243 ▽集団洞窟探索

「ずいぶんとお詳しいんですね」


 ジュストの推測に感心していたのは、フレスだけではなかった。

 例の半チェリーブロンドの女性剣士が隣を歩いている。

 彼女は興味深そうにジュストのことを見ていた。


「たいしたことはありませんよ、学校で習う程度の知識ですから」

「町の初等学校ではそんなことも習うんですか」

「初等学校ではなく、都市の輝士学校です」

「おっと、輝士殿でしたか。これは失礼……」


 半チェリーブロンドさんは恭しく頭を下げた。

 それに対してジュストは涼しい顔で「気にしてませんよ」と首を横に振った。


「ところで、あなたは?」

「申し遅れました、私はシルク。見ての通り旅の冒険者ですよ」

「僕はジュスト。こっちはフレスです」

「はじめまして」

「よろしくお願いします、ジュストさん、フレスさん」


 半チェリーブロンドさん改め、シルクさんは丁寧にお辞儀をする。

 どうやら悪い人ではなさそうである。


「シルクさんは、なぜ冒険者を?」

「こんな時代ですし、私も人々の役に立つことをしたいと思って始めました」


 正義感にあふれる女輝士、と言うところだろうか。

 いや、冒険者を名乗っているのだから輝士ではないのだろう。

 だが彼女の纏う凛々しい雰囲気には。そんな呼び方が似合うと思った。


「まだまだ未熟者なので、ご迷惑をおかけすることもあると思いますが」

「立派だと思います。この仕事の間は何かあれば僕がフォローしますから、安心してくださいね」

「頼もしいことです」


 シルクさんと仲良さげに話すジュストを、フレスはジト目で睨んだ。

 自分には「旅に慣れていないなら帰れ」とか言っておきながら調子のいいことだ。

 別に嫉妬しているわけではないのだが、何となく悔しい気分である。

 ジュストがあまり親しくない女性の前では格好つけたがる性格なのはわかっているけれど。


 三人は傭兵集団の最後尾を歩いていた。

 集団はますます洞窟の奥へと向かっていく。

 緩やかな下り坂がずっと続いているので、かなりの地下深くまで潜っているはずだ。


「その髪、染めているんですか?」


 ジュストがシルクに尋ねる。


「え? ええ。尊敬する方を真似ているのです。旅に出る前に染めたので、こんなみっともない状態になっていますが……」

「尊敬する人物とは?」

「聖少女プリマヴェーラ様です。ご存じですか?」

「もちろん、五英雄の輝術師ですね。お会いしたことがあるんですか」

「いえ、私も物語に伝え聞いただけですが……」


 二人の会話はずっと続いている。

 とうとう旅とは関係ないことまで話し始めた。

 フレスはいつの間にか一歩下がり、二人のすぐ後ろを歩いていた。

 彼の背中を睨みつけながら、ルーチェさんに言いつけてやろうかしらなどと考えていたが、


「なあみんな、ちょっといいか?」


 先頭を歩いていた厳つい男が、急に足を止め、皆を振り返って言う。


「提案があるんだが、この辺りで別行動をしようと思うんだ」


 彼の目の前には三つの分かれ道があった。

 これまでは正面の一番大きな道を進み、後続も何も言わず付き従っていたのだが、なぜ彼はここに来てそんなことを言い出したのだろうか。


「理由を聞こうか」


 別の男が尋ねる。

 と、提案した先頭の男はニヤリと表情を歪めて説明する。


「あの古代神器を見ただろ? こんな任務の報酬としては破格の代物だ」

「うむ。確かに」

「だが剣は一本しかねえ。全員で任務を達成したら、いったい誰の物になるんだ? 争いになるのは目に見えてるだろう。別に俺たちは仲間でもなんでもねえんだしさ」

「なるほど、一理ある」


 彼の言うとおり、ここにいる者たちはあくまで今回限りの集まりである。

 古代神器は一つしかなく、あれだけの価値ある報酬を話し合いで譲り合えるとは思えない。


「だからよ、こっから先は別行動をして、最初に神父さんの望むものを見つけたやつの報酬ってことにしねえかって提案よ。もちろん個別報酬は山分けでいいぜ」

「ふん、いいんじゃねえか? それなら後腐れもねえしよ」

「俺もそれで構わない」

「異議なし」


 男の言葉に賛成する空気が流れていた中、一人だけ反対意見を投じる人物がいた。


「僕は反対だ。この先にどんな危険が待ち受けているかわからない以上、可能な限り戦力は分散させない方がいいと思う」


 ジュストだった。

 彼の意見はもっともである。

 現に何人かはその意見に同調しそうになった。

 が、最初に提案した男が、ジュストの弱気な発言を嘲笑う。


「危険なんてありゃしねえさ。ここは地方官様の住む島に続く洞窟だぜ。エヴィルが住み着いているわけでもあるまいし」

「今もそうとは限らないだろう。普段は使っていない通路に、ここ最近の残存エヴィルの活性化が重なれば、当然エヴィルが住み着いている可能性は考慮すべきだ」

「なんだよ。大勢じゃないと怖いのか?」

「そういうことじゃない。慎重に行動するに越したことはないって言っている」

「じゃあ全員で任務を達成した暁には、あんたは古代神器の所有権を放棄するってことでいいんだな?」

「そうは言っていない。その時はまた別の方法で決めればいいだろ」


 フレスはため息を吐いた。

 ジュストがどういうつもりで反対しているのかわかってしまったからだ。


「どうやって決めるんだよ」

「例えば全員で――」

「この洞窟にエヴィルなんていませんよ」


 ジュストがその先を言う直前、フレスが口を挟んだ。


「私は神官輝術師です。付近にエヴィルがいるのなら流読みで感じ取れますが、この洞窟の中には邪悪な反応は一切ありません」


 フレスがそう言うと、男はニィと口の端をつり上げる。


「神官様が危険はねえってよ。んじゃ多数決といくか。バラバラで行動したいと思うやつは手を上げろ!」


 男が強行的に多数決を取る。

 ジュストとシルク以外の全員が手を上げた。


「よし、決まりだな。そんじゃ先に行くぜ」

「おい待ちやがれ!」

「ふん、抜け駆けさせるかよ」


 多数決の結果が出るなり、提案者の男を先頭にそれぞれがバラバラの方向に走っていく。

 あっという間にこの場にはジュストとフレス、そしてシルクだけが取り残された。

 松明を持った男も行ってしまったので、フレスはライテルを唱えて視界を確保する。


「……おい、なんで余計なこと言ったんだよ」


 ジュストが睨んでくる。

 フレスは逆に冷めた目を返して彼を咎めた。


「あのままだとケンカになってたでしょう。ジュストこそ、後先を考えて発言してよ」


 大方、協力して任務を達成した後は全員で力比べをすればいいとでも言う気だったのだろう。

 勝った者が古代武器を手に入れると提案すれば、力自慢の傭兵たちの大半は乗ってくるはずだ。


 ジュストにとっては早い者勝ちの勝負よりも自分の物になる可能性が高い。

 だがそんなことを口にすれば、本格的に仲間割れが始まってもおかしくないだろう。


「エヴィルの反応を感じなかったっていうのは……」

「もちろん嘘だよ。ルーチェさんじゃないんだし、そんなことわかるわけないじゃない」


 加えて、フレスはあんなむさ苦しい男たちとゾロゾロ連れ立って歩くのも嫌気が差していた。

 あの程度の嘘も見破れないやつらなら最初から戦力として期待もできないだろう。

 そもそも古代神器が手に入らなくても別にフレスはどうでもいい。


「はぁ……まあ、危険はないと思うけどさ」


 露骨に残念そうに肩を落とすジュストだが、彼らに急いで追いつこうとする気はないらしい。

 フレスは彼がそんな恥ずかしいマネをしたら放って帰ろうと思っていた。

 一人で駆けだして迷子になるのを恐れた可能性も否定できないが。


「そもそも、本当に古代神器をもらえるなんて思ってないし……いいよ、ゆっくり行こう」

「え、なんで?」


 その言葉は聞き捨てならなかった。

 神父様が嘘をついていると言いたいのだろうか。


「だって、依頼内容からしておかしいじゃないか。教会が領主から神器を盗まれて、それを取り替えすために人を雇うなんて、どう考えても不自然だろ」

「何故です? 悪の為政者を正し、教会の正当性を知らしめる立派な依頼だと思いますが」


 それに反論したのはシルクだった。

 教会で見せた激情からもわかるが、彼女も神父様の言葉を微塵も疑っていないようだ。

 というか、仮にも教会に属する者としては、神父様の言葉を疑うなどあり得ないことである。


「壊滅した盗賊の宝を地方感が没収したりとか、こんな道を神父さんが知っていたこととか、色々突っ込みどころはあるんだけど……」


 ジュストは眉を寄せてフレスたちを交互に見る。

 彼の中では疑うに足る理屈があるようだが、


「言っても仕方ないし、行ってみればわかるよ」


 たぶん、納得させるのを面倒くさいと思ったのだろう。

 曖昧な言葉だけを残して話を打ち切ってしまった。


 中途半端に会話を終えたため、三人の間に微妙な空気が流れる。

 このままではあまりに気まずいので、フレスは思い切ってシルクに話しかけてみた。


「シルクさんは教会の関係者なんですか?」


 なにもジュストが特別というわけではない。

 魔動乱以降、ミドワルトの人々の信仰心が急速に薄れていることは事実だ。

 特に冒険者などは神職でもない限り、教会を「困ったときに祈る対象」くらいにしか思っていない人が多い。


 しかしシルクはその立ち居振る舞いといい、敬虔な教会の信徒のように見える。


「階位を授かっているわけではありませんが、神父様や教会に敬意を払うのは人として当然でしょう」


 フレスはうんうんと頷いて、隣を歩く相方の顔をのぞき込んだ。


「だってさ、ジュスト」

「うるさいなあ……」

「第五期以降、大陸では教会への崇敬の念が揺らいでいることは知っています。それでも、人々から信仰の気持ちが完全に消えたわけではありません。祖国の市民は必ず日曜は礼拝に赴きますよ」

「もしかして新代エインシャント神国の人ですか?」


 ジュストが尋ねると、シルクは少し誇らしそうに頷いた。


「その通りです。私は新代エインシャント神国の神都からやってきました」

「そんな遠くから、一人でこんな所まで旅をしてきたんですか」

「一人とは言えなくもないですが……」


 新代エインシャント神国があるのは北西の果て。

 五大国のひとつにして、ジュストたち一行の旅の最終目的地である。

 しかし、残存エヴィルが活性化を始めたこの時期に一人旅とは。

 もしかして、シルクは相当な腕に自信があるのだろうか。


「わあ。ぜひいろいろお話を伺いたいです」


 新代エインシャント神国の神都といえば主神派メインの総本山である。

 教会関係者から見ればまさに聖地と言っていい。

 思わぬ出会いにフレスが心躍らせたその直後、


「ぎゃーっ!」


 洞窟の奥部から野太い叫び声が聞こえて来た。

 突然の異変に、全員の気持ちが引き締まる。


「な、何?」

「さっきの人たちでしょうか」

「何かあったのかもしれない。行ってみましょう」


 三人は顔を見合わせて頷き合い、声のした方へと走った。

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