310 勝ち抜く二人

 その後、いくつかの試合を挟んでカーディの出番が来た。


「さすがにあの体格差では番狂わせもないだろう」

「いやいや、今回は最初から予定外の連続だ。外部の初参加者を甘く見るのはよくない」


 ジュストくんはジュルナルとかいう優勝候補の一人に勝ってしまった。

 その試合以降、出場選手達の気合いの入り方は明らかにそれまでと変わった。

 結果、どんなベテラン選手も最初から油断なく全力で戦うようになって、おかげで観客席も大盛り上がり。


 そして一回戦最後の試合。

 カーディと相手選手がリングに上がった。


「はじめ!」


 相手は今大会最重量の中年剣士。

 見た目はとても無骨な全身筋肉の固まり。

 身長は軽く二メートルを超えているように見える。


 まさかあのカーディがあっさりとやられるとは思わない。

 けど、輝術もなし、輝力で作り出した大剣の使用も不可で、一体どうやって戦うつもりなんだろう?


「悪いが、手加減はしないぞ」


 中年剣士が低い声で呟く。

 片手で模造剣を高々と振り上げた。


「でりゃあっ!」


 轟音。

 振り下ろした剣がリングにめり込む。

 輝攻戦士でもないのに、なんてパワー!


「うまく避けたな」

「……ふん」


 カーディは後ろに飛んで攻撃をかわしている。

 あんなの食らったらさすがにヤバそう。

 傍から見てるだけでヒヤッとするよ。


 試合は驚くほど単調だった。

 中年輝士は大振りな一撃を繰り返すだけ。

 ただし、切り返しの速度は恐ろしく速く、意外にも隙はほとんどない。


 それでもスピードはカーディの方が速いから攻撃は当たらない。

 けど彼女はなぜかろくに反撃をせず、ひたすら避けるばかり。

 時々軽く剣を振るけれど、相手の攻撃に弾かれてしまう。


「なんか、カーディさんらしくないですね」


 フレスさんが言った。

 私も同意。


 ルール上、彼女が全力を発揮できるようにはなっていない。

 だからって言って、こんな消極的な戦い方はいかにもカーディらしくない。

 ううん、彼女のことだから何か考えが――


「おっ」


 何度目かの大振りの攻撃を繰り出したところで、中年輝士の手から模造剣が零れ落ちた。

 即座に拾いにいこうとした所を、カーディの剣が相手の顔面を打つ。


「いぎゃあっ」


 流石に耐えがたかったのか、中年輝士は鼻先を押さえて蹲る。

 その間にカーディは相手の模造剣を拾って、ステージの外に投げてしまった。


「試合続行不可能と見なし、ナル選手の勝利!」


 客席からまばらな拍手の音が響く。

 どうやらほとんどの人にとってはお気に召さない試合内容だったみたい。


「なんだ、あっけない」

「あのナルとか言う選手、動きはすばしっこいが攻撃があまりにも軽い。勝てたのは運が良かっただけだな」

「ああ、今のは完全に相手の自爆だ。まさか勢い余って剣がすっぽ抜けるとはな」


 三人組はまたしても勝手な評論を繰り広げている。

 カーディがバカにされてるみたいでちょっと腹が立つ。

 けど、確かに今のは確かに相手が自爆しただけにしか


 勝ちを拾わせてもらったと思われても仕方ない試合内容だったのは確かだ。




   ※


 二回戦、三回戦と終わり、二人は順調に勝ち進んでいた。

 ジュストくんはまさに獅子奮迅のごとく、圧倒的な強さで対戦相手を倒している。


 そしてカーディは。


「おい、まただぜ」

「これで三階連続だ。あのナルって奴はそうとう運がいいな」


 ギリギリの接戦から、相手のミスに乗じてのラッキーヒット。

 相手が落とした武器を捨てて試合続行不可能を狙う。

 三試合ともそれで勝ち進んできた。


 傍から見てればただ幸運なだけに見えるんだろうけど、私は騙されないぞ。


「今のもそうなんですか?」

「うん。よく注意してなきゃわかんないけどね」


 フレスさんが耳打ちしてくる。

 私も声をできる限り潜めて答える。

 カーディのズルが周りにバレるとまずいからね。


 一回戦の対戦相手が剣を落としたのも。

 二回戦の相手が転んで足をくじいたのも。

 そして今の三回戦、なぜか相手が突然後ろを向いたのも。

 すべて偶然に見せかけたカーディの攻撃だ。


 音速亡霊ソニックゴースト

 体中から輝力を放出し、瞬間移動にしか見えないような超高速移動を行うカーディの技。

 カーディはこれを使って相手自身にすらわからないように大きな隙を作ってる。


「輝力を使ったらすぐにバレるって言ってましたけど」

「だから、カーディはあの人たちもごまかしてるんだよ」


 それほどわずかな時間、本当に一瞬の間だけ。

 輝力を完全にコントロールしていなければ絶対にできない。

 もちろん私には無理だし、普通に戦う分にはやる必要も全くない。


 それが可能だとすれば……


「輝力の集中を、攻撃に活かせば」


 ジュストくんは輝力を操る天才だ。

 輝力が残り少ない時、武器に集中して攻撃力だけを保つこともできる。

 

 その更に一歩先。

 カーディみたく、一瞬に爆発的な輝力を集中できたら。

 普通の輝攻戦士を遥かに超える力を持つ、二重輝攻戦士デュアルストライクナイトでそれをやれば。

 

 最強の必殺技ができるかもしれない。

 本当に最強の輝攻戦士になれるかもしれない。




   ※


 ジュストくんたちと反対側のブロックでは、優勝候補筆頭のアロールという剣士が決勝戦に駒を進めていた。

 とはいえ、私たちから見れば他の選手とたいして変わらない。

 ジュストくんなら普通に勝てると思う。


 だから、事実上の決勝戦は今から始まる。


「準決勝二試合目、ジュスティツァ選手対ナル選手!」


 司会の声と共に、ジュストくんとカーディがステージに上がる。

 ジュストくんはペコリと一礼をした。

 カーディは無反応。

 ん?


「なあ、お嬢ちゃん方。さっきからちょっと聞いてたんだが、あんたらあの選手の知り合い――」

「ちょっと静かにして!」


 カーディとジュストくんが話している。

 ステージの上からここまでは少し距離がある。

 二人が囁き交わす言葉は周りの観客には届いていない。


 私は輝力を耳に集中させて聴力を高めた。


「言った通り、勝ち上がってきたね」

「ええ。ここで鍛えてもらえるって約束でしたからね」

「じゃあ、最後の仕上げといくよ」


 やっぱり、カーディはこの大会を利用して、ジュストくんの修行をするつもりだったんだ。

 いくらジュストくんでも、生身じゃズルをしてるカーディにはたぶん敵わない。

 周りの輝術師すらも誤魔化しきる彼女の圧倒的な輝力コントロール。


 対抗するには、ジュストくん自身もそれに近いことをしなきゃいけない。

 彼女の動きを見切って、生身でそれを捉えるしかない。


 カーディらしい実践的でスパルタな修行だ。

 けど、ジュストくんはやる気みたい。


「この試合が終わったら、ジュストくんはたぶんもっと強くなるね」


 同意を求めてフレスさんの方を見る。

 彼女は何故かうっとりとした表情をしていた。


「やっぱりルーチェさん、すてき……」

「うおー、怖えーよー」

「もう忘れろ。試合に集中しようぜ」


 その向こう側では評論家の一人が泣きそうな顔で仲間に慰められていた。

 一体なんなの。

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