284 輝攻戦士も敵わぬ剣士

 恐怖に歪む生首の表情。

 その顔には見覚えがあった。

 話の長い、この宿屋の女将さん。

 さっきまで確かに動いて喋っていたのに。


 ピシリ、という音が聞こえた。

 食堂の壁が窓枠ごと三角に切り取られ、こちら側に倒れる。


 その向こうからナコさんが姿を現した。

 手にした刃は真っ赤に濡れている。


「あなたが、女将さんを殺したの……?」


 ナコさんは生首をちらりと一瞥。

 その凄惨な姿を見ても、表情ひとつ変えない。


「ええ、『霧消きりけし』を渡せとしつこかったので」


 だから殺したの?

 意味がわからない。

 なんでよ、どうしてよ。

 ケイオスの狙いは私たちなんでしょ?

 私たちだけを狙えばいいじゃない。

 宿の人は関係ないじゃない。

 私たちと関わったからって、私たちと関わったから、私たちがこの宿に来なければ。


「わああああっ!」

「ルー、しっかりしろ!」


 我を失いそうになる私をジュストくんが一喝する。

 その彼の声で私は現実に引き戻される。


「今は彼女を止めるのが先だ。僕に輝力を貸してくれ」


 そ、そうだ。

 このままじゃ私たちも殺される。

 それに、他にも犠牲者が増えるかもしれない。


 私は女将さんの死を一時忘れ、ジュストくんの手を握った。

 繋いだ部分から彼の体に私の輝力が流れていく。

 輝粒子が密度を増し、眩く光を放つ。


「いくぞ!」


 輝攻戦士化が完了。

 ジュストくんは即座に突撃する。


 落ち着いて見えても彼の中のエヴィルに対する恨みは深い。

 目の前で人が殺されたのを見て、決して冷静でいるわけじゃない。


 瞬く間に距離を詰めた。

 ナコさんの体を狙って剣を振る。


「遅いですね」

「なっ!」


 ナコさんはジュストくんの斬撃を首を逸らして避けた。

 彼女は後ろに傾いた不安定な体勢から無造作にカタナを振る。


「ぐっ!」


 連撃を放とうとしていたジュストくんの腕から血飛沫が飛び散る。

 彼は攻撃を止め、後ろに飛んで大きく間合いを取った。


「そんな……」


 信じられない。

 輝攻戦士の機動力は電光石火。

 特に人間離れした動きから繰り出される連続攻撃は圧倒的だ。


 ナコさんはそんな彼の攻撃を避けるだけじゃなく、連携に割り込んで反撃をしてみせた。


 本当にそんなことがありえるの?

 いくら凄腕の剣士と言っても、ナコさんは普通の人間なのに。


 あ、うん、違った。

 彼女はケイオスに取り憑かれてるんだった。

 ケイオスが顔を出していないから、ジュストくんは手加減したんだ。

 そう、きっとそのはず。

 それなのに。


 ジュストくんは固まったまま、次の攻撃に移れないでいた。


「かかって来ないのでしたら、こちらから行きますよ」


 ジュストくんに向かって、ゆっくりと歩いて近づくナコさん。

 そんな彼女に圧倒されるようにジュストくんが後ずさる。

 斬られた右腕からは血が止めどなく流れている。


 さっきのラインさんと同じだ。

 輝粒子の防御をすり抜けて、体に直接傷をつけられている。


 はっ、そうだ!


「ジュストくん、武器を狙って!」

「わ、わかった」


 私の声に応じてジュストくんが走る。

 手加減してる余裕がないなら、相手の武器を奪ってしまえば良い。

 彼は疾風迅雷の速度で距離を詰め、ナコさんの持つカタナ目掛けて渾身の一撃を叩き込む。


 その一撃はあえなく宙を斬った。


「くあっ!」


 反撃の刃がジュストくんのわき腹を掠めた。

 輝粒子が揺らめき、鮮血が飛び散る。


「話になりません。動きは速いですが、太刀筋がメチャクチャです」

「くっ……」


 呆れたようにジュストくんをそう評価するナコさん。

 もしかして、さっきのもジュストくんが手加減したわけじゃない……?


 ナコさんが一歩近づく。

 ジュストくんが一歩下がる。


 輝攻戦士じゃない頃にエヴィルと戦った時も。

 黒衣の妖将のカーディを相手にした時も。

 いつだって命がけで攻めてもいた彼が。

 生身の人間に、気合で押されている。


 輝攻戦士の攻撃は巨岩をも砕く威力がある。

 一撃でも当てれば間違いなくナコさんは倒せる。

 けれど彼女は、輝攻戦士以上の反応速度でこちらの攻撃をかわしてしまう。

 そして連携に割り込んで反撃を繰り出してくる。

 しかも致命傷になりうる防御無視の攻撃だ。


 つまり、どちらも一撃必殺の勝負。

 長期戦が当たり前のケイオスとの戦いとはまるで違う。

 輝攻戦士の戦いに慣れてしまったジュストくんにとって、彼女は恐怖を覚えるほどの敵なんだ。


「うおおおっ!」


 それでも、ジュストくんは果敢に攻めた。

 雄叫びを上げ、目にも留まらない速さで次々と剣撃を繰り出していく。


 攻撃に乗せる輝粒子を弱めた代わりに、速度を上げた神速の連撃。

 流石のナコさんも連携に割り込めず、防戦一方になる。

 ……ううん、違う。

 彼女は攻撃を避けながら反撃の機会をうかがっている。


 手数重視のジュストくんと対照的に、ナコさんは最小限の動きで攻撃を避けている。

 ジュストくんの動きが激しすぎて私は援護をすることもできない。

 下手に輝術を撃てばたぶん彼に当たってしまう。


 攻めは一分ほど続いた。

 次第にジュストくんの動きが鈍り始める。

 その隙を見逃さずに、ナコさんは反撃に出た。


 彼女のカタナがジュストくんの脇腹を掠める。

 彼が纏っている輝粒子が大きく揺らいだ。

 そして、ついには消失してしまう。


「くっ……」

「ジュストくん!」


 私は急いで彼の元に駆け寄った。

 無茶な攻撃をしたせいで、あっという間に輝力が尽きてしまったみたい。

 早くまた輝力を補充しなきゃ、やられちゃう!


「では、こちらから行きますね」


 ナコさんがジュストくんに近づいてゆく。

 走るでもなく、ゆっくりと歩いて。

 気づいたら目の前にいた。


「離れろ、ルー!」


 間一髪で私は彼に触れ、輝攻戦士化に成功。

 同時にジュストくんが私を突き飛ばす。

 ナコさんがカタナを振り下ろす。


 ジュストくんが横に跳んだ。

 ナコさんがカタナの軌道を変える。

 鋭い突きがジュストくんの肩口に突き刺さる。


「ぐあっ!」


 そのまま彼女は剣を振り抜いた。

 胸から腰にかけて斜めに斬り裂かれる。

 目を覆いたくなるほどの鮮血が彼の胸から迸った。


「ジュストくん!」

「そのまま寝ていなさい」


 まるで、悪夢だ。

 あのジュストくんが。

 為す術もなくやられるなんて。


「――まだだっ!」


 ものすごい量の血を流しながらも、ジュストくんは倒れなかった。

 必死の形相で体を動かし、横薙ぎに剣を振る。


「くっ!」


 その一撃は彼女の左腕を掠めた。

 東国風の衣装の袖がざっくりと切り裂かれる。

 体には当たっていないけど、相手のバランスは崩した。


「うおおおおっ!」


 ジュストくんが剣を振りかぶる。

 渾身の力と輝力を込めて……


「気迫だけは一人前ですね。しかし」

「なっ!」


 ナコさんがカタナを鞘に収めた。

 次の瞬間、神速の斬撃がジュストくんの剣を叩き割った。


 ダイの得意技一の太刀と同じ攻撃。

 けれど、速さも威力も段違い。


「まだまだ未熟です」


 ナコさんが武器を失ったジュストくんの首筋にカタナを当てる。

 時間が止まったような感覚の中、私は叫んだ。


「やめてぇっ!」

「!」


 ナコさんが後ろに飛んで、ジュストくんから離れる。

 止めてって言ったからやめてくれた?

 違う、そんなわけない。


 背後にある宿屋の壁に小さな穴があく。

 彼女は飛んできた弾丸を避けるために離れたんだ。

 次の瞬間、ナコさんの立っていた場所に無数の氷の粒が降り注ぐ。


 この攻撃はビッツさんの火槍と、フレスさんの氷礫陣グラ・ストン


「どうやら苦戦しているようだな」

「お待たせしました。ただ今戻りました」

「ビッツさん、フレスさん!」


 ギリギリのところで援軍に駆けつけたのは、盗賊退治に向かっていた二人だった。

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