359 ▽生まれながらの宿命

 まさに、大番狂わせであった。

 なにせ現役の天輝士チャンピオン新米輝士ルーキーに破れたのだ。


 大金星を上げたベラだが、観客からの拍手や歓声はほとんどなかった。

 誰もが驚愕の表情で花道を戻る彼女の姿を見上げている。

 今回も防衛確実と言われていたヴェルデ。

 それを破った若き新米女輝士。


 称賛の声はないが、もはや揶揄する者は誰もいない。


 しかし当のベラは周囲の反応には無関心である。

 試合が終わると早々に客席へと戻っていった。




   ※


「おじいさま!」


 ベラは客席の中に祖父ブランドの姿を見つける。

 他の観客に紛れて彼は客席で書を広げていた。


「そんな大声を出さなくとも聞こえているよ」

「まさかとは思いますが、読書に夢中で試合をご覧になっていなかったとは言いませんよね?」

「もちろん、ちゃんと見ていたぞ。よくやったな」

「ありがとうございます」


 ブランドは書を閉じて、隣の席に置いた荷物を足元に移動させる。

 観客の称賛などより尊敬する祖父の言葉は何よりも嬉しい。

 ベラは祖父が開けてくれた席に腰を下した。


「ヴェルデは強かったか」

「はい。さすが現役の天輝士だけあって、素晴らしい輝士でした」

「勝った者が言っても皮肉にしか聞こえんな」

「そんなつもりは……」

「よい」


 ブランドは手を振ってベラの弁解を遮る。


「輝攻戦士の力には慣れているようだな」

「この三ヶ月、死に物狂いで修練をしましたから」


 ベラは正式な輝士になってからまだ日が浅い。

 なので輝攻戦士になる前段階の訓練をほとんど受けていない。


 洗礼を受けたのは春先の学園卒業の直後だった。

 日々の輝士務めと平行して、夜中までひたすら自主訓練。

 とにかく、ゆっくり休む間もないほどハードな日々を過ごしてきた。


 最初は常に暴走した輝動二輪に乗っているような感じだった。

 思うように加減ができず、無様に吹き飛んだ回数も一〇〇では足りない。

 ようやくマトモに体を動かせるようになったのも、実は今月に入ってからである。


「しかし、私はまだまだ未熟です。やはり最後は輝術に頼ってしまいました」

「輝攻戦士になって数ヶ月の若造が生意気をぬかすな。歴代と比べれば見劣りするとはいえ相手は現役の天輝士だぞ。輝術込みとはいえ、勝利しただけでもたいしたものだ」

「輝術を使えるのなら誰にも負けません」


 打って変わって自信満々に宣言するベラ。

 孫娘の尊大ともとれる言葉に、ブランドはしかし満足気な笑みを浮かべた。


「まあ、そうだろうな。なにせお前は――」


 ブランドの言葉が不自然に途切れた。

 同時にベラは背後に立つ人物の気配に気付く。

 振り返ったベラより先に、ブランドがその人物の名前を呼んだ。


「よう。ヴェルデ君」

「ご無沙汰しております、先々代……そして」

「ど、どうも」


 ベラは気まずい気持ちで一礼する。

 もしかして、今の発言を聞かれていただろうか?

 戦々恐々としていると、ヴェルデは意外にも爽やかに話しかけてきた。


「先ほどは完敗だったよ、素晴らしい腕前だった。君は本当に立派な輝攻戦士だな」

「そ、そんなことはありません。まだまだ未熟者です」

「謙遜はよしてもらえるか。未熟者に負けたのでは私の立場がないからな」


 そう言って笑いながら、ヴェルデはベラの隣に腰掛けた。


「君の強さは本物だ。今すぐ天輝士を名乗ってもよいくらいだと思う」

「あまり褒めないでやってくれ。孫娘がつけあがると困る」

「私はそのような……」


 試合中は気付かなかったが、ヴェルデは意外と気さくな人である。

 現役天輝士と厳格な祖父とに挟まれ、ベラは所在なげに両者を見比べた。


「強くても、やはり少女か」


 ヴェルデはフッとおかしそうに笑う。

 その後で急に真面目な表情になった。


「ところで、君は先ほど嘘をついたね」

「え?」


 ベラはギクリとして姿勢を正す。


「本当は何故、洗礼を受ける認可が下りたのだ? 剣闘での功績だけではさすがに足りまい」

「そ、それは……」


 試合中に同じ質問をされた時、ベラは適当な事を言った。

 洗礼を認められたのは本当は剣闘の功績ではない。


 ファーゼブル王国において輝攻戦士になるための洗礼を受ける条件は厳しい。

 実力や武勲だけではなく、輝士として務めたある程度の年数があることも条件となる。

 正式な輝士になったばかりで二十歳にも満たない少女が洗礼を認められるなど、おおよそ常識的にあり得ることではない。


 だがその理由を語るとなると秘密の事情を告げる必要がある。

 果たして現天輝士とはいえ、気軽に語ってしまってもいいものか……


「なに簡単なことよ。ベラはもう十七年も前から秘密任務に就いているのだ」


 返答に窮しているベラに代わって、ブランドがあっさりと答えた。


「秘密任務……ですか?」

「うむ。実はこう見えて、ベラは国家に従事している期間だけなら君とそう変わらぬ」

「ほう」

「おじいさま、それは……」

「なに、ヴェルデ君はわかっておるよ」


 慌てるベラに、祖父はニヤリと笑って見せた。

 思わせぶりにお茶を濁すだけで、全てを話すつもりはないらしい。

 秘密任務と言っておけば、ヴェルデもそれ以上詮索はしないということだろう。


「ならば、別のことを聞いても良いだろうか?」

「は、はい」

「君は輝攻戦士の力だけでなく、思わず目を見張るような輝術すら使いこなす。まるで人生の大半を研究に費やした老齢の大輝術師のようだ。才能と言ってしまえばそれまでだが、その若さで剣の道と二足の草鞋を履いて届く境地ではない。その並外れた力も特殊任務とやらに関係があるのかな?」


 ベラはまたしても答えを迷った。

 関係があると言えば、ヴェルデはそれ以上聞いては来ないだろう。

 だが、なんでもかんでも秘密任務で通すのは、あまりに不誠実ではないだろうか?


 祖父に視線で助け舟を求める。

 しかし、今度は何も言ってくれなかった。

 自分で考えて、正しい回答をしろということだろうか。


「すまない、答え辛いのなら無理には聞かぬ」

「いえ……」


 結局、彼はベラが答えられないことを悟ってくれたようだ。


「特殊任務か。ならば君は、生まれた時から天輝士になることを宿命づけられているのだろうな」


 宿命。

 そう言われてみれば、そうかもしれない。

 生まれた時からずっと背負い続けている、生涯をかけた任務。

 天輝士を目指していることすら、その目的達成のための手段の一つに過ぎない。


 ベラはこの任務を与えられたことを誇りに思っている。

 苦しい修行も、友と過ごした生活も、自分を構成する要素の一部だ。

 たとえそれが、自分の意志とは全く関係ない、他人によって定められた道だとしても。


「私を倒したんだから、君はこのまま優勝してくれよ」


 ヴェルデは手を差し伸べて握手を求めてくる。

 ベラはそれに応え、この先輩輝士の手を強く握り返した。


「もちろんです」


 ここまで来たら遠慮する必要はない。

 輝術を用いた実戦で祖父に初めて勝ったのは高等学校卒業の日。

 南フィリア学園での生活を終えたとき、普通の少女としての人生は終わった。


 私は、輝士。

 守るべき者と国家の命運を背負う者。

 青の国、南方の大国ファーゼブル王国の女輝士。


 大丈夫、誰にも負けるわけがない。

 私は十七年前からずっと、女神の祝福を受けているのだから。

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