247 ▽地方官の館にて

 広い庭園に一〇〇人ほどの武装した兵士が並んでいた。

 笛の音が鳴り響き、彼らはそれを合図に剣を振る。


 上段振り下ろし。

 中段薙ぎ。

 突き。


 一糸乱れぬ演舞である。

 やがて笛の調子が変化すると共に隊列も変わる。

 二列になり、互いに向き合って攻撃側と防御側に分かれる。

 防御側は剣を腰から下げた鞘に納め、代わりにナイフを抜いた。


 刃同士が打ち合う金属音が庭園に鳴り響く。

 防御側は短いナイフで、攻撃側が繰り出した攻撃を受ける。

 一歩間違えば大怪我もあり得る、実戦さながらの訓練であった。


 さらに笛の調子が変わる。

 今度はナイフを持った側が反撃を開始した。

 これまでは全員が同じ動きをしていたが、この時だけは各々の反撃方法は異なっていた。


 ナイフで長剣を受け止めつつ、ガラ空きの喉やみぞおちに拳を叩き込み、あるいは腕を取って関節を決める、徒手空拳による反撃だ。


 笛が二度鳴った。

 攻撃側が横に一歩ずつ移動する。

 すると、互いに相手を変えてまた打ち合いを始めた。




   ※


「凄いな」


 テラスの上から兵士たちの訓練を眺めていたビッツは素直に感心し、称賛の言葉を口にした。

 見ている分には演舞のようだが彼らの動きは非常に高いレベルで整っている。


 一歩間違えば死者が出る。

 寄せ集めの傭兵団にできる芸当ではない。

 特に防御側の短剣術に限って言えば、正規の輝士団にも劣らぬ技量であった。


「いかがですかな、我が精鋭たちは」


 短い金髪の青年が誇らしげに言う。

 身分の高さを表す派手な衣服を着ているが、金持ちをひけらかしている様子ではない。

 むしろ豪傑という言葉がよく似合う、抜き味の大剣のような無骨さが感じられる男であった。


 彼の名はブルート。

 王命によって中央より派遣され、このトラントの町及び周辺七ヶ村を治めている地方官である。


「すばらしい練度だ。我が国の兵にも見習わせたいと思う」

「お褒めにあずかり恐縮です」


 素直に感想伝えると、ブルートは満足げに微笑んだ。


「だが、エヴィル相手に戦える技術ではないな」


 それと同時にビッツは兵たちの欠点も指摘した。

 長剣を相手に小回りの利く短剣で受け流す守りの技術。

 そして敵の硬直時間を狙い、無手で急所を叩いて制圧する技術。


 それらは達人の領域に達しているが、どう考えても人間相手だから通じる戦法である。

 エヴィルの攻撃を短剣一本で防ぐのは不可能だし、素手での攻撃が利くわけもない。

 ましてや関節技など全くの無意味だ。


「お察しの通り、これはエヴィルに通じる技術ではありません」

「では何故、兵にこのような訓練をしている?」

「彼らは厳密には兵士ではありません。人間を相手できる技術があれば十分なのです」

「兵士ではない?」


 ビッツは眉を顰めた。

 彼の発言に不穏な空気を感じ取ったからだ。


「どちらかと言えば衛兵に近いと言えるでしょう。彼らが戦うのは領内の犯罪者や盗賊です。領内の安全が確保されれば、ますます交易も盛んになりますからね」

「彼らを指揮して他領に攻め入ろうといった話ではないのか」

「まさか! そんなことをしてなんの得がありましょう!」


 ブルートは首を振って強く否定した。


「国外の町村は大切な交易相手です。私はもちろん、国王陛下も戦争によって領土を拡大しようなどとは夢にも思っていませんよ」

「む、失言だった。許してくれ」


 戦乱の時代を経て、五大国が成立してから現代に至るまで、人間同士の大規模な争いは皆無である。

 故に、人間を相手にした集団戦闘技術は多くの国で廃れてしまっているのだ。


 それをわざわざ習得させるのだから、てっきり国ぐるみでそういった策略を練っているのかと思ったが、どうやらビッツの早とちりだったようだ。


「いえいえ。魔動乱以降、このような酔狂なマネをする地方官はそうそういませんからね」


 どんな小さな町にも自警団はいる。

 しかし、ほとんどは市民に最低限の武器を持たせただけの寄せ集め集団である。

 私兵を持つ地方官というのは他にも存在するが、大抵が身辺警護もしくは自己満足のために輝士団の真似事をさせているだけである。

 ここまでの練度を持った私兵など、ビッツがこれまで目にした中では皆無と言って良い。


「その代わり、お恥ずかしながら、エヴィルの相手は王都から派遣される輝士団にお任せしっぱなしなのですがね」

「それは仕方あるまい」


 国土防衛のため輝士団を派遣するのは中央の義務と言っていい。

 町の治安を守る衛兵と輝士では役割が違うのだから、恥じ入る必要などなにもない。


「しかし、この兵たちはどうやって募ったのだ? まさか強引に徴用したわけではあるまい」

「彼らは元々、盗賊、あるいは浮浪者同然の生活をしていた者です。そんな彼らを教育し、治安維持を任せようと思いついたのは私ですがね。もちろん、王都に許可は取ってあります」


 なるほど、過剰な防衛力に見えなくもないが、低所得者層への雇用確保と考えれば決して悪くはないアイディアである。


「だが、すべての浮浪者を賄えるわけではないだろう。下層の民が職を求めて押しかけてくるような事態にはならないのか?」

「町に職業安定所を設置しました。市場の拡大と同時に、人材を欲しがる店や工房もたくさんありますからね」

「なんと、そこまで」

「彼らはその中でも特にあぶれた人たちですよ。他に仕事がないからといって、命がけの仕事をさせるのは心苦しいですが……」


 この地方官は、本気で民のことを思っているのだろう。

 同じ人の上に立つものとして、彼の積極性はぜひとも学ばなくてはならない。


「そろそろお昼時です。お連れさん共々、食事でもいかがですかな」

「すまないな。何から何まで世話になる」

「いえいえ、旅人の貴重なお話を聞けるのなら安いものですよ。お連れさんには仕事を手伝っていただいてますしね。いつでも準備はできていますから、お腹が空いたら食堂にいらしてください」

「うむ。ではルーチェを呼びに行ってから向かうとしよう」


 終始にこやかな表情のブルートに続いて、ビッツはテラスを後にした。




   ※


「この一つの袋にはリンゴが五個入っています。それと同じ袋が六つ並ぶと、リンゴは全部でいくつになるかな? はい、コーアちゃん!」

「ふえっ? えっと、えっと…………三〇個?」

「正解! よくできましたあ! ご褒美にぎゅーってして、なでなでってしてあげるね!」

「えへへ……」

「コーアずるいー。私もルーチェせんせいになでなでしてもらいたいー」

「わたしも-」

「はいはい、正解した子はぎゅーってしてあげるから、みんなも頑張ってね!」

「失礼する」


 ルーチェは幸せそうな顔で幼い少女を抱きしめていた。

 それ以外にも他にも十数人の少女がいる。

 みな十歳に満たない年齢だ。


 ビッツがノックをして部屋に入ると、全員の目が一斉に向いた。


「あ、ビッツさん」

「その様子ならうまくやっているみたいだな」

「もう、楽しくてしかたないです! 天国かと思うくらい!」


 ここにいる子たちは、みな元々は親のいない浮浪児である。

 ブルートはそういった子たちを集め、屋敷の手伝いをさせると共に、昼間はこのように初等教育を受けさせているのだ。


 今は勉強を教える講師が休暇を取っているため、ルーチェが代わりに先生役を引き受けている。


「あっ」

「ん、どうしたの?」


 少女のひとりが急に悲しそうな顔になった。

 ルーチェは膝を曲げ、目線を彼女の高さ合わせて優しく尋ねる。


「ここ、まちがっちゃったんだけど、けしごむ部屋にわすれちゃった……」

「あらら。それじゃ、だれか――」

「ミルフちゃん、わたしの使っていいよ」

「ほんと? ありがとー」

「いえいえっ」


 少女同士のほほえましいやりとり。

 それを見ていたルーチェは目を輝かせた。


「ケルちゃん優しくて偉い! ちゃんとありがとうって言えたミルフちゃんも偉い!」 

「なかまが困ってたら助けてあげなさいって、チホウカンさまがいつも言ってるもんね」

「そうなんだあ」


 二人の少女を撫でるルーチェは本当に心から楽しそうである。

 邪魔をするのも気が引けるが、あまりブルートを待たせるわけにもいかない。


「楽しそうなところすまないが、そろそろ昼食の時間のようだ」

「あ、もうそんな時間? それじゃみんな、お片付けしよっか。続きはまた午後にね!」

「はーい!」


 ルーチェが号令をかけると、少女たちは声をそろえて返事をした。

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