285 斬輝
二人の援護のおかげで、ジュストくんはギリギリのところで助かった。
「く、あっ……」
けれども傷は相当に深く、これ以上戦えるような状態じゃない。
彼は折れた剣を杖にしてその場で膝をつく。
出血がひどい。
このままじゃ命に関わるかもしれない。
「フレスさん、ジュストくんの手当をお願いします!」
「わかりました!」
ジュストくんは下を向いたまま肩で息をしている。
フレスさんが近づいても顔を上げない。
相当に無理をしてたみたいだ。
フレスさんはジュストくんを抱き寄せると、傷口に手をかざして治癒の輝術を使った。
「
この術は傷が癒える代わりに、体力を大幅に消耗する。
命は助かっても、ジュストくんはしばらく動けないだろう。
「あら、あなたも妖術使いなのですか」
「それ以上は近寄らせん」
二人を守るように、ビッツさんがナコさんの前に立ち塞がる。
「ビッツさん、気をつけて! その人、輝粒子の防御がまったく効かないの!」
「そうか。しかし、生身の剣士など恐るるに足りん」
普通に戦うなら、ビッツさんよりジュストくんの方がたぶん強い。
けれど、ビッツさんは火槍による遠距離攻撃が可能だ、
距離を取って戦えば優位に立てるかもしれない。
「その人はダイの探してたお姉さんなの。できれば傷つけないで、中に潜んでるケイオスだけをを引っ張り出してくれたら……」
「しっかりしてくださいルーチェさん、ケイオスなんてどこにもいませんよ!」
フレスさんが強い声で私を怒鳴った。
彼女はジュストくんの治療をしながら、顔を上げてこちらを見る。
「で、でも、現にああしてナコさんは……」
「落ち着いて流読みを使ってください。彼女はケイオスに取り憑かれてなんていません」
う……そ、それは。
実は、気づいていたけどさ。
ナコさんからエヴィルの邪悪な気配なんて感じないって……
でも、それじゃ……
どうしてナコさんは、女将さんや兵士さんを殺したの!?
「フレスの言うとおりだ。その女は自分の意志で凶刃を振っている。そして、一週間足らずの間に五〇〇人近い人間を殺めた」
「え……」
「盗賊団は七日前にはすでに壊滅していた。村人たちと同じように斬殺されてな」
「七日前!?」
それはヴェーヌさんたちが発見した、最初に犠牲になった村よりも前。
犯人だと思ってた盗賊団の残党が、最初の被害者だってこと!?
「盗賊のアジトには生き残りがいた。ほとんど気が狂ってたが、犯人の顔はしっかりと覚えていたぞ。異国風の衣装を身に纏った黒髪の女性だという話だ」
ビッツさんがはっきりと断定する。
ナコさんが、村人惨殺事件の犯人だって……
「どうして、そんなことを!?」
「本人に聞いてみるといい。その余裕があるのならば、だが」
私たちが話をしている間にも、ナコさんはゆっくりとこちらに近づいてくる。
「討ち仕損じがありましたか。私もまだまだ未熟ですね」
「迂闊に近づいてくる所もな」
ビッツさんは両手で火槍を構える。
流読みで照準を合わせ、引き金を引いた。
二人の距離は一〇メートルほど。
普通なら間違いなく命中する距離。
けれどナコさんは発射の直前に上半身を軽く動かし、弾丸を避けてしまった。
「面白い武器ですが、筒先の向きでどこを狙ってるか丸わかりです」
「なるほど恐るべき勘をしている。だが……」
人間離れしたナコさんの反応にもビッツさんは動揺していない。
腰の筒からもう一発の弾丸を取り出す。
妖精が銃口にとまった。
「血塗られし罪人よ、鋼鉄の雨に打たれその身を清めよ!」
銃口を空に向けて引き金を引く。
妖精の力を借りた弾丸は空中で分解。
いくつもの欠片となってナコさんの頭上に降り注いだ。
輝力が込められた鋼鉄の雨。
一発一発の威力は弱いけれど効果範囲は広い。
相手がエヴィルなら必殺とはいかないけど、生身のナコさんにとっては十分な致命傷になり得る!
……はずだった。
「なんだと!」
ビッツさんは今度こそ驚愕の声を上げた。
鋼鉄の雨が止んだ後には地面に無数の穴が穿たれている。
立錐の余地すらないはずの密度の死の雨。
けれどナコさんは、一発たりとも食らってはいなかった。
「そのような邪悪な技、いくら数が多かろうと通用しませんよ」
ナコさんがビッツさんに歩み寄る。
次の弾丸を装填してる時間もない!
「
私はナコさんに向かって火の矢を撃った。
彼女は攻撃の気配に気づいてこちらを向く。
「しつこいですね」
カタナの一振りであっさりと火矢は切り裂かれた。
けれどビッツさんは、その間に弾丸を込め終わっていた。
「援護感謝する!」
引き金を引き、妖精の力を込めた弾丸を放つ。
それは
白熱する光の筋が、ナコさんのカタナに命中した。
けど、当たっただけだ。
刀身には傷一つついていない。
彼女の手から跳ね飛ばされることもない。
輝鋼精錬された防具すら貫く一撃なのに……
「なんという強度の武器だ……!」
ビッツさんの顔に焦りの色が浮かぶ。
私はそんな彼の側に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「そなたの援護がなければ確実に斬られていた。礼を言う」
「いえ……私の輝術も効かなかったですし」
輝術が斬り裂かれてしまうんじゃ、私にはどうにもでいない。
あんな風に注意を逸らすので精一杯だ。
「輝術が通用しない……やつは『
「ザンキ?」
「言葉の通りに輝力を斬る技だ。輝術は完全に無効化され、輝粒子による防御も役に立たない。伝説の中の存在だと思っていたが、まさか実在したとは……」
やっぱりあるんだ、そう言う技……
天然輝術師である私やフェリーテイマーのビッツさんも、ある意味で伝説レベルの技術の持ち主だけど、輝力を斬るなんてのはさすがに非常識すぎる。
「こいつは相当に厄介だ。とにかく、絶対に近づいてはいけない。間合いに入った途端に斬られるぞ」
私は頷いた。
ただでさえ彼女はかなりの達人だ。
防御の手段すらないんじゃ、本当にこっちは丸裸同然。
「そなたは援護を続けてくれ。術そのものは効かなくても、気を逸らすことはできる」
「わ、わかりました」
「ジュストはあの状態だし、フレスは治癒に専念しなければならない。援軍が期待できない以上は我々がなんとかするしかないのだ」
頼みの綱のジュストくんがやられてしまった今、私たちがナコさんを止めなきゃしかたない。
どんな理由で人を殺しているのかは知らないけど、あんなこと絶対に許されない!
確かにナコさんは恐ろしく強い。
けど、機動力はそれほどでもない。
離れてさえいれば安全だし、じわじわと遠くから攻撃を繰り返せば、その内まぐれあたりもあるかもしれない。
「私は右に回る。ルーチェは空から攻めてくれ。決して地上に降りてこないように」
「わかりました」
「いいな、決して油断は――」
眩い光が私の目を灼いた。
なっ、なに?
なんなの?
「ぐおっ!?」
視界が戻った私が見たのは、民家の壁に叩きつけられたビッツさんの姿だった。
私の目を眩ませて、彼の体を吹き飛ばしたもの。
それは、とんでもない輝力の塊だった。
「が……はっ」
あまりの衝撃に血を吐くビッツさん。
彼の輝粒子は完全に破られていた。
「いい加減、ちょこまかと動き回るのは止めて欲しいのですよ」
正面に目を戻す。
ナコさんは剣を突き出した格好のまま停止していた。
彼女と私たちの間には、十数メートルの距離が離れている。
「この技は妖術みたいで好ましくないのですが、あまり時間を無駄にしたくありませんからね」
なに、今の攻撃は。
まさか……輝術?
がたり、と音がした。
私は横を向いた。
「……ル、ルーチェさん」
ラインさんがおぼつかない足取りで食堂から出てきた。
服の右側がざっくりと裂けていて、苦しそうにお腹を抑えてる。
「ラインさん!? 今まで何を……」
「すみません、少し気を失っていました」
どうやら私が食堂から抜け出した後、ナコさんにやられたらしい。
彼は治癒の術を使えるから、傷は自分で治したみたい。
けれどそのフラフラな様子を見ても、万全な状態とは言えなさそうだ。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ええ。それより、彼女をなんとかしないと。斬輝使いに古代神器なんて、考え得る限りで最悪の組み合わせですよ」
古代神器。
有史以前、神々の時代に作られたと言われる、特殊な力を持った道具。
それには輝術のような効果を発揮するものや、人を操るなど軌跡のような力を持つ物もある。
「あの古代神器は斬った輝力を蓄積する性質があるようですね」
「じゃあ、さっきのは溜めた輝力を火槍みたいに撃ち出したの?」
「おそらくは」
近づけば斬られる。
離れて攻撃しても力を与えるだけ。
輝力が溜まったら、またあの攻撃が来る。
ただ一振りのカタナを持っているだけの剣士に、私たちは手も足も出ない。
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