315 値崩れ

 アンデュスは活気に溢れた街だった。

 往来には輝動馬車が行き交い、通りには色とりどりのお店が軒を並べている。

 城壁より少し低いくらいの高層建築が立ち並び、メインストリートは人でごった返していた。


 このあたりもいちおう商業地区みたい。

 だけど街の入り口近くでこれだけ人が多いってことは、中心部は相当に賑わってるんだろう。


 大型輝動バスの路線図を見る。

 やっぱり他にもいくつか商業地区が点在してる。


 今晩の寝床を確保するため、まずは中心地区へと向かうことにした。

 商業区域を抜けると、とたんに閑静な住宅街に入る。


 はしゃぎまわる子どもたち。

 道端でお喋りに興じるおばさんたち。

 この街で生活している、いろんな人たちの姿が見える。

 学校らしい建物の傍を通ったとき、制服姿の学生とすれ違った。


 平和そのものの輝工都市アジールの風景。

 なんとなく、フィリア市での暮らしを思い出してしまう。

 ちょっとだけ、せつない気分。


 大きな十字路に差しかかった。

 左側を見ると、道がやたらと荒れている。

 そちらに高い建物はなく、向こう側の城壁もはっきり見える。


「向こうは隔絶街に続いているみたいだね」


 ジュストくんが言った。

 これだけ大きな輝工都市アジールなら、それなりの規模の隔絶街もあるんだろう。

 以前にフィリア市の隔絶街でとんでもない目に合ったことを思い出して、少し嫌な気分になった。


 とにかく、十字路は直進。

 またしばらく進むと、入り口近くとは違った雰囲気の商業地区に入った。


 カラフルな輝光灯が華やかに街を彩っている。

 通りには輝動馬車の通行を妨げるほどの人で溢れている。

 商業地区っていうより、歓楽街って感じ。


 その地区を通り過ぎると、病院やデパートなんかの敷地面積の広い建物が増えてきた。

 中には輝動馬車を停められる駐車場を備えたホテルもある。


「日も暮れかけてますし、人捜しは明日にして今晩はここに泊まることにしましょう。地方の議員なら、たぶん日中に議会に行けば会えると思いますよ」

「ラインさん、議会ってなに?」


 私が質問すると、ラインさんは待ってましたとばかりに説明を始める。


「セアンス王国では議員と呼ばれる市民の代表たちが政治を担っています。輝工都市アジール内だけではなく、近隣の町村からも代表となる議員が選ばれ、みんなの話し合いによって周辺地区が統治されているんですよ。その議員たちが集まって話し合いを行う場が議会なんです」

「話し合いって……じゃあ、この国では王さまは何をやっているの?」

「セアンスに王家はありません。市民の代表が政治を行うのが共和制と呼ばれるシステムですから」


 なんかよくわからないけど、つまりパクレットの町長さんが言ってた人には、その議会ってところに行けば会えるらしい。


 これだけ街が平和なら別に慌てて会いに行くこともなさそう。

 昼間の訓練で疲れてるし、反対する人はいなかった。

 今日はゆっくり休みましょ。




   ※


 翌朝。

 目を覚ますと、同じ部屋に泊まっていたカーディとフレスさんはすでにいなかった。

 昨晩は何度もカーディに抱きついてはベッドから蹴落とされ、そのまま床で寝たせいで背中が痛い。


 一階に降りて食堂に向かう。

 ジュストくんとラインさんが朝食を取っていた。


「他の人たちは?」

「ビッツさんとフレスは二人で調べ物に言ったよ」


 カーディがどこに行ったのかは二人とも知らないみたい。


 朝食は好きなものを自由にとって食べる形式になっていた。

 初めて食べるセアンス料理だけど……


「わあ、おいしい!」


 舌がとろけそうになるほど美味しい!


 さすが美食大国。

 ついつい朝から食べ過ぎちゃう。


「食事が終わったら、先にエヴィルストーンを売りにいきましょう」


 ラインさんが提案する。

 午前中は議会の人たちも仕事中らしい。

 町長さんから頼まれた小包を渡しに行くのは後回しだ。

 ビッツさんが使う分を残して、大半のエヴィルストーンを売りに行く。


「ごちそうさま」


 食事後、男の子二人はエヴィルストーンを取りに自室に戻った。

 その間に私は自分の部屋に行って着替えを済ませてくる。


 着替えて食堂に戻る。

 二人はパンパンに膨れ上がったカバンを両手に抱えていた。

 ジュストくんは平然としてるけど、ラインさんはかなり重そうにしている。


「かたっぽ持ちますよ」

「い、いえ。いいです。これでも男ですから、ボクが持ちます」

「遠慮しないで、ほら――あわっ!」


 私は無理やりカバンを受け取ろうとする。

 けれど、あまりの重さに支えきれず、思いっきり自分の足の上に落っことしてしまった。


「はわっ!」

「ごっ、ごめんなさい!」


 ラインさんは申し訳なさそうにカバンを拾い上げる。

 まあ、別に痛くないから大丈夫なんだけど。

 落としたのは私だし。

 

 とりあえずカバンを持つのは諦める。

 っていうか、あんな重いの持ち上げるの無理!

 ラインさんって見た目によらず意外と力があるんだなぁ。




   ※


 エヴィルストーンの売買専門店はここからそう遠くないらしい。

 ラインさんが昨日のうちにホテルにあった地図で調べてくれていた。


「うーん、うーん……」

「もう一つ持ちましょうか?」

「だ、大丈夫、です」


 唸り声を上げながら一生懸命カバンを運ぶラインさん。

 ジュストくんが助け船を出そうとしたけど、彼は作り笑顔を浮かべて首を振った。

 男の子の意地ってやつだね!


 十分ほどして、ようやく買い取り専門店にたどり着いた。

 四つのカバン一杯につまったエヴィルストーンをカウンターに置く。

 お店の店主さんは目を丸くして驚いた。


「……よくもまあ、これだけ集めたもんだ。一般客からのこれだけの量の持込みは初めてだよ。品定めするから、しばらく時間をくれ」


 と、言われたので、私たちは店内で待つことにした。

 棚にはエヴィルストーンを加工した道具や、輝鋼精錬された武器が並んでいる。

 ジュストくんとラインさんはそれらを興味深そうに眺め始めた。


 私は特に武器には興味ない。

 お店の端っこにある長椅子に腰かけて本を読むことにした。

 こんな事もあろうかと、このまえ買ったまま読んでなかった本を持ってきたんだよね。


 読書して時間を潰すこと、十五分。


「買い取り金額が出たよ」


 店主さんの声に私たちは一斉に振り返り、カウンターへと集まる。


「ほら、これでどうだ?」


 差し出された計算機の数字を見る。

 私とラインさんは同時に大声を上げた。


「こ、こんなに!?」

「なんですかこれ、たったこれっぽっちなはずはないでしょう!」

「え?」

「え?」


 私とラインさんは顔を見合わせる。

 どうやら驚きの理由は正反対みたい。


「こほん……あのですね、ボクたちがこれだけの量を集めるのに、どれだけ苦労をしたと思ってるんですか? こっちが素人だと思って侮ってるなら大間違いですよ!」


 珍しく……

 というか、こんな必死な彼は始めて見た。

 どうやらお金に関することはしっかりしておきたいタイプらしい。


 ちなみに提示された数字のは私たち三人が輝工都市アジールで一生豪遊できるほどの金額だ。

 これで少ないっていうなら、本当はどれだけの値がつくんだろう……


「そうは言ってもね、こっちもちゃんと相場に照らし合わせた金額を提示してるつもりなんだよ」

「残存エヴィルの活性化で需要は増しているはずでしょう。普通はこの倍の値段がついてもおかしくないと思いますが」

「実は最近、大量のエヴィルストーンが市場に出回っていてな。余り気味なくらいなんだよ」

「余ってるですって……?」

「議会が毎月大量に仕入れて流すんだ。大半は機械マキナや輝鋼精錬の材料として使われるが、はっきり言ってだぶついてる。おかげで価値は下がる一方さ。これまで通りの金額で買い取ってたんじゃ、あっという間に店が潰れちまう」

「そんな……」


 ラインさんは人生に絶望したみたいな顔でカウンターに手をついた。

 いや、なにもそこまで。


「おかげでアンデュスは豊かになったけどね。そのぶん貧富の差も激しくなった。こっちも生活していくので精一杯なんだよ」


 そこまで言われたら、これ以上高値で買い取ってもらうこともできない。

 私は言い値で買い取ってもらってもらおうって言ったけど、ラインさんは断固として譲らなかった。


 交渉がダメだと知ると、持ち帰って他の輝工都市アジールで売るとまで言い出す始末。

 結局、当面の資金ぐりのために少しだけ売って、また重いバックを担いでホテルまで戻ることになりました。

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