351 ▽若き女輝士

 十字に切り取られた窓がある。

 そこから覗く外の景色は、真夏の日差しに照り輝いていた。


 ここはファーゼブル王国。

 王都エテルノの中央に聳え立つ王宮。


 見下ろした中庭からは、芝生の上を慌しく駆け回る兵たちの喧騒が聞こえてくる。

 彼らはいよいよ目前に迫った選別会に備え、浮き足立っているように見える。


「のんきなものだな……」


 と、ベラは思った。

 まるで祭りの前のような雰囲気だ。

 確かに、選別会は参加者以外にとっては娯楽じみたイベントではあるが……


 いや、それを言うならこんなふうに自室で寛いでいる自分も彼らと変わりない。

 今は何もできないという点では同じだと考え、深くため息を吐いた。


 ベラは胸元に手をやり、細い鎖で首から下がるペンダントに目を向ける。

 ハート型のアクセサリは眩しいくらいのピンク色に輝いている。

 お世辞にも自分に似合っているとは言えない。


 だが、このアクセサリを眺めている時、ベラは自分がとても落ち着いた気持ちになれることをよく知っていた。


「ベラ様も、そのような可愛らしいアクセサリを身につけるのですね」


 しばらく黙ってペンダントを見つめていると、侍女のサポォが声をかけてきた。

 口元に手を当てて微笑む彼女の表情は「意外なものを見た」とでも言いたげだ。


 普段のベラは王宮輝士として男たちに混じって剣を振るっている。

 こんな少女趣味なペンダントが不釣り合いなのは自分でも重々承知している。


 だから別にこの侍女を咎めるでもなく、むしろ苦笑しながら、


「おかしいか?」


 と問い返した。


「いいえ。とても素敵だと思いますわ」

「ありがとう……まあ、似合わないのは事実だがな」


 二人は視線を交わしたまま軽く笑い合う。


 サポォは都市外の町の生まれである。

 純朴な外見同様、おっとりとした雰囲気の少女だ。

 その反面、非常に世話焼きで機転も利く優秀なパートナーである。

 同年代ということもあり、ベラは王宮内でも彼女にだけは気を許していた。


 故郷を出て自立しようと王都にやってきたその日に暴漢に襲われ、たまたま通りかかったベラが彼女を助けたのが、今から一年前。

 それ以来、彼女はベラの側付きの給仕メイドとして日々の生活の世話をしてくれている。


 王宮に務める輝士には必ず専門の世話役が付く。

 普通は王宮から専門の侍従が当てられるのが習わしだ


 しかしベラは自分の身の回りの世話は自分でやりたいタイプの人間である。

 また、堅苦しい王宮育ちの使用人と四六時中顔を合わせ、あれこれ文句を言われるのもイヤだった。


 なので、ベラは偶然助けた彼女をそのまま自分の侍女にしてしまったのだ。

 おそらく輝士のしきたりなどまるで知らない少女であり、必要以上にうるさく言われることもないだろうと思ってお飾りの侍女として雇っただけだった。


 だから彼女を雇ったのは王宮推薦の侍女を断るための方便である。

 だが実際に輝士としての生活が始まってみれば、予想以上に激務だった。

 日々の生活に追われるばかりで、すぐ身の回りにまで気が回らなくなってしまう。


 そういうことで結局は彼女の世話になる羽目になったのだが、嬉しいことにサポォは王宮の侍従たちと比べても遜色ない働きをしてくれた。

 反面、王宮の侍従と違ってあくまで市井の感覚に近い娘であり、話していて気が安らぐ相手でもある。


 紆余曲折はあったが、今では彼女を雇って心からよかったと思っている。


「何か、悩み事でもおありですか?」


 ベラが黙り込んでいると、サポォが心配そうに声を掛けてきた。


「そう見えるか?」

「はい。休暇から帰って来られてから、上の空でらっしゃることが多いです」


 ベラは国家守護の任を預かる王宮輝士である。

 なれば、常に気を張り続けているのは当然のこと。


 ましてや、数日後には国を挙げてのイベントも控えている。

 怖気づいたとか、不安を感じているなどの噂が立てば、非常に困る。

 普段は気をつけているつもりだが、やはり自室に戻ってくると気が緩むようだ。


「私でよければ、悩みを聞いて差し上げますよ」

「悩みというほどのことではないよ。家族のことを考えていただけだ」


 ベラはペンダントを手にとって微笑んで見せた。


「それ、ご家族の……?」

「妹からもらったものだ」

「妹さんがいらっしゃったんですか? 弟さんではなく?」


 ベラには歳の離れた弟がいる。

 両親が亡くなる少し前に生まれ、現在は王都で暮らしている。

 中等学校時代は一緒に暮らしていたが、ベラが高等学校に上がって再度フィリア市に移住した時に離ればなれになり、今は一人で親戚の家に厄介になっているはずだ。


 もちろん、弟も大事な家族である。

 だがベラが言っているのは、もう一人の家族のこと。

 血は繋がっていないが、しかし誰よりも大切な、妹代わりの少女のことだ。


「実の家族ではなく、フィリア市で暮らしていた時に隣の家に住んでいた娘でな」

「ああ、以前に話してくださいました」


 サポォはそれで納得したようだ。

 彼女には以前に語った事があったからだ。


 ペンダントを胸に抱いて目を閉じる。

 チェリーブロンド桃色の髪の少女のあどけない笑顔が脳裏に蘇る。

 幼い頃から家が隣同士で、小さい頃は姉代わりとしてよく面倒を見てきた。

 一年前までは同じ南フィリア学園に通っていたし、彼女も自分によく懐いてくれた。


「今もフィリア市で暮らしてらっしゃるんですか?」

「いや……」


 およそ争い事など似合わない無邪気な少女。

 彼女の過酷な運命を思い、ベラは気持ちが暗く沈んでいくのを自覚する。


「申し訳ありませんでした」


 沈黙を勘違いしたのか、サポォは暗い表情で頭を下げる。


「いや違うんだ。秘密にするようなことではないのだが、実は彼女はわけあって街を離れている。護衛は付いているが、ずっと輝工都市アジール暮らしだったことを思えば、やはり心配でな」

「まあ……」


 サポォは複雑な顔をした。

 心中察します、といったところか。


 彼女の場合は逆の体験をしているが、輝工都市アジールと町村の暮らしの差は激しい。

 ここの生活に慣れてしまった今では以前の生活に戻るのは難しいだろう。


「それはさぞ心配でしょうね。なぜ妹さんはこの時期に?」


 ベラはまた言葉に詰まった。

 旅行、あるいは就学のための離郷。

 納得させる適当な理由はいくらでも思いつく。

 だが、サポォにはできるだけ嘘はつきたくなかった。


「ちょっとした、秘密任務を受けていてな」

「まあ、それは大変ですね」


 冗談めかした返答をサポォは素直に受け止める。

 かと言って、無理に立ち入って理由を聞こうともしない。

 このように適度な距離感を保ってくれるのも彼女の良いところである。


「ただ、出発前に彼女にひとつ嘘をついてしまった。それを思うと気がかりでな」

「悪気のない嘘でしたのなら、妹さんもわかってくれますよ」

「まあ悪気はなくもなかったのだが……」

「でしたら、帰ってこられたらキチンと謝りませんと」

「まったくその通りだ」


 ベラは肩をすくめ、視線を窓の外に向けて自嘲した。


 秘密任務。

 あながち嘘ではない。

 ベラもその任務の一環に関わっている。


 しかし、こればかりは無闇に人に話すわけにもいかないことだ。

 時期が来るまでは、ただ彼女の無事を祈るしかできないのである。


「そういえば、天輝士の選別会も間もなくですね」


 ベラの微妙な心情を察したのか、サポォは唐突に話題を変えた。


 この国には偉大なる天輝士グランデカバリエレと呼ばれる輝士がいる。

 通称を天輝士と言い、ファーゼブルにおける最高の輝攻戦士の称号である。


 輝攻戦士とは莫大な輝力を体内に取り込んで戦う特殊な輝士のことだ。

 誇張ではなく一騎当千と言えるだけの力を持っている。


 その力は使い方を誤れば非常に危険であり、大国といえども無闇に任命するわけにはいかない。

 心技体ともに優れ、かつ幾多の試験を乗り越えて、はじめて輝鋼石の洗礼を受けて輝攻戦士になることが許される。


 特にファーゼブル王国は他の大国と比べても輝攻戦士の条件が非常に厳しい。

 ほとんどは軍団長クラスにまで出世してはじめて試験を受けることが認められる。


 だが、天輝士となると少し事情が違っていた。


 かつてこの地にミドワルトの半分以上を支配したスティーヴァ帝国という超大国の都が存在した。

 しかし歴史の流れと共に帝国は崩壊し、最期には南方の小国によって滅ぼされてしまう。

 その小国を率いていたのがファーゼブル王国の初代国王である。


 初代国王は『光の王』の異名を持っていた。

 その片腕であったのが、偉大な天輝士グランデカバリエレと呼ばれた剣士である。


 現在、国内で最も優れた輝士にその名を冠した称号が与えられている。

 もっとも、その制度ができたのはここ数十年のこと。

 シュタールの星帝十三輝士シュテルンリッターを真似たとも言われている。


 ともかく、ファーゼブル王国の輝士としては、これ以上ない名誉ある称号なのである。

 選別会自体は一日で行われるが、それまでに長い時間をかけて書類選考や筆記試験などが行われている。


 ベラはその全てに合格し、此度の選別会に出場する資格を得ていた。

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