

 各所に配備された兵士たちも慌しく動き始めた。


 ベラも剣の柄に手をかけた。

 もしテロなら、輝士として国王陛下をお守りしなくては。


 と、隣に立っていた男が動いた。

 前年度準チャンピオンのブルである。

 彼は陛下のいる観覧席へ向かって走り出す。


「何を……!」


 止める間もなかった。

 ブルは輝攻戦士化し、金色の輝士たちをなぎ倒す。

 そのまま彼は特別観覧室へと続く階段を一気に駆け上がった。


「動くな!」


 そしてあろう事か、ブルは国王陛下の首筋に刃を当てた。




   ※


「貴様、自分が何をしているかわかっているのか!?」

「黙れ!」


 取り押さえようと階段を上ってきた金色の輝士を蹴り落とし、ブルはさらなる大声を張り上げた。


 突然の非常事態。

 誰もが状況をよく飲み込めていない。

 ただ一つ確かなのは、不遜なる輝士が国王陛下に刃を向けているという現実。


「この場にいる輝士は全員武器を捨てろ! 逆らえば国王陛下の命はない!」


 ブルの言葉に場内は騒然となった。


 まさかの反逆――

 それも、前回の天輝士選別試験で二位だった歴戦の輝士がだ。

 ベラは目の前で起こっていることが信じられなかった。

 場内の誰もが同じ気持ちだっただろう。


 金色の輝士たちは誰も動くことができない。

 彼らはロイヤルガードと呼ばれる国王陛下直属の輝士である。

 ほとんど儀礼的な輝士であり、一般の輝士のような力は持っていない。


 場内には護衛の輝士も多く配備されている。

 腕に覚えのある選別参加者たちも客席に散らばっているだろう。

 しかし外敵からの守りは万全だったが、内に潜む脅威は想定されていなかった。


「ブル殿、何故このような事をする! 気でも違ったか!」

「黙れと言ったはずだ!」


 場内の人々の心中を代弁。

 ベラは大声でブルに問いかけた。

 だが、反逆の輝士は質問に答えない。

 彼は怒りも露に国王陛下の首筋に刃を押しつける。


「武器を捨てろ……これが最後の警告だ」

「なにを……!」

「待て、言うとおりにした方がいい。陛下を人質にとられていては逆らえん」


 いきり立つベラの肩に手を置き、レガンテがそう忠告する

 ベラは悔しい気持ちをかみ殺しながら、手にした剣を放り投げた。


 逆隣ではアビッソも武装解除している。

 それに続いて階段下のロイヤルガードたちも武器を捨てた。


「そうだ、それでいい……」


 ブルは不遜な目つきで国王陛下の顔を覗き込む。

 彼が口元にいやらしい笑みを浮かべた。

 その途端。


「陛下、只今お助けします!」


 観客席から一人の輝士が飛び出した。

 彼は大声を張り上げつつ、特別観覧席へと駆けつける。

 

 会場中が息を呑んだ。


 直後、どこからともなく矢が放たれる。

 それは走る輝士の背に突き刺さり、纏っていた鎧を容易く貫いた。


「う、が……」


 輝士は糸が切れたように倒れ、そのまま動かなくなる。


「言い忘れたが、客席には俺の仲間が潜んでるからな。抵抗したって無駄だぜ」


 会場中の輝士たちはその一言でたちまち萎縮してしまう。

 ベラは周りを見回したが、矢がどこから放たれたのか特定はできない。


 この反逆は突発的なモノではないのだ。

 仲間を募り、前々から謀っていたのだろう。

 自分が国王陛下に最も近づける、この時を……


「警告はこれまでだ。これ以上くだらないマネをすれば、国王陛下の首を掻っ切る」

「なにが望みだっ!」


 レガンテが叫ぶ。

 先ほどのベラの言葉は無視されたが、武装解除したことで安心したのか、ブルは薄笑いを浮かべながら語り始めた。


「俺の望みは真の天輝士のみが授かるという伝説の剣だ! この国で最高の輝士に与えられる名誉の証、それをここに持ってこい!」

「伝説の剣……?」

「この国に代々伝わる古代神器のことだ」


 ベラは訝しげに眉根を寄せるレガンテに説明した。


 天輝士のみが手にできる伝説の剣がある。

 しかし、それは天輝士に選ばれるだけで授かれるわけではない。

 歴代天輝士の中でも、国王陛下から認められた者だけが下賜される特別な武器なのだ。


 これを授かった者は、王家に認められた真の天輝士と言える。

 ファーゼブルの輝士としてはこれ以上の名誉はない。

 だが……


「馬鹿なことを! このような手段で手に入れる名誉の証に、一体なんの価値がある!」

「欲しいのは名誉の証の武具であって名誉じゃない。そいつを売っぱらえば他の国で一生涯遊んで暮らせるだけの金が手に入る。地道に王宮勤めなんかやってるより、よっぽどいい生活ができるだろ?」


 ブルはくっく、と喉を鳴らして笑った。


「伝説の剣を金銭欲のために手に入れようというのか……」


 反逆を起こすにはあまりに悪辣な動機。

 しかし、ベラは腑に落ちないものを感じた。


 ブルは王宮警備隊の一員である。

 それも、かなり地位の高い人物である。

 直接聞くことはないが、おそらく収入もかなりのものだろう。

 前の選別会では二位、今回もベスト4入りするほどの実力者でもある

 ヴェルデが敗退した今、最も天輝士に近い人物と言っても過言ではないはずだ。


 それほどの男が、なぜ金銭欲に目が眩む?

 このような暴挙に及んだのは、果たして本当に単なる欲のためなのだろうか?


 いや、今は考えている場合ではない。

 とにかくこの状況を打開するのが先決だ。


 ブルがいる特別観覧席はただの豪華な席ではない。

 試合の余波で万が一にも陛下に被害が及ばないよう、ありったけの対輝術結界が張られている。


 十数年の歳月をかけて展開された結界。

 それは生半可な輝術などまるで寄せ付けない。


 対輝術結界とはいえ全ての術をかき消すことができるわけではないが、ベラが扱える最強の術でも大きく減衰され、輝攻戦士であるブルを一撃で仕留めることはできないだろう。


 陛下に危害が及ぶのは問題外。

 しかし、伝説の剣を渡すわけにはいかない。

 このようなことで国家の伝統が汚されるのは、陛下ご自身も望んでいないはずだ。


 先ほどから国王陛下は抵抗するそぶりも見せない。

 首に反逆者の刃を当てられたまま、叫び声一つ上げないのだ。


 ファーゼブル国王陛下、ビオンド三世。

 魔動乱の五英雄のひとり、英雄王アルジェンティオの実弟である。


 戦後に姿を消した英雄王の代理。

 そんな風に陰で陛下を揶揄する者もいる。

 もちろん、ただ祭り上げられただけの御人ではない。

 首元に刃を当てられても取り乱さない胆力のあるお方だ。


 前線の輝士から侮蔑を込めて『虚栄の側近』と呼ばれるロイヤルガードたちは役に立たない。

 客席から近づこうとすれば矢で狙撃され、遠距離から輝術で攻撃することも不可能。

 となれば、現状を打開できるのは……


 特別観覧席にほど近い、ベラたち三人を置いて他にいない。

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