324 一番星の頼み事

 ざわめく食堂。

 ヴォルモーントさんが歩いてくる。 

 完全に凍り付いているラインさんは無視。

 優雅な身のこなしで私たちと同じテーブルに着く。


「何か軽食を」

「はっ、はい、ただいま!」


 注文を受けたウェイトレスさんは、慌てて厨房に駆けて行った。


「いいざまね、黒衣の妖将」


 ヴォルモーントさんは顎肘をつきながら鼻で笑う。

 幼少モードでも彼女がカーディだってわかってるみたい。

 えっと、まさかこんな所で昨日の続きとか、はじめないよね?


「誰かさんのおかげでね。まったく、不便してるよ」


 カーディが空いたカップに紅茶を注く。

 とりあえず、こっちも暴れるつもりはないみたい


「おまえも飲む?」

「バケモノにお茶を淹れてもらうほど落ちぶれてないわ」

「ずいぶんな言い草だね。わたしに言わせればそっちの方がよっぽどだけど」


 カーディはくすくすと笑って紅茶を啜る。

 ヴォルモーントさんはテーブルの上の別のカップに手を伸ばした。

 あっ、それ私の……


 それを一口啜る。

 と、なぜか彼女の動きが止まる。

 そのまま何も言わずに私の前にカップを戻した。


「やばいでしょ。そいつ味覚がちょっとおかしいから」

「……次からは気をつけるわ」


 いたずらが成功した子どもみたいに笑うカーディ。

 なぜか口元を押さえて震えてるヴォルモーントさん。

 今の二人を見ていると、昨日ころし合いをしたような関係には見えない。


「おまたせしました」


 ウェイトレスさんが山盛りのサンドイッチを持ってきた。

 ヴォルモーントさんはお皿がテーブルに置かれるより速く、その中のハムサンドを一つ手にして口の中に放り込んだ。

 うわ、一口で食べちゃったよ。


 カーディもサラダサンドをつまむ。

 ヴォルモーントさんは特に何も言わない。

 このサンドイッチの料金、誰が払うんだろう。


 私もお腹は空いてるけど、この雰囲気の中じゃ手を出しづらい。


「オマエも食べな」


 ヴォルモーントさんが私の方にお皿をずらす。

 えっと、これで断るのはむしろ気まずいよね?。


「じゃ、じゃあいただきます……」


 おそるおそるタマゴサンドに手を伸ばす。

 と、食べ終わったカーディが話を切り出した。


「で、何しに来たの? 昨日の続きをやる?」


 昼間の間、カーディは妖将モードの力を発揮できない。

 もしヴォルモーントさんがやる気なら、もうこの時点でアウトだ。


「今日はオマエに用はない。用があるのはこっちの――」


 ヴォルモーントさんの視線がこちらを向く。

 瞳の色は深いルビー。

 鋭さはまるで刃物のよう。


「天然輝術師って言ってたわね。名前は?」


 わ、私?


「あ、は、はい、ルーチェともうしますっ。いちおう、天然輝術師ということになってるみたいですけどっ」


 彼女から向けられるプレッシャーは、昨日の議員さんたち全員分の視線よりずっと激しい。

 受け答えを間違えたらその場で取って食われそうな気すらしてくる。

 ラインさんが未だに固まってる気持ちもわかるよ……


「一緒に来てもらいたいところがある。食事が済んだらでいいから、付き合ってくれない?」


 そ、そそそそれって。

 まさか体育館裏とか、人目のつかないところ?

 そう言えば、昨日はカーディを助けるためとはいえ、彼女に閃熱フラルとか撃っちゃったし。


 テメー英雄の再来だか知らねーけど、調子にのってんじゃねー!

 とか言われて、ボコボコに殴られるんじゃ……


 か、カーディ、助けて!

 視線で訴えるもカーディは無視。

 彼女は我関せずって感じで優雅に紅茶を啜っていた。




   ※


 結局、私はヴォルモーントさんについていくことになりました。


 いちおうカーディも一緒。

 だけど幼少モードじゃあまり頼りにならない。


 輝動馬車に乗って中央街方面へ。

 移動中はカーディもヴォルモーントさんも全くの無言。

 私はビクビクしながら膝の上で両手を組んで震えていた。


「ど、どこに向かってるんでしょうか。私たちはっ」

「すぐにわかるよ」


 緊張感に耐えきれず、質問してみる。

 けれど返ってきたのはそんな素っ気ない返事だけ。


 会話は途切れ、また無言の時間が続く。

 気まずいよう。


「ついたよ」


 と思ってたら、意外と速く目的地に到着した。


 連れてこられたのは体育館裏……

 じゃなくて、巨大な病院だった。


「アンデュス国立病院ですね。セアンス共和国の医療技術はシュタールに並んで世界最高水準と言われており、特に機械マキナを利用した治療法は帝都アイゼンをも上回るとも言われいます。ここはそのセアンス共和国の中でも最も大きな病院で……」


 あ、いたんだラインさん……

 これまで全く存在感なかったのに。

 いきなり解説役としての本領を発揮しだしたよ。


「メガネ、うるさい」

「はいっすみません!」


 ヴォルモーントさんがラインさんをを睨みつける。

 したらビビッて私の背中に隠れてしまった。

 ダメだねこの人は。


「メガネの言うとおり、ここはミドワルト最大の医療機関だ。世界中の病院で匙を投げられた重病患者が最後の希望に縋り付いてやってくる場所だよ」

「あ、ありがとうございます」


 説明を肯定してもらってホッと息を吐くラインさん。

 あなた本当に私より六つも年上なんですか。

 というか自然にメガネ呼ばわりされてるけど、いいの?


 ヴォルモーントさんの後について、私たちは院内に入っていく。

 いくつもの列で大渋滞になっている受付は無視して奥へ。

 建物の中は外観通りきれいで、壁面は白一色に統一され清潔感がある。

 途中、白衣を着た看護師さんがせわしなさそうに走り回っているのを何度も見た。


 ヴォルモーントさんは真っ直ぐ奥へと進んで行く。

 アイゼンの高層棟トゥルムにあったのと同じ、エレベーターとかいう動く部屋に乗って十階へ。


 廊下に出ると五つの扉があった。

 ヴォルモーントさんは一番奥の部屋へ入っていく。


 中は広い病室だった。

 部屋の半分が仰々しい機械マキナで埋め尽くされている。

 そこから何本もの管が伸び、ベッドに寝ている人の全身に取り付けられていた。


「あの、この人は……?」


 ベッドに寝ているのは、しわしわのおばあさん。

 意識はないみたいで、顔色は悪く、体もやせ細っている

 口元は透明なマスクで覆われ、シュコーと音を立てながら弱々しい呼吸をしていた。


 そんな姿なのに、おばあさんからは不思議な威厳が漂っている。

 よく見ると少しヴォルモーントさんにちょっとだけ似ている気がする。


「アタシの母よ」


 おばあさんを辛そうな表情で眺めながら、ヴォルモーントさんは答えた。




   ※


 そのおばあさんは、五英雄の一人。

 魔動乱期に、グレイロード先生やプリマヴェーラさまと一緒に戦った人。

 星帝十三輝士シュテルンリッターの先々代の一番星でもあり、女性でありながらとんでもなく強かったって言われてる。

 鬼神のような戦いぶりと、何万ものエヴィルを葬ったことからついたあだ名が……


「この方が、血塗れノイモーント様……!」


 ラインさんがその名を呼んで息をのんだ

 私が初めて先生に会ったときもそんな感じだったなあ。

 生きた伝説を目の前にしたら、驚くのは当たり前だ。


「魔動乱後は隠居したと聞いていましたが、まさかこんな所におられるなんて……ずいぶんと弱ってらっしゃる様子ですが、ご病気なのですか?」

「数ヶ月前からこんな状態なの」


 ヴォルモーントさんはベッドの横の椅子に腰掛けた。

 彼女は生気のないノイモーントさんの頬にそっと手を触れる。

 そんな姿を眺めながら、入り口横の壁にもたれ掛かったカーディが言う。


「外法の呪だね」

「さすがバケモノ、詳しいのね」

「いちいちバケモノって言わないでよ……それで、ピンクを呼んで何をさせるつもり?」


 ヴォルモーントさんが私を見る。

 その表情には昨日のような恐ろしさはなかった。

 救いを求める子どものように、深い赤色の瞳には拠り所のない悲しみが溢れている。


「あなたなら、母さんを救ってくれるかもしれないって思って」

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