296 手負いの修羅

「どうしてここに……それに、どうやって輝攻戦士に?」

「ごめん、近くでこっそり様子を見ていたんだ。ルーたちがいなくなったことには気付いてたからね」


 ジュストくんは視線をナコさんに向けたまま言う。

 私の二つ目の質問に対してはフレスさんが答えた。


「ジュストの輝攻戦士化は私がやりました」

「えっ」


 ま、まさか、隷属契約スレイブエンゲージを……?


攻性輝強化シャイナップ・ストライクという術です。一時的に輝攻戦士と同等の力を得ることができますが、持続時間はおよそ三十秒ほどです」


 あ、ああ、なるほど。

 輝強化シャイナップ系の術なのね。


 ジュストくんの体を覆っていた輝粒子がスッと消えた。

 最近いろいろと研究してると思ったら、いつの間にかこんなすごい術を習得してたんだ。


「万が一のために、覚えておいて正解でしたね」


 フレスさんは折れたゼファーソードの残骸に視線を向けた。

 輝攻化武具が破壊されてしまった以上、今までの方法で二重輝攻戦士デュアルストライクナイトにはなれない。

 あの術をフレスさんが覚えてなければどうしようもなかった。


「もっとも、二重輝攻戦士デュアルストライクナイトになる必要もなさそうだけどね」


 ナコさんは動かない。

 撃たれた肩を抑え、息を荒げている。

 強く降る雨のせいもあって傷口からはどんどん血が流れてる


「着火方式を火打ち石式に変更した新型の火槍だ。威力と射程を増すため、銃口内部と弾丸の形状にひと工夫を加えてある。また、発火剤であるエヴィルストーンの粉末の使用量を極限まで減らすことで、生身での射撃の反動に耐えられるようにもなった」


 次の弾丸を筒先から込めながら説明をするビッツさん。


「雨音とルーチェの空間スパディウムが感覚を鈍らせたのも、狙撃に反応できなかった理由のひとつだろうが……」


 確かに、私もぜんぜん気付かなかった。

 正面からじゃ彼女にはどんな攻撃も通用しない。

 輝術は斬られてしまうし、火槍も銃口を見切って避けられる。


 けれど、彼女の体はあくまで普通の人間。

 この前は幼少カーディの弱い電撃を食らって撤退した。

 小さな弾丸とはいえ、利き腕の肩を撃たれちゃとても戦うことはできないはず。


「武器を捨てろ」


 弾を込め終わったビッツさんが銃口を向ける。

 ナコさんはダラリとカタナを下げたまま黙っている。


「武器を捨てろと言っている!」


 彼は語気を強め、もう一度呼びかけた。

 銃口にフェアリーが止まっている。

 次に撃つ攻撃はもっと強力だぞっていうアピールか。


「三度は言わぬぞ。これ以上罪を重ねる前に、潔く自ら幕を――」


 ナコさんが動いた。

 彼女の視線の先には……フレスさん!


「ちっ!」


 ジュストくんが地面を蹴った。

 それと同時にビッツさんが引き金を引く。

 ナコさんはわずかに歩調を変えて銃弾を避けた。


氷矢グラ・ローっ!」


 フレスさん自身も輝術で牽制。

 キン、という乾いた音が響いた。

 氷の矢はあっさりと斬られてしまう。


 ナコさんが振り向いた。

 背後から迫るジュストくんを見る。

 視線を向けられた瞬間、彼は慌てて足を止める。


「くっ、なんて殺気だ……!」


 ちらりとジュストくんがこちらを見る。

 相手は手負いとはいえ、輝攻戦士化しなければ近づくことさえできない。

 ジュストくんくらいの達人でも……ううん、達人だからこそ、恐ろしさが肌でわかるみたいだ。


「ジュストくん!」


 私は彼に駆け寄って手を差し伸べた。

 手が触れた瞬間、輝力が彼の体へ流れていく。


「ありがとう!」


 再度、輝攻戦士化するジュストくん。

 その直後。


「ぐあああああっ!」


 ビッツさんが吹き飛ばされた。

 後方の木に強く背中を撃ちつける。


 ナコさんのカタナの先はビッツさんの方に向いていた。

 例の輝力の塊を飛ばす技を使ったらしい。


「あくまで降参する気はないってことか……!」


 ジュストくんが苦々しげに言う。

 やっぱり、戦わなくちゃダメみたいだ。


「いくぞフレス! ルーはやつの動きを妨害してくれ!」

「わかった!」


 フレスさんがジュストくんに駆け寄った。

 ナコさんが彼女に刀を向ける。

 やらせない!


火蝶弾イグ・ファルハ!」


 私はナコさんめがけて火蝶を撃つ。

 ナコさんは攻撃を止め、カタナを振って火蝶を斬った。


「るうてさん、邪魔をしないでください」


 妨害成功。

 ジュストくんとフレスさんが触れ合う。


「あと一回が限界だよ、攻性輝強化シャイナップ・ストライクっ」

「十分だ、すぐに終わらせる!」


 二人分の輝力を得て、ジュストくんは二重輝攻戦士デュアルストライクナイトになる。

 淡い光の粒みたいだった輝粒子が、液体状になって彼の体にまとわりつく。

 まばゆいばかりの輝きを放つ。


「この、妖術使いどもめ!」


 ナコさんが改めて輝力の塊を放つ。


土障壁テッラ・シールド!」


 フレスさんはとっさに防御の術を使ってその攻撃を受け止めた。

 直撃は裂けたけど、衝撃までは殺しきれず吹き飛ばされる。


「きゃあっ!」

「フレスさんっ!」


 私は火飛翔イグ・フライングで加速し、吹き飛ばされるフレスさんを追いかけた。

 素早く後ろに回るけど、勢いのついた彼女の体を受け止めることはできなかった。

 結果、二人揃って地面を転がる。


「いたたた……」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「平気……フレスさんこそ、怪我はない?」

「わ、私は平気です。攻撃自体は防ぎましたから……それより、ジュストの援護を!」

「おおおおっ!」


 ジュストくんはすでにナコさんに斬りかかっていた。

 並の輝攻戦士を遥かに上回るスピードで。


 反撃の余地は与えない。

 目にも止まらない速度で連撃を繰り返す。


 仲間をやられて、彼も躊躇するつもりはないらしい。

 絶え間ない連続攻撃でナコさんを追い詰める。


 けれど、気のせいか……

 いつもの二重輝攻戦士ディアルストライクナイト状態の時よりも動きが鈍いように見える。

 攻撃の手数も少ないし、そもそも生身のナコさんが相手なら一撃でも当てれば倒せるはず。


 流読みで二人の動きを確認する。


「うそ……」


 ジュストくんの攻撃は一発も当たっていなかった。

 さすがにダイの時みたく、体を反らして避けるだけとはいかない。

 足を止めたまま甲高い剣戟の音を響かせ、カタナで彼の攻撃を受け止めている。


 また、間に攻撃の所作を挟むことで、ジュストくんの動きを制限していた。


「く……」

「このおっ!」


 ただ、さすがに反撃するほどの余裕はないみたいだ。

 ナコさんも途切れない神速の連続攻撃を裁ききるので手一杯。


 それでも、絶えず攻め続けているジュストくんの方が焦り始めている。

 彼が二重輝攻戦士デュアルストライクナイトでいられる時間は三十秒程度。

 早く決着をつけなければ、普通の輝攻戦士に戻ってしまう。


「ルーチェさん、援護しましょう!」

「う、うん」


 仕方ないけど、ここは作戦通りにやるしかない。

 ごめんね、ジュストくん!


火蝶乱舞イグ・ファレーノ!」

氷弾突風グラ・ブラスト!」


 私たちは同時に輝術を放った。

 小さな火蝶と氷の礫が同時に打ち出される。

 どちらも一つ一つの威力は低いけど数の多い攻撃だ。

 それらが間を置かず、戦っている二人の方へ向かって飛んでいく。

 フレスさんの氷弾はまっすぐに、私の火蝶は左右からぐるっと迂回して。


 ジュストくんがちらりとこちらを見る。

 私たちの援護に気づいた。

 だけど、彼は気にせず攻撃を続ける。


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトの防御力なら、この程度の輝術に当たってもたいしたダメージにはならない。

 それに対して、ナコさんはダメージを防ぐためにはカタナを振って防御しなきゃならない。

 だから私たちはナコさんを攻撃する。


 左右から炎の蝶が。

 正面から暴風の氷弾が二人を襲う。

 それぞれがぶつかった衝撃でものすごい水蒸気が巻き起こり、二人の姿を隠す。


 数度の剣戟の後、音が止んだ。

 やったか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る