323 通常の五倍
翌朝の朝。
寝惚け眼で起きてきたラインさんが、夕べの記憶がないから教えて欲しいと言ってきた。
なので、カーディが体を乗っ取っていたことと、ヴォルモーントさんに襲われたことを教えてあげたんだけど……
「な、ななな、なんてことを!」
そしたら予想以上に怯えて、食堂のテーブルに突っ伏して頭を抱えてガタガタと震え始めてしまった。
「体を乗っ取られていたとはいえ、ヴォルモーント様に手を上げてしまった……それに、ボクがカーディさんと一緒だってこともバレていた……? 吸血鬼騒動の原因がボクの不注意だと知られたら、よくて死刑、もしかしたら生きたまま八つ裂きにされる可能性も……」
「そ、そんなに?」
「そんなにですよ!」
末席の十三番星(だった)とは言え、彼も同じ星輝士なのに。
やっぱり一番星の強さと恐ろしさは圧倒的みたい。
前回の事件で二番星の人に星輝士の地位を剥奪されたことといい、カーディに乗っ取られてからのラインさんは悲惨な目に合ってばかり。
「ボクも二十二歳の時に歴代最年少で星輝士に選ばれて、当時は一〇〇年に一度の天才だなんて持て囃されてましたけどね。その記録はたった一年であの人に破られたんです。当時、ヴォルモーント様は十八歳、それもいきなり一番星ですよ!」
「あれ。ラインさんっていまいくつ?」
「今年で二十四になります」
あらま、そんな年上だったんだ。
「……そんなことより、とにかくヴォルモーント様はボクなんか足元にも及ばないくらい凄い方なんです。怒らせたら本当にタダじゃすみませんから。あの歳で既に大賢者様に比肩する実力があると言われているんですよ!」
「え、本当に? そんなに?」
グレイロード先生と肩を並べるとか、ほとんど生きた伝説みたいなものじゃない。
「今のジュストさんもかなり強いですが、ヴォルモーント様はそれよりもずっと強くて恐ろしい。彼女は間違いなく世界最強の輝攻戦士です」
「えー、でも
「ジュスティツァは輝力を操る天才だ。人間が体内に取り込める限界ギリギリ、つまり並の輝攻戦士の二倍の輝力を扱いこなしている
「あら、カーディ。おはよう」
いつの間にか後ろに幼少モードのカーディが立っていた。
彼女はラインさんに視線も向けず空いてる椅子に座る。
勝手に彼を巻き込んだのは反省していないみたい。
「特に機動力の制御は秀逸だ。手数の多さを比べさせたら、敵う相手はそうそういないだろう」
「だよね! ジュストくんもすごいよね!」
よし、もっと言ってあげてカーディ。
ジュストくんだって負けないくらいすごいんだから
「けど、あの赤髪は輝力量そのものが桁外れだ。最初から土俵が違うんだよ」
「桁外れって、具体的にどんなもんなの?」
「憶測だが常人の五倍はある」
五倍!?
「に、二倍が人間の限界なんでしょ?」
実は、
結果を言えば、上手くいかなかった。
いくら輝力を上乗せしようとしても送ったそばから抜けてしまう。
人間の体は、限界を超えた多量の輝力を保ち続けるようにできていない。
ジュストくんが輝力を操る天才でも、肉体的な限界は超えられないみたい。
「おまえの言うとおり、個人差は多少あれど人間には生まれた時から扱える輝力の限界値が決まっている。それは輝攻戦士だけじゃなく輝術師も一緒だ」
「容量限界ってやつだね」
今さらだけど、基本的に輝術師って才能がすべてなんだよね。
輝術は努力で習得できるけど、実はそれぞれ辿り着けるゴールは決まってる。
自分の限界輝力量を超えた輝術は、どんなに練習しても絶対に使うことができない。
ケイオスであるカーディや、私みたいな天然輝術師はその輝力限界量が人並み外れて大きい。
「まあ、後天的に輝力量を増やす方法もあるんだけどね」
「え、そんなことできるの?」
「できるけど時間はかかるよ。十年か二十年……下手したらもっと。人生の半分をそれだけに費やすくらいの修練をして、初めて輝力容量は増やせる」
あの若さでヴォルモーントさんがそれほどの修練を積んだとは思えない。
それじゃ、やっぱり彼女は最初から人より多くの輝力を持っていたってこと?
「ヴォルモーントさんは天然輝術師……っていうか、天然輝攻戦士ってやつなのかな?」
「そんな言葉があるかは知らないけど、たぶん似たようなものだろう」
「とにかく、あの人にだけは絶対に二度とケンカを売らないでくださいね。もし万が一にもカーディさんがやられらボクまで殺されちゃうんですから……」
頭を抱えてガクガクと震えるラインさん。
カーディがやられるなんて今までなら想像もできなかった。
だけど、あのヴォルモーントさんが相手なら十分にありえる話だ。
「それから、ルーチェさんも気をつけてくださいねよ」
「私?」
「シュタール帝国では有名な話なんですが、あの人はルーチェさんみたいな女の人を見ると――」
「ちょっと。そこのあんたたち」
食堂のおばさんの大きな声がラインさんの言葉を遮った。
「あんたたちに会いたいって客が来てるよ。外で待ってるから行ってやってくんな」
お客さん?
一体誰だろう?
「あ、僕が行きます!」
ラインさんはそう言って席を立ってしまう。
ちょっと、気になるから話を途中にしていかないでよ。
ヴォルモーントさんが私みたいなのを……なんだっていうのよ。
ま、まさか……
大した力もないくせに調子に乗ってる女の子を見るとシメたくなるとか……
あり得るかもしれない。
あの人の雰囲気は間違いなくスケバンタイプだ。
ぶるぶる、こわいよう。
「そ、それで、これからどうするつもりなの?」
私はカーディに尋ねてみる。
パクレットや周辺地域の安全は確かに気になる。
けど、議会を説得できない以上、私たちができることは何もない。
この街だけに限って言えば、ヴォルモーントさんがいる限り安全みたいだし。
個人的にはさっさと出て行きたい。
馬車を運び出すのは難しいかもしれないけど……
ここでずっと足止めを食らうくらいなら、次の町で新しいのを買った方がいいと思う。
「わたしはもう少しここに残るよ」
「やっぱり、ヴォルモーントさんに復讐しなきゃ気がすまない?」
「別に復讐なんて考えてない」
「あれ、じゃあなんで?」
「ピンクは気にならないの?」
なにがよ。
あとピンクって呼ぶのやめて。
「この街に定期的にやってくるエヴィルの大群のことさ。調べたところ、数日おきに数百体単位で襲ってくるらしい。それも間にある観測所は全く素通りしてこの都市だけをピンポイントで狙っているんだって」
言われてみれば、確かに変だね。
昨日の放送の感じもずいぶんと慣れたものだった。
あんな数のエヴィルがしょっちゅう襲ってくるんじゃ、もしヴォルモーントさんがいなくなったら、この街はあっという間に飲み込まれてしまうしまう。
逆に考えればエヴィルの襲撃がある限り、ヴォルモーントさんはこの街を離れられないってことかもしれない。
「多分あれは、何者かの――」
「うわわわわわっ!」
物凄い声を出しながらラインさんが食堂に戻ってきた。
積み上げられていた箱にぶつかって盛大に音を立てて転んだ。
彼はすぐに体を起こし、這うようにして私たちのところにやってくる。
「うるさいよメガネ、静かにしろ」
「ぼ、ぼぼぼぼぼ」
「何があったんですか?」
床に両手をついて取り乱しているラインさん。
彼のその姿は食堂中の視線を集めてしまっている。
恥かしいから止めて欲しいけど、どうも様子がただ事じゃない。
その直後、急に食堂のざわめきが止んだ。
空気が一瞬にして冷たく張り詰める。
「もう一度会いに行こうと思ってたけど、手間が省けたね」
カーディが誰に話しかけているのか、見なくてもわかる。
視線を上げると、食堂の入り口には想像した通りの人が立っていた。
「ヴォルモーント様が来ててっ、こここ殺されますっ!」
ラインさん、その人はすでにあなたの後ろにいますよ。
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