242 ▽神父の依頼

 神父様の話を要約すると、だいたいこんな感じになる。


 トラントの町を治めているのは、ブルートという名の地方官である。

 魔動乱の直後に王都から派遣されてきた人物で、彼はとても苛烈で傲慢な自治を行っているらしい。

 特にブルートは教会嫌いで有名で、任官して早々に以前に街の中心にあった教会を潰し、こんな町の外れに追いやられてしまったそうだ。


 しかし、民から信仰心を奪うことはできない。

 敬虔な信徒達は足繁くこの町外れの教会に通っていた。

 なので、ブルート地方官は今も常に教会を潰すチャンスをうかがっている。


 そして彼はついにそれを行動に移す。

 ブルートは年に一度の収穫祭に目をつけたのだった。


 収穫祭では必ず教会が音頭を取る。

 神器を開帳し、人々に神の威光を示すのだ。

 ところが、その神器が先日何者かに盗まれてしまった。


 収穫祭前に神器を盗まれる。

 そんな失態を犯したとなれば、教会の威信は地に落ちる。

 ほとほと困り果てていたある日、神父様の元に神器を盗んだ犯人の情報が舞い込んできた。


 盗んだのは小規模な盗賊団である。

 その盗賊団はすでに別件で壊滅しているが、彼らは雇われただけであり、盗み出した神器はとある富豪に高値で売りつけたという。


 その富豪というのが、どうやらブルート地方官であるそうだ。

 最初からブルート地方官が盗賊を使って神器を盗ませたと考えて間違いないだろう。


 教会としては神器が盗まれたなどと公表できるはずがない。

 管理不行き届きを責められ、プルートは自分のしたことを棚に上げ、教会を潰しにかかるはずだ。


 そこで神父様は傭兵たちを雇うことにした。


 傭兵たちにはこっそりブルート地方官の館に忍び込んで、神器を取り戻してきて欲しい。

 もし可能なら、地方官の悪事の証拠を掴んでくれるとさらにありがたい。

 あわよくば、それを理由に地方官をこの地方から追い出そう。

 神を否定する悪辣な輩には、天罰が下るべきなのだから――


「全くもってその通りです!」


 眠気すら誘う神父様の迂遠な語りの中、急に怒りを込めた声が響いた。

 眠りの縁にいた傭兵たちが一斉に顔を上げる。

 声の主は半チェリーブロンドの女性である。


「王命を都合よく捻じ曲げ、民の心の拠り所たる教会を弾圧するなど不届き千万! 地方官にあるまじき非道な振る舞い、決して許してはなりません!」

「お、おお。わかってくださって幸いです」


 あまりの熱意に、神父様の若干引き気味である。

 とはいえ、フレスも彼女の主張にはほぼ同意だった。

 教会に属する者として、このような暴挙を見過ごすわけにはいかない。

 半チェリーブロンドの彼女も、おそらくは教会の関係者か、よほど信仰心深い信徒なのだろう。

 強い義憤がその言葉から伝わってくる。


 それに対して、大部分の傭兵は冷めた表情をしていた。

 彼らにとっては依頼を全うして報酬をもらうことが全てだ。

 たぶん、教会と領主の対立などどうでもいいと思っている人が大半だろう。

 フレスは周りが騒然としている中、傭兵たちの間を縫ってジュストに近づいた。


「おはよう、寝ぼすけ」


 こっちに気づくなり失礼なことを言ってくる。

 そういうあなたもたった今まで立ったまま寝ていたじゃないと言いたかったが、ぐっと堪えた。


「どうする、依頼受ける?」

「や、話聞いてなかった。わかりやすく教えて」


 ほら、これだ。

 フレスはこれみよがしにため息を吐いた。

 その後、大まかに噛み砕いて説明をする。


「つまり、地方官様に大事な宝物を盗まれたから、取り戻して欲しいってことね」

「そういうこと。で、どうする?」

「面倒くさそうだなあ。権力者を相手にすると色々と厄介だし、断って帰ろうか」


 それでも輝士か、と言いたくなるような無責任さである。

 とはいえ、たしかに面倒事だ。


 フレス個人の考えとしては、神父様に協力したいと思う。

 だが、最優先すべきは、バラバラになった仲間たちを探すことである。

 ジュストが乗り気でないのなら、無理に付き合わせるわけにもいかないだろうし……


「もちろん、成功の暁には謝礼金をたっぷりと弾みます。さらに最も優れた働きをした者には、私個人の秘蔵コレクション品である、この『風衝剣』を差し上げましょう!」


 神父様が腰に携えた剣を手に取った。

 水色の刀身に、精霊の羽を模した柄のその剣は、遠目にも感じるほどの輝力に満ち溢れていた。


 一目で特別な武器だとわかる。

 傭兵たちの中から大歓声が響いた。

 さっきまで眠気に耐えていた集団とは思えないほどの盛り上がりである。


「すげえ、古代神器じゃねえか」

「あんなすげえ剣を持ってりゃ、エヴィルだって楽勝だぜ」


 やはり戦いを生業にしている者たちである。

 伝説級の武器を見ると、とたんに目を輝かせるようだ。

 そして気になるフレス相方はといえば。


「フレス、この依頼はぜひ受けよう。やっぱり悪い領主の好き勝手にさせてはおけないよ」

「こいつ……」


 大いにノリノリだった。

 簡単に物に釣られて……

 フレスは呆れながらも、神父様のお役に立てるのならいいかと自分を納得させるよう努めた。




   ※


 地方官の館は内海の離れ小島にあった。

 町とは陸続きになっておらず、島へ渡る手段は限られている。

 普通は港から船に乗って行くのだが、港は地方官の目が光っており、怪しい傭兵が忍び込むのは不可能だ。


 空から行くにしても、飛行手段を持っている人は少ない。

 フレスはいちおう空を飛べるが、抜け駆けをすると後が怖そうなのでやめておく。

 地方官にケンカを売った上、他の傭兵集団まで敵に回したら、この町を無事に出られるかどうかわからない。


 一見するとお手上げ状態だが、実は島までは徒歩で渡る道があるという。

 町の外れに大きく口を開けた洞窟がある。

 そこから地下通路が通じ、地下で小島まで続いているのだ。


 無骨な傭兵たちの集団が町を練り歩く様は一種異様である。

 フレスたちは彼らの最後尾に付き従った。

 やがて町を抜け、洞窟が見えてくる。

 一行はそのまま足を止めずに中へと入って行った。


 先頭の二名が松明に火を灯した。

 じめじめした岩肌の洞窟は意外と広い。

 薄暗い道はかなり奥深くまで続いていた。

 途中でいくつか分岐があったが、とりあえず一番大きな道を選びながら、集団はどんどん先へと進んでいく。


「すごい洞窟だね」


 フレスはそんな感想を漏らした。

 歩いているだけで不安になる地下迷宮。

 町の近くにこんな空間があるなんて、瞠目せずにはいられない。


「こんな迷路みたいな場所、自然にできたものなのかな」

「いや、これは人工的な洞窟だね」


 素朴な疑問を口にしてみると、以外にもジュストは即答した。


「どういうこと?」

「水の流れもないし、町からも近すぎる。壁に古いランプの残骸が残っているのを見るに、スティーヴァ帝国時代に掘られた炭鉱跡かな?」


 言われて気づいたが、壁には明らかに人工物とみられる照明器具が等間隔で備え付けられていた。

 現在、明かりは灯されていないが、すべての照明が点けば通路はかなり明るくなるだろう。


「帝国の時代には世界規模で古代遺物の発掘ラッシュがあったんだ。ほとんどがその後の戦乱の時代には廃れて、魔動乱の頃にはエヴィルの住処になっちゃったんだけどね。ここもそんな施設の一つだと思うよ」

「へーっ」


 彼の意外な博識さにフレスは驚いた。

 そういえば、こう見えて一応は都市の輝士学校を卒業しているのだった。

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