314 治癒術練習
「そんなに強く輝力を送り込んじゃダメです。もっとゆっくり、それくらい……そう、その感じを忘れないで下さい」
ラインさんが実際に私の怪我を治しながら、治癒術の感覚を丁寧に教えてくれる。
彼のアドバイスに従いつつ輝術に変換するための輝力を微調整。
特に傷の深い脇腹を覚えたての
そんな私の様子を見ながら、隣に座るフレスさんが感心したように言った。
「すごいですね。もう完璧に治癒術を使いこなしてるじゃないですか」
「そんなことないよ、フレスさんに比べればぜんぜん下手だし」
治癒術としては一般的じゃないけれど、
「
「聞いたことないですし、どうなるかわからないから試さない方がいいと思いますよ……」
やっぱないかぁ。
「しかし最近のルーチェは本当に凄いな。さっきの模擬戦といい、もはや大国の王宮輝術師と比べても遜色ないのではないか?」
火槍を整備中のビッツさんもそんなお世辞を言ってくれる。
「いやいや、そもそも私の使える術って
なーんて、謙遜してみるけど……
実は私自身も最近の自分の成長にビックリしてたりする。
三日間の休息を挟んで、久しぶりにやったカーディとの全力の模擬戦。
今回は特に驚くほど体の奥から輝力が溢れてくるのを実感した。
毎日限界近くまで痛めつけられた成果かもしれないね。
沸き上がる輝力はこれだけ全力で戦っても尽きる気がしない。
しかも戦いの時は気分が高揚していて、普段じゃ考えられないような行動をしちゃうこともある。
さっきもそうだったけど、いくら逃げ場所がないからって、
とはいえ、使える術は未だに
あとは
「それでいいんだよ。おまえはなんでもできる最高の輝術師になる必要なんかないんだから」
ラインさんから分離して幼少モードになったカーディが言う。
彼女は大きな岩に腰掛けながら足を組んでいて、その可愛らしい姿からは、さっきまでの悪鬼のような妖将モードの姿はまるで想像できない。
どうしよう、抱きしめたい。
「王宮輝術師なんて大抵は無駄に多くの種類の術を覚えただけの器用貧乏だ。そんなものになるより得意分野を伸ばして実戦に役立てた方がよっぽど良い。おまえは最高の輝術師じゃなくて最強の輝術師を目指すんだよ」
そう言えば、グレイロード先生も似たようなこと言ってたような気がするな。
戦闘能力に特化した、最強の輝術師か……
なんか、憧れていた輝術師とは違う方向に進んでる感じ。
「一対一で今のピンクに勝てる輝術師なんて、このミドワルトにはそうそういないよ」
「さすがにそこまで褒められるほど強くなった実感は湧かないんだけど」
私がここ数ヶ月で輝術師として飛躍的に成長しているのは間違いない。
でも、王宮輝術師さまよりすごいとか言われてもねえ……
ナコさんの一件で未熟さを反省できたのはやっぱり大きいと思う。
もちろん、気合の入ったカーディの指導のおかげだっていうのが一番だけど。
私の輝術の先生って伝説の英雄と最強のケイオスだよ。
よく考えたらすごいことだよねえ。
「それから、あいつも」
ちらりとカーディは横を見る。
私はその視線を追った。
遠くで岩山が崩れ落ちる。
十メートル以上はある岩石が真っ二つになった。
と思ったら、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「環境破壊は控えろって言っておかなきゃね」
剣術大会以来、ジュストくんは前にも増して気合が入ってた。
今も
「ジュスティッツァは間違いなく輝攻戦士としてトップクラスだろうね」
もはやケイオスさえ一人で倒してしまうジュストくん。
彼もまた、輝攻戦士として際限なく強くなっていく。
「……それでも、あいつにはまだ敵わないか」
「え?」
独り言みたいだったけど、私は確かにカーディが呟いた言葉を聞いた。
苦々しそうな横顔からは何かに対する嫌な感じが見て取れる。
「何か――」
と、ジュストくんがものすごい勢いでこちらに向かって飛んできた。
その姿はまるで、空から降ってくる一筋の流星のよう。
彼は大きな音を立てて私たちの側に降り立った。
「けむい。あんまり土埃を立てるんじゃないよ」
ジュストくんの派手な着地に文句を言うカーディ。
その顔にはさっきわずかに見せた憂いはもうなかった。
「待たせてごめん。さあ行こう」
まあいいか。
カーディの言葉は気になるけど、わざわざ聞くこともない。
私たちは輝動馬車に乗り込み、
※
「妙だな……」
「あまりに静か過ぎる。エヴィルどころか見張りの兵士もいないとは、どういうことだ?」
私たちにとってはシュタール帝国の帝都アイゼン以降、久しぶりに訪れる
街の規模はアイゼンに劣るものの、フィリア市と同じかそれ以上はありそう。
見上げるほど高い城壁はあらゆる侵入者を拒む威容を備えている。
けど、不思議なことに門番が一人もいない。
不思議と言えば、前の町を出てからここまで一度もエヴィルに出会わなかった。
セアンス共和国領に入ってからあれだけ多く遭遇していたのに、このアンデュスに近づくにつれて、ぱたりとエヴィルの姿を見かけなくなってしまった。
巣窟が近くにあるから、エヴィルが溢れてるんじゃなかったの?
これなら外の町と普通に交流できると思うんだけど……
「考えていても仕方ない。中へ入ってみよう」
ジュストくんが提案する。
私たちは頷いて、
※
大きな映水機が一つ、城門の横に備え付けてあった。
私たちがそれを覗き込むと、中年の輝士らしい人の姿が映った。
『人数は?』
「えっと、五人です」
『入れ』
人数を告げると、大きな音を立てて城門はあっさり開いた。
確認もなにもなし。
身分証明書も提示していない。
こんな簡単に入れてもらえるものなの?
「ここは本当に、エヴィルの危機に晒されている
フレスさんも疑問を口にする。
確かに奇妙な違和感は拭えない。
なんの説明も受けずに城門を潜り抜ける。
と、目の前にもう一つ鋼鉄製の頑丈な扉があった。
ピッタリと閉じられた門の前で戸惑っていると、どこからともなく大勢の輝士がゾロゾロと現れた。
私たちはあっという間に囲まれてしまった。
背後で大きな音を立てて門が閉まる。
「身分書を提示してもらう」
あ、なるほど。
中に入ってからチェックがあるのか。
現れた輝士の中には輝術師や輝攻戦士も混ざっている。
もし私たちが犯罪者だとしたら、どうやっても逃げ場はない。
旅人の安全を考えれば、エヴィルがうろついている(かもしれない)城門の外で時間をかけるよりも、こっちの方が危険が少ないのかもしれない。
「む?」
私が提示した白の生徒の証を見たとたん、輝士さんの顔色が変わる。
そして、彼は私の顔と身分証を交互に見比べ、
「ひょっとしてあなた方、フェイントライツの?」
「いちおうそういう風にも呼ばれてますけど……」
輝士さんたちがざわめき始める。
なにやら小声でヒソヒソ話をしている。
やがて初老の輝士が前に出て、にこやかな笑顔を浮かべた。
「お噂は耳にしております。これまでに多くのエヴィルやケイオスを倒してきた、次世代の英雄ご一行様でいらっしゃいますね。アンデュス市は皆さんを心より歓迎いたします」
よくわからないけれど、どうやら中に入る許可はもらえたみたい。
街の中へと続く鋼鉄の扉がゆっくりと開き始める。
重そうな見た目に反してなんの音もしない。
「妙ですね」
彼らの姿が見えなくなったところで、ラインさんがぽつりとつぶやいた。
「外部との連絡を絶っているはずのアンデュス市の輝士が、どうしてボクたちのことを知っているんでしょう?」
「たしかにシュタール帝国やグラース地方ならともかく、こんなところまで名が知れているのは少し不自然だな。現にパクレットの町では誰も我らのことを知らなかった」
ビッツさんもそれに同意する。
うーん、そういうものなのかな?
私はあんまり気にならなかったけど。
私たちは輝動馬車に乗ったまま、アンデュス市の中へ入っていった。
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