236 ▽黒衣の妖将VSドラゴン

「ほら、やっぱりダメだった」

 

 ガキン。

 硬質な音が響く。

 閉じかけたドラゴンの顎が止まった。


 上下から迫る牙を抑えるのは剣。

 成人男性の背丈ほどもある巨大な剣である。

 ドラゴンの口腔でそれを手にするのはラインではない。


 剣を振り上げる。

 力任せにこじ開ける。

 ドラゴンの口内から出てきたのは少女だった。


 ブロンド金髪ショートの髪。

 頭には奇妙な形の丸い帽子とちょこんと乗せている。

 真っ赤な瞳は猛禽のように鋭く、口元には不敵な笑みを浮かべている。


 そして、彼女が纏う服。

 ドレスのようでもあり、術師服のようでもある。

 しかしその色は、夜闇の中では服の折り目すら見えないほど、圧倒的に光を奪う漆黒だ。


 彼女は『人の言うところの』ケイオス。

 魔動乱期には多くの輝攻戦士を屠り、人々を恐怖のどん底に突き落とした魔物。


 黒衣の妖将、カーディナル。


「反省くらいは求めたいけど、宿主を殺されちゃわたしも困るんだよね」


 妖将は肩をすくめて呟いた。

 昼間に具現化した幼い姿とは違う。

 今の彼女の外見年齢は十四、五歳ほど。


 カーディナルは取り込んだ輝力を最も強く放出できる夜間のみ、この姿に戻ることができる。

 幻術を使って元の姿に見せかけているだけであり肉体はあくまでラインのもの。

 かつて最強と言われた全盛期には遠く及ばない。

 とはいえ、その力は圧倒的だ。


「いいとこ取りみたいで悪いけど、ちゃちゃっと終わらせてもらうよ」


 カーディナルは小柄な体で軽々と大剣を振るう。

 それは自分の身長とほぼ同じくらいの剣なのに、まるで重さを感じさせない。

 輝攻戦士と同様、武器そのものに輝力を纏わせているため、己の体の一部のように易々と振り回せるのだ。


 カーディナルはドラゴンの鼻先を何度も斬りつけていく。

 多くのダメージを蓄積したドラゴンは怒りの咆哮を上げた。


 怒れるドラゴンは自慢の牙で反撃に出る。

 しかし、その動きはまるで彼女を捉えられない。

 パターンを覚えるまでもなく、一瞬にして間合いの外に退避してしまう。


 と思えば、次の瞬間には懐に飛び込んで、剣を振るっている。

 その圧倒的機動力は、傍目には瞬間移動を繰り返しているようですらある。


 音速亡霊ソニックゴースト

 全身から輝力を放出し、目にも止まらぬ機動を実現する、カーディナルのオリジナル輝術である。


 移動後に一瞬の隙があるが、動きの鈍重なドラゴン相手ならまるで問題にならない。

 そうして確実かつ安全に、ラインの時とは段違いの密度で攻撃を当て続ていった。


 やがて、ドラゴンの動きが目に見えて鈍りはじめた。

 消滅の時は近い。


 一気に片付けるべく、カーディナルは間合いを取った。

 彼女が使える最大最強の輝術の準備に取り掛かる。


 多量の輝力の変換が必要なため、多少の集中を必要する。

 それでも、人間が輝言を唱えるよりは遙かに短い時間で術は完成した。


 カーディナルの右手に青白い光球が生まれた。


雷華崩裂弾サンダーワークス!」


 カーディナルが撃ち出した光の球は中空で弾け、闇夜に光の筋を拡げた。

 触れれば全身を焦げ付かせる強力な電撃である。

 光が夜空に蜘蛛の巣のような模様を描く。


「ギャオオオオオオオオォォォッ!」


 断末魔の叫び声。

 それは数秒と経たないうちに闇の中にかき消えていく。


 ドラゴンは光の粒となって霧消し、その巨体から考えれば冗談のように小さな緑色のエヴィルストーンになって、大地に転げ落ちた。




   ※


「さて……」


 大剣を頭上で回転させ、斜めに一振りする。

 幻術によって作りだした実態のない武器は、それを合図に煙のように消滅した。


 あんな雑魚を倒すのに随分と手間取ってしまった。

 やはり具現化させた武器には、かつての愛剣ほどの威力はない。

 その代わり、このように自在に出し入れができるという利点もあるが。


 一息つくと、カーディナルはやや大きな声で闇の向こうに呼びかけた。


「いるのはわかってる。はやく出てこい」


 ドラゴンはすでに消滅し、ラインの意識も消失している。

 カーディナルが声をかけたのは、全く別の相手に対してである。


 それは闇の中から浮かび上がるように姿を現した。


「……いつから気づいていた?」

「最初から。隠そうと思ってないでしょ、その殺気」

「外には漏れないようコントロールしていたつもりだがな」

「うちの宿主の動きが不自然に乱れた。外から干渉されたと思わない方がおかしい」

「なるほど、さすがは朽ちても黒衣の妖将か」


 それは、人であった。

 正確にいえば、人の姿をしてた何かであった。


 カーディナルとはある定義では同じ存在。

 そして本来の意味では、全く異なる存在。

 彼ら自身が言うところのケイオスである。


「噂には聞いていたが、本当にヒトと行動を共にしているとはな……我らの同胞でもない分際で、勝手に最強のケイオスを名乗った黒衣の妖将も地に落ちたものだ」

「別に自分で名乗ったわけじゃないけどね」

「おっと、自己紹介がまだだったな。私は『幻惑の踊子』セナサージュだ」


 ケイオスはどういうわけか二つ名を好む。

 人間の中でもそれは定着しており、カーディナルのように自分で名乗ったわけでもないのに、いつの間にかそう呼ばれるようになった者もいる。


「で、幻惑の踊子。わたしを待ち伏せして、いったい何がしたかったの?」


 敵意を込めた瞳を向ける。

 幻惑の踊子は慌てたように顔の前で手を振った


「いやいや、勘違いしないでくれ。ここは元から私の拠点の一つなのだよ。まさか、お前のようなやつが引っかかるとは思っていなかったんだ」

「なるほど、ドラゴンはエサか」


 ドラゴンが人里近くに住み着いていると聞いた時から、若干の違和感があった。

 あれはこのケイオスの張った罠だったんだ。


 ドラゴンが居ついていると知れれば、近隣の住人は即座に対処をするだろう。

 消極的な生贄作戦は効果がないと知れば、そのうち討伐隊が組まれる。

 数十名の輝士団か、場合によっては輝攻戦士が投入される。

 それは、ケイオスにとって非常に魅力的な食料なのだ。


「大規模攻勢の前に力をつけておきたいんだよ。私はお前と比べて非力だからね」

「食事の邪魔をしてしまったわけか。それは悪かったね」

「いや、いいんだ。もっといいエサを見つけたからね」

「なんだと?」


 幻惑の踊子は恍惚とした表情で舌舐めずりをしてみせた。


「海上でドラゴンをけしかけてみたが上手くいかなかった。あれは見たこともないほどの上物だ。ヒトの身でありながら、我らに匹敵するエネルギーを持つ者がいる」

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